第35話ー『絶対不意打擲』(クリティカル)
放課後になり、帰り支度を終えて高下は昇降口まで来て自身の下駄箱の扉を開けた。
中に一通の封筒が入っていた。手に取って開けると便箋が一枚だけ入っており、拙い字で短く書かれていた。
『大事な話があります。体育館裏に来てください』
「うーん…」
高下は唸りながらスマホを取り出して、通話画面を開いた。
※
一人、体育館裏に赴いた。そこは薄暗くジメッとした場所で、片側は体育館の壁に、もう片側は学校の敷地の外壁となるコンクリートブロックがそびえているので、視界は狭く圧迫感のある雰囲気だった。
「来ましたよー」
高下が力の抜けた声で一帯に声をかけると、物陰から一人現れた。それは男であり、久場だった。
「ノコノコと現れたか。こんなくだらねー手に騙されやがって」
「いや、騙されてないっすよ。男が書いた字って一発で分かったし。こういうの本気でやるなら女子に書かせた方がいいっすよ。まぁどのみち、こんな状況で置かれた手紙とか絶対に怪しいっすけどね」
久場の口元は不敵に緩んでおり、目は敵愾心でギラギラと光っていた。
「分かってて来たんなら、随分勇ましいじゃねーか。ここに俺以外に尖角と葛西も居るといったら、どうする?」
「くだらねー牽制はやめましょうよ。当然俺だってまずそれを確認しましたよ。だがこの場にいるのはあんた一人だ。それなら問題無い。俺一人でね」
確認方法に本間を使ったことは、当然久場には伏せた。『私の世界』で体育館裏に面している体育館の窓などから現場を確認させ、潜んでいる敵は久場のみだと事前に把握していた。
「俺には自分一人で十分だと、随分デカい口を叩くなあ…」
久場のこめかみに血管が浮き出る。
「お前の能力、近くの物を移動させるんだろ?ここには何も無いぜ」
対して高下は挑発するでも侮蔑するでもなく、ただ淡々とした態度で鞄を脇に投げると、準備運動で身体をほぐし始めた。
「言い過ぎたとは思ってませんよ。それにこういうのはタイマンが良いんです。タイマンは男の華ってね、前に教えられたんで。あんたもそう思ってるから一人でココにいるんじゃないんですか」
「テメーに蹴られた顎が痛みで疼くんだよ。テメーも同じ目に合わせて顎をかち割らないと安眠ができねぇ。それをやるのに尖角の手も葛西の手も要らねぇ」
「それじゃ、始めましょうか」
互いの距離は十メートルほど。お互い、通常の肉弾戦で言えば射程外といえた。しかし高下は久場の能力を思い出していた。最初に出会った時久場は壁や床を殴り、その直後高下の付近の壁や床からエネルギーの塊とも言える衝撃が飛び出てきて攻撃されたのだ。
それが久場の能力の全容なのか一端なのかはまだ分からなかったが、ともかく久場の一挙一動を注視する必要があった。
久場はまだダラりと腕を下ろしている。高下は久場の両の拳を睨むように観察していた。すると突然、久場が行動に出たが、動かしたのは拳ではなく脚だった。
片足を上げて、踵で地面を強く打ち付けた。直後に高下の身体が大きくグラつく。
「うわ!」
「『絶対不意打擲』に逃げ場は無いぜ」
それは久場が生み出したエネルギーを、地面や床を伝道させて相手に届ける能力――。久場の脚の打ち下ろしによる衝撃は、地面を拡散することなく真っ直ぐ伝って高下の足の真裏に届いた。足の裏を思い切り蹴られたと同じことで、震度で言えば三程度の揺れを高下は受けた。
その間に久場は飛びつくように近づいて、高下の眼前で振りかぶった拳を、高下の顔面を貫かんばかりの勢いで突き出した。
唐突に身体の揺れを受けた高下の姿勢はいまだに不安定な状態で、攻撃を避けられる状態ではとても無かった。
しかし久場もまた、唐突なる高下の反撃に対応することができなかった。
振り抜く久場の拳の先に、あるものが転送された。
「詰めが甘いんだよ、アンタ」
『素晴らしき善意』によって手元に出現させたのはガラス窓だった。すぐ近くの体育館の窓枠からガラス窓が一枚無くなっていたが、久場がそれに気づくことはなく、また攻撃を止めることもできなかった。
思い切りガラス窓を素手で叩き、久場の全力の一撃に耐えきれなかったガラス窓は粉々に砕けて、無数の破片の海を拳は突き抜けた。
衝突の際に生まれた猶予を活かして、高下は突き抜けてきた血だらけの拳をギリギリでかわした。
「ぐぁああああ!」
久場が悲痛な声を上げた。ガラスによる裂傷の痛みが手や腕から一挙に立ち上がってきて、正気を無くしそうなほどの激痛となっていた。
しかしその悲鳴を聞いても、高下の中で躊躇や遠慮は生まれなかった。
「『致命拳』」
放った右拳は久場の左肋骨に命中した。威力が皮や筋肉を通過して骨まで届き、そして骨が折れていく生生しい感触を高下は感じた。
泡を吐き出しながら、久場は踊るようにふらついて倒れた。
数秒、潜水から上がってきたように大きく息を吐いて心身を整える高下は、しばらく相手が起き上がらないかその場に止まって警戒した。
やがて、久場は震える脚を無理矢理動かして起き上がってきた。痛みで顔は青ざめており、呼吸も乱れている。
「まだ終わってないぞ、テメー…」
「もうやめないすか。骨折れてるし、俺だって骨折れた人をもう殴りたくないっすよ」
「知ったこっちゃねー…」
「なんでそんなに尖角の手を貸すんすか?それが友情だっつうんなら、それまでの話っすけど」
「…尖角に登録率を上げる荒業を勧めたのは俺だ…」
「能力者と思しき奴の生徒手帳を奪って破壊するっていう強硬手段のことっすか」
「…そうだ…。それがバレてあいつは自警会から外された。あいつはお前達が思うほどタフな性格じゃない。だから俺がついてやるんだ…。あいつと二人、能力でこの世の中を牛耳るためにな…」
鬼気迫る殺意を抱いて、今にも飛びかかりそうな久場が動きをはたと止めたのは、一人の女子がいつのまにか高下の背後に立っていることに気づいたからである。
「これはもう既に『決着』だなあ」
声をかけられて気づいた高下も振り向く。
「解之夢…二花…さん?」
「久しぶり。また会えたね」




