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第40話ー七十九・二パーセント

 遠距離から攻撃できる尖角が、わざわざ接近して距離を詰める戦い方をしてくるのは、高下にとって予想外だった。


 どれだけ間を空けようとしても、その間を埋めるように近づきながら『無限鋭利』(スキャッタード)をくり出してきた。その度に高下はとにかく身体を縮めて直撃を避けるように努めた。しかし既にいくつかの切り傷を作ってしまっていた。


 本間の『私の世界』(シャッターアイランド)による不意打ちが尖角の警戒度を上げたらしく、姿を隠されないためにインファイトを選択したようだった。


 おかげで『致命拳』(ストライク)を当てられる可能性は若干増したが、しかし『無限鋭利』(スキャッタード)による防御の糸も顕在のため迂闊に反撃に回れなかった。


「守るだけじゃ駄目だ!」


 自分に喝を入れて『素晴らしき善意』(カインドネス)を発動した。


 宙にかざした高下の手の前に突如現れ出たのは、教卓だった。図工室から取り寄せたそれは空中に現れるやいなや、前方に傾いて尖角に向けて倒れていった。


 好機!と高下は尖角へ駆け込む体勢を取る。教卓の対応に気を取られている間に懐に飛び込むつもりだった。


 しかし尖角は少し眉をひそめるだけで、さりげない感じで両腕を振った。尖角を巻き込んで倒れるかに見えた教卓が、空中で静止した。高下は唖然としつつ観察すると、既に教卓には何重にも糸が巻きついていた。


 尖角が両手を素早く広げると、巻きついていた糸が一気に絞まって、木製の教卓が砕け折れる音を出し始めた。音の直後には教卓の脚が切断され、天板も割れて砕け散った。


「マジかよ!」


 バラバラと床に落ちる教卓の残骸を見て、高下は攻めるか退くかを躊躇してしまった。尖角はそれを逃さなかった。足元の教卓の破片を蹴りながら高下へ一歩詰める。『無限鋭利』(スキャッタード)の糸は高下の四肢に狙いを定めていた。


 尖角の一撃がひらめく――その直前。


「高下くん、連絡が来た!」


 図工準備室の戸、まだ黒い平面に覆われているそこから女子の顔が飛び出した。


「空見先輩から!葛西は倒したって!」


 尖角の攻撃の手が止まった。思わず今聞いた言葉の意味を咀嚼してしまった。葛西が負けた?


 今度は尖角の隙を高下が狙う番だった。


「本間さん、鏡だ!投げて!」


 言われてすぐに本間は動いた。それはあらゆる状況を想定して組んだ戦略の一つだった。本間は素早くポケットからコンパクトミラーを取り出して、高下達のもとへ投げた。ほぼ同時に高下もポケットから同じようなミラーを取り出す。


 用意していたコンパクトミラーは二つ。両方とも本間の能力の干渉を受けていた。ミラーはミラーへと『私の世界』によって繋がっている。


『致命拳』(ストライク)!」


 高下は右拳を手元のミラーの鏡面に突っ込んだ。鏡面は黒い平面になっており、その中へ高下の前腕が吸い込まれるように中に入り、そしてもう一方のミラーから出た。


 本間の放り投げたミラーは、既に尖角の顔の横あたりを飛んでいた。ミラーの蓋が開き、中から高下の腕が飛び出してきた。拳は尖角の頬めがけて突っ込んでいった。


「いけっ!」


 衝突音、ガラスが砕けるような割れる音。高下はこれをかつて一度聞いていた。


 尖角にぶつかる直前で『致命拳』(ストライク)『無限鋭利』(スキャッタード)の糸にぶつかった。防御の網に衝突し『致命拳』(ストライク)はかつて我猛の『柱』を粉砕した時と同様、鋭利な糸を砕いた。


「クソっ!手は切れなくて良かったけど…惜しい…」


 高下は苦渋の面持ちで呻いた。一方の尖角は未だに放心状態で立ち尽くしていた。思わぬ角度から攻撃されたことによる驚きもあったが、それよりも今しがた聞いた言葉と、今自分が置かれている状況を理解するのに時間がかかっていた。


 ブラフかもしれない。しかし事実なら、とうとう自分一人になってしまった。いや、まだあの人がいる。あの人の指示に従うべきだ。


 判断してからの行動は早かった。尖角は身を翻して駆けて行った。


「おい!待て!」


 高下は追いかけようとしたが、尖角が振り向きざまに腕を振るうと、『無限鋭利』(スキャッタード)の糸が空間を走った。


「あぶねっ」


 高下が足を停めている間に尖角は離れていき、そして廊下の突き当たりの角を曲がって見えなくなってしまった。


「くそ、逃げられた…」


 すぐにでも追いかけるか逡巡していると、裏空間から出てきた本間に声をかけられた。


「高下くん、空見先輩がこっちに来るって」


「うーん、了解」


 大人しく待っていると、じきに空見が戻ってきた。


「先輩、大丈夫ですか」


 高下が心配して駆け寄る。空見の髪や肌はまだびっしょり濡れていて、衣服もあちこちが焼け焦げたうえで濡れていた。


「大丈夫だ。ちょっと火傷はしたが大したことはない」


「すみません、先輩が戻ってくるまで尖角を引き止められれば良かったんですけど」


「いや気にするな。無事なだけ幸いだ」


「空見先輩、どうぞ」


 本間が裏空間からバスタオルを一枚持ってきた。これも作戦が決まった際に必要そうだと考えて用意したものだった。


「ありがとうミエ。あと目録も持ってきてもらえる?」


「はい」


 再び裏空間に戻り、目録を持って戻ってくる。空見は髪を拭きながら本間が持つ目録に手を置いた。


「一応登録しておくか」


 葛西の『悪辣な焔』(ビシャスネス)を登録する。在校九位として登録された。


「やはり高ランクだったか…。厄介な奴だった。そしてこれで七十九・二パーセントだ」


「八十までいよいよあと一人っすね…」


「運が良ければ明日にでも到達できるかもしれない。だが尖角に関しては、こうなった以上今日ここで決着をつけたい」


 空見の瞳は強い決心で燃えていた。


「ミエ、裏空間から校内の各所を覗いてみて尖角を探してくれ。私と高下は散策して奴を探す」


「うす。でも先輩、奴はまだ敷地内に居るんですかね?」


「葛西を失ったうえに私達の誰一人も倒せずに帰るのは、奴にとって完全な敗戦だからな。私の勘だが奴はきっと食い下がるだろう。機を見て不意打ちを仕掛けてくる可能性は十分あると思うが…」


 その時、校舎のどこかで轟音が鳴った。思わず三人とも目を見合わす。


「下の階…二階からっすか!?」


「奴が何かやったのかもしれない。ミエ!裏空間で待機してて!」


 本間と別れて高下と空見は音の発生元へ走った。

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