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第37話ー登録率八十パーセントに向けて

「久場がやられた」


 尖角は吐き出すように言った。両膝に腕を乗せて、組んだ手に額を付けてうつむいている。強い悲壮感に襲われていた。


「能力を喪失し…もはやあいつは戦えない。もう俺と葛西だけだ。だが葛西は俺を信用していない。あいつは自警会との争いに勝ったあとで、俺の生徒手帳を燃やすことまで考えているだろう」


 尖角の前に立つ者は、苛立ちをこめた目で尖角を見下していた。独断専行して返り討ちにあった久場の無能さにイラつき、その報せを聞いてたやすく動揺してしまう尖角にもイラついていた。


「それが分かっているなら、お前の方から葛西に攻撃すればいい。自警会を壊滅させてからだがな」


「…久場は俺の相棒だった。あいつが俺の進む方へ案内してくれていた。あいつの能力は二度と戻らない。たとえより高い報酬を得られても、それは俺だけだ。もうあいつと天下を取る夢は果たせない。俺はもう…」


 尖角は一息ついたあとボソリと話した。


「戦う理由を失った気がする」


「黙れ」


 声の主が一喝すると、尖角はそれ以上何も言わなかった。ただ押し黙って一点だけを凝視している。恐怖や反省で黙っているのではない。


 『無敵の人』(パーフェクト)によって強制的に沈黙させられていた。能力の支配下にある尖角は、声の主にとっては完全なる操り人形だった。


 しかし自警会の連中達にはこの能力は効かないだろう。並以上の精神力の者に対しては『無敵の人』(パーフェクト)は無価値だった。


 目録の報酬を受けなければならない。六十パーセントの報酬でいい。それで『無敵の人』(パーフェクト)の強度は上がるはずだ。さらに自警会を壊滅させてからゆっくり八十パーセントに到達させればいい。


 もはやなりふり構っている場合ではない。何としても目録にたどり着かなければ。どんな難しい道でもその先に可能性があるならば、躊躇なく踏み歩く覚悟だった。


「葛西を使え。葛西なら空見に勝てる。奴らを追い詰めるんだ」


 発言を止められている尖角は、黙ったままコクリと頷いた。



 空いている教室で久場撃破の報告を聞いた空見は、熱い目で高下をまっすぐ見て両肩をバンバン叩いた。


「よくやった!」


 そのあとで高下の両頬を片手で挟み込んだ。


「何で一人で行動した!」


「タイマンが…タイマンが男のアレだから…」


 上手く発音できない状態で言い訳を紡ごうとするが、空見が納得することはなく「あ?」と凄むばかりだった。


「我猛の真似をするな。君が居ないと困ることくらい分かるだろ。独断行為は許し難いが、しかしこの戦果は確実に私達にとって追い風だ。控えめに言ってもこれで戦力は五分だろう」


 空見が久場の生徒手帳を受け取ったタイミングで、教室隅の掃除用具入れがガチャリと開いた。中から目録を持った本間が現れる。


「はい、目録」


「一応奴の能力を登録してから燃やそう」


 空見が久場の『絶対不意打擲』(タクティカル)を登録する。久場の能力は在校四十五位と表記された。そして登録率は七十六・八パーセントとなった。


「いよいよ八十も見えてきましたね」


「ああ、あと四人ほどで八十到達だ」


 空見は返事しながらアルミ皿とライターを取り出して、久場の生徒手帳を燃やした。


「久場とも昨年度からの長い因縁だったが、これで終いだ。あとは葛西、そして尖角だ」


「とりあえず引き続き登録率を上げる活動を続ける感じすかね。予定どおり八十パーセント到達を目指して」


「そのとおりだが、一方で予測と対策を考えなければならない」


「なんの?」


「尖角達の襲撃について、だ。尖角達はいずれまた必ず攻めてくる。その時私達がどう対応するか、それを決めておかないとマズい」


「奴らはいつ攻めてくると思います?」


「いつ攻めてくるかは分からないが、攻めてくる時期によって私達の優位性が違う。つまり八十パーセントに到達する前か、その後かだ。後者である方が有利だ。この前言ったとおり私達全員強化されているはずだからな。尖角もそうなってるはずだが、しかし強化されていない葛西は戦略しだいでは確実に倒せる」


「それならやはり、一日でも早く到達させた方が良さそうですね」


 真剣に話し合う高下と空見を尻目に、本間はポツリと呟いた。


「知らない人達の観察はまだ続くのかー…」



 高下と空見、そして本間の調査活動はその後も連日続いた。


 高下は一度、一葉や二花の能力を目録で調べようか考えた。二花の言う通りなら二人はかつて自警会のメンバーであり、それならば恐らく目録にも登録しているはずだった。恐らく解之夢の名前ではなく本名だろうが、記されている能力の内容を見ていけばどの人物なのかは特定できそうだった。


 しかしそれはただの好奇心であり、登録率向上とは関係の無いことだった。何より二人が本名を隠している以上、それを探る行為に何となく抵抗感を覚えて、結局調べることはしなかった。


 特段能力者達と一触即発の空気になることなく、日数はかかったがさらに一人の登録を行うことができた。登録率は七十七・六パーセントに達した。


 そしてその翌日、かつて能力を聞き込んだ高下の同級生の女子、山田結衣からの紹介によって昼休みに非開示型の能力者と話すことができた。高下は平身低頭で乞い、とうとう能力を教えてもらうことに成功した。


 帰りのホームルーム、高下は本日の成果に満足して少し上の空だった。


「なぁ高下、帰りにラーメンでも食いに行かんか。美味そうなつけ麺屋を見つけたんだが」


 光山の提案に普段だったら乗っかるところだったが、今日に関してはそうもいかなかった。


「悪い、今日は自警会の活動で寄らないといかんのだわ」


「なんだよ、バイト代入ったから奢ってやろうと思ったのに」


「え、まじ。まぁそんなに時間はかからんはずだが…」


「そんなら教室で待ってるわ」


「ハイハイ、二人とも私語しなーい」


 撫川先生に注意されて会話は終了した。

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