第36話ー呪い
唐突に現れた解之夢二花は、高下の横を通り過ぎて、二人の間に立った。恐れを知らない不敵な態度だった。
「なんだテメーは…」
「『決着』がゆえに、これ以上状況は変わらないとして、だから私はこのタイマンに介入してもいいと考える」
「何をゴチャゴチャ…」
これ以上の発言は無意味と判断したのか、途中で言い止めた久場は、デカい舌打ちを一つしたあと、二花に向けて拳を突き出した。
それが届くより速く、二花は動いた。
二花の放った裏拳が、久場の頬を打ち抜いた。くらった久場は白目を向き、よろけた身体を立て直すこともなく、崩れるように倒れ込んだ。先程の執念もとうとう崩壊したようで、今度こそもう起き上がることはなかった。
「『本家・致命拳』ってね」
ドヤ顔で言う二花に対して、高下はやや困惑しつつ話しかけた。
「久場先輩は、アレ大丈夫なんすか?」
「顎は砕けたね。致命的な一撃がゆえに。起きてこないのは脳震盪だと思う。頭を殴ってはいないからそっちは致命的じゃないはず。ただの気絶だよ」
二花は倒れる久場の上着の中に手を突っ込むと、生徒手帳を取り出した。
「ほい、能力を喪失させるつもりなんでしょ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
二花に投げ渡された生徒手帳を受け取る。
「私の『致命拳』だけど、もう知ってのとおり殴った箇所に致命的なダメージを与える。だからこういう戦闘の際に頭部を殴ったらヤバいことになるんだ。君が本当にその気じゃない限りはそこに致命拳を打たない方がいいよ」
「肝に銘じます」
想像はついていたが、改めて説明されると戦慄した。
「それに君はまだ使いこなせてないね。『致命拳』は発動したら次の発動までにインターバルがかかるんだけど、君の場合はそもそも使用しようとしてから発動までに時間がかかっているみたいだ」
「まぁ『素晴らしき善意』ほど瞬時に出せてない感覚はありますね。発動させるぞって思ってからワンテンポかかるというか」
「借り物という感覚があるからかなあ。もっと自分のモノのように扱う方がいいよ。能力というのはつまり精神力の発露で、君がどう捉えるかで効果も精度も変わってくる」
「はぁ、覚えときます」
「私が一葉に戻ってコイツを保健室に運ばせるから、君は捜索を再開しなよ」
「はい、あ、いやあの、いくつか聞いていいですか?」
「なあに?」
「一葉も二花さんも自警会のことや目録のこと、登録率のこと、そして報酬のことまで知っている。一方で二人の能力は目録に登録できないと言う。それはなぜなんです?」
二花は目を丸くして高下を眺めたあと、無邪気な笑顔をこちらに向けた。
「なぜだと思う?」
「分からんです」
「考えて。ヒントをあげる。目録に登録できないケースは二つある。一つは既に在籍していない能力者の能力であるパターン。目録に新たに登録できるのは現役生の能力に限られるんだ」
「はぁ、そうなんすね」
「もう一つは、既に登録されている場合。これは当たり前だね。重複で登録することはできない」
「まぁそれは分かります」
「そして私や一葉は、あえて言うならその両方に当てはまる」
「ん?つまり…」
高下は思考してみるが、ほとんど答えを言われているようなものだったので、導かれる解は一つしかない。
「…在籍していない?」
「そのとーり」
「でも能力が使えるのは、この学校に入学した何割かの生徒のはず…あっ」
言いながら気づいた。これも消去法であった。在籍はしていないが能力は使える。そのパターンは一つしかないからだ。
「卒業生?七十パーセントの報酬を受けた…」
登録率七十パーセント到達による目録の報酬、それは卒業後も能力が使用できることである。
「正解。私達はOBです!」
「だから既に登録されているってことなんすね。いやそれよりも報酬を受けてるってことは…」
はしゃいだ話し方をしていた二花がすっと落ち着いた様子で背筋を伸ばして、不敵な目の光を放って高下を見据えた。
「そう、私達は元・自警会メンバーなんだ」
「ええ、でも…」
おもわず二花の身体を眺め回す。
「何年前の卒業なんすか?俺の一個か二個上くらいにしか見えないっすけど。いやそれに一葉はどうやってOBなのに転校手続きをしたんすか」
「高下くん、女子に年齢を確認するような質問をしてはダメだよ。手続きも今は内緒」
二花は片眉を上げて睨んでくるが、気分は別に害していないようだった。
「あーすみません…」
「ともあれコレで分かったでしょ。私達が何故詳しいのか。何故能力を登録できないのか。もう察してるだろうけど、探せば目録の中に『致命拳』も『切っ掛け作り』も記載されてるよ。見るか見ないかは自由だけど」
「まだ聞きたいことはあります」
高下は相手を推し量るような眼差しを二花に向けた。
「『解之夢』は一体何人いるんですか?一葉は『切っ掛け作り』で取り込めるのは四人までだと言っていた。二花さんも前に解之夢は総称で私達はグループだって言ってた。何だか二人って感じがしない。もしかしてもっといるんじゃ?」
「うーん、そこはまだ秘密かな。君が目録について、挫けずにどこまでも前進していけば、そう遠くないうちに分かるかも」
二花は明るい感じで答えていたが、どう説得しても教えない強気さを高下は感じた。
「分かりました。それはいずれってことで。でもあと一つだけいいすか?」
「欲張りだなあ。なんだい?」
「これが一番重要かも。何で今、この学校にいるんですか?潜入と言ってもいい。何で母校に在学生のフリをして過ごしてるんですか?」
「そうだねー」
二花は腕を組んで考えている素振りをする。
「知りたい?」
「気になって夜も眠れません」
「嘘つけ、この」
ニヤついて高下の身体を小突いてから、決心したように「うん」と小さく呟いた。
「部分的には話してあげるよ。私達は『呪い』を解くためにやって来た」
「呪いですか。何の呪い?」
「それは言えない。でも呪いというのは、君達やこの学校にかかっている呪いじゃない。私達自身にかけられた呪いだ。そしてそれは目録が大いに関係している」
「目録が呪い…」
「解釈しだいだけどね。君ももう分かっているとおり『能力』も『目録』も『報酬』も尋常じゃない。神様が与えた奇跡、天からのギフトみたいなものだ。尖角達のように、それを人生大逆転の起死回生のチャンスと思うこともできるが、私達のように身に余りすぎる『負荷』だと思うこともある。私達はそれを解消するためにやって来た。そういうことさ」
そう言うと二花は身を翻して倒れている久場に近づいた。
「さて、もうそろそろこいつを運んであげなきゃ。これ以上知りたいなら、今君が見据えている道を邁進すればいいよ。私は君を高く買っているんだから。この右腕を貸し与えるくらいにはね」
会話はもう終わりだと、暗に告げていた。それに食い下がるほど高下は無粋ではなかった。
「分かりました。俺は、俺が満足するための道を進みます。今日は色々教えてくれてありがとうございました」
一礼する高下を見て、二花は満足気に微笑んだ。
「爽やかでいいね。君みたいな後輩がいるなら、自警会の未来はきっと明るい」




