第4話-理不尽な暴力
その日の放課後、高下は二年生の教室を目指して校内を一人歩いた。
結局、この日はあれから解之夢と会話をすることがなかった。能力者である、と回答を得たものの、それを証明するものは得られていない。空見は証拠が要ると言っていたので、まだ特別報酬は得られないわけだが、しかし現時点まででも報告すべきかと、空見を探すことにした。
廊下を歩いていると、向かいから上級生と思しき男子が歩いてくるのが見えた。すれ違えるように横にズレる。
しかし相手も同様にズレて、結局二人は向かい合う形になった。ここでようやく相手が自分に用があることに気づいた。
背は高下よりも高い。短髪のツーブロックと切れ長の目が印象的な生徒だ。制服を着崩しているのがいかにも不良な感じで見ていて落ち着かなかった。
「高下ってんだよな?」
「はい、そうす。先輩は?」
「お前、能力者のこと調べてるんだって?」
高下の問いには答えずに、質問を投げかけてくるが、そこには敵意が感じられた。
苛立ちなのか、先輩はそばの廊下の壁をゴンゴンと小突きだした。
「お前、自警会のメンバーか?」
「じけいかいって何すか?」
「お前に声をかけたのは誰だ?」
「空見先輩です」
突如、高下の身体に衝撃が走った。脇腹を殴られた、と感じたが衝撃は正面からではない。横からで、それも何もない壁からだった。
「えおっ…!」
無警戒のところで一撃をもらったので、呻きながら体勢を崩した。相手は一切淀みない動きで腕を伸ばしてきて、高下の髪を掴んだ。
「空見って時点で確定なんだよなあ。自警会には入ってないのかもしれねぇが、奴らの一味みたいなもんだ」
身体をくの字に曲げたまま、高下は相手を見上げる。
「かったるいのは面倒だから、とりあえず手帳出せや。生徒手帳だ」
「…意味が分からないし、不条理じゃないっすか、先輩」
状況が把握できていないながらも、抵抗する高下だったが、その横っ面を殴られた。今度は目の前で繰り出された直接の拳だった。
掴んでいた手からの拘束は解けたが、モロにくらって無様に床を滑り、廊下に常置されている消火器に頭をぶつけた。
「いってぇ!」
「テメーにとって条理か不条理かなんてのはどうでもいいんだよ」
言いながら先輩が近づいてくる。さらに拳を振り上げている。
高下は身を守るために両腕で顔をかばった。しかし意外にも先輩は高下ではなく、足元に向けて拳を振り下ろして廊下の床を叩いた。
呆気に取られた高下だが、次の瞬間、顎に強烈な一撃をもらって仰け反った。床から突き上がってきた衝撃に顎を打ち抜かれた。
「ぐえ…!」
呻き声を上げながら倒れ、苦痛を覚えつつ廊下を這う。這いながら懸命に考える。何故直接殴られていないのに、拳を打たれたような衝撃と痛みを感じるのか。
先輩は廊下を殴っていた。先程も壁を小突いていて、その後に攻撃が来た。
「伝導させている…?言うならばエネルギーを…?」
思考するその間にも先輩はさらに近づいてきた。
「差し出さねーなら、もらうまでよ」
抵抗できない高下に対して、振りかぶって無慈悲な拳の一撃を放った。
重たく、砕ける音がした。
しかし悲惨な音を出したのは、高下の頭蓋ではなく、先輩の拳だった。
「『素晴らしき善意』」
先輩に向けて手をかざした高下の前には、いつの間にか消火器が出現しており、先輩の一撃は制動すること叶わず、思い切り消火器を殴りつけてしまっていた。
「いてぇぇ!」
校内の備品である消火器を瞬時に自身の手に移したのだ。能力による瞬間移動はコンマ一秒もかからない。
「俺は上下関係は重んじるタイプだと自分では思ってんですがね」
ぶつけた頭を撫でながら高下は立ち上がる。
「理不尽な暴力は暴力で返すしかねーっすよ」




