第34話ー『切っ掛け作り』(ストレンジ・チャンス)
「これ食う?ちょっと買いすぎたんだけど」
昼休み、高下は自前のパンの袋を一つ本間に差し出した。
「食う」
本間は二つ返事でパンを受け取りすぐに食べ始めた。本間が昼食に用意したのがおにぎり二個だけだったので、高下は思わず自分の分をわけた。
「おにぎり二個とかで足りるの?」
「足りない。でもコンビニにおにぎりもサンドイッチもこれしか無かった」
「じゃあホットスナックとかにすれば」
「それは店員に声掛けないといけないから」
二人は花壇脇のベンチに座り、並んで昼食を取っていた。それは空見の指示によるものだった。
「まずは一緒にご飯を食べるんだ」
空見は真剣に話してきたので、高下も真剣に受け止めたが、しかしなんともやりにくさがあった。
「仲良くなれって公然と言われると、逆にやりにくかったりしない?」
高下がパンを頬張りながら横の本間に聞くと、本間も口の端に付いたパンのカスを取りながら答えた。
「わかる」
「ところで本間さんって同学年のわりには廊下とかで全く見ないよね。休み時間も見たことない気がする。なんで?」
本間は表情を一切変えないまま、立てた人差し指を口に当てた。
「ひみつ」
「お、おお…」
どうコメントしていいか悩み、結局黙ってパンを食べ続けた。しかし本間の方から話を続けた。
「私にとって自警会は大事な居場所。これまでも、これからも。だからそれを脅かす人がいるなら私も頑張らないといけないし、皆の意志に応えないといけない」
基本的には大人しい本間から、こんな力強い言葉が出たのは高下にとって意外だった。
本間は自警会に入ってまだ数ヶ月しか経っていないはずだが、その熱意は本物のようだった。『皆』というのは今いる高下と空見だけではなく、今は去った大山寺達も含めているのだろうか。とりあえず仲間意識は強いようで、内心で安堵した。
「でも俺達は頑張ってると思うんだよな。もう四人だよ。登録したの」
本間は心底同意のようで大きく頷いた。
「私、人見知りなのに。自分でも分かる。無理して頑張ってるのが」
「話しかけてるのは全部俺だけどね」
「本気の人見知りは、知らない人を眺めるだけでも疲れる」
「俺と話すのはまだセーフなの」
本間は水筒のお茶をゆっくり飲み、飲み終えてから答えた。
「高下くんは私のこと知らなかったけど、私は結構前から高下くんのことを見てたから、私の中でもう慣れた」
「ちょっと怖いな」
空見が今後の方針を決めて以降、二人は毎日放課後に集まって話し合い、下調べをして積極的に聞き込みに赴いた。まだ登録していなかった開示型の一年生を二人、さらに非開示型の一年生二人にも誠心誠意頼み込んで能力の内容を教えてもらった。
説得にあたっては本間を表舞台に出すわけにはいかなかったので、高下一人で頑張った。多くを知らない一年生に自警会の説明から始めて能力を見せて欲しいと懇願した。時には自身も能力を見せてオープンな関係を作ろうと努力した。男子相手には意図して友情の空気感を作り、女子に対してはひたすら頭を下げて良い気分にさせた。そうして苦労に苦労を重ねた結果が、四人分の登録率の加算だった。
「俺達も頑張ってると思うけど、しかし空見先輩の情熱には舌を巻くな。もう三人登録してるんだから」
空見は非常時の緊急手段として、美術部の女子三人衆、筆沼・絵村・画角に事情を話したうえで協力を仰いでいた。
尖角一派に襲撃されて自警会が壊滅の危機に陥っていること、それを防ぐためには多くの能力者について把握し、目録の報酬を得ることなどを全てを話した。目録の存在は従来、部外秘であったが、現時点での自警会リーダーである空見の方針を高下は疑わずに同意した。
結果として三人とも親身に相談に乗ってくれて、彼女達の交流のネットワークを介して能力者を紹介してもらうことができた。
非開示型の能力者でも、全ての生徒に能力の内容を隠している訳ではなく、ごく親しい人にだけ教えているケースは少なくない。筆沼達の紹介により、そうした能力者達からの最低限の信頼を得て、空見は能力の聴取に成功していた。
「でも女子三人とも、大山寺先輩達のことはやはり忘れていたよ」
新たな能力者を目録に登録した際、空見は少し寂しげな表情をして高下達に伝えた。
「どういう風に記憶していたんですか?」
「あの日、調査に赴いたのは私と君の二人だったと、三人とも信じて疑わなかった。本人だけでなく他者の記憶も改竄されることは知っていたが、改めてその超常ぶりを思い知ったよ」
空見、高下、本間の苦労の結果、登録率は七十六パーセントまで上昇した。
※
「なぁ解之夢くん、君の能力を俺に教えてくれまいか」
昼休み、隣の席の解之夢一葉に話しかけると解之夢はいつも通りの冷静な表情で返してきた。
「なぜ?」
「ワケあって多くの能力者の情報を知りたいんだよ。だからお前さえよければ教えてくれないかなって。二花さんから部分的に聞いてはいるんだが。たしか『切っ掛け作り』っていう」
「…二花は勝手に動きすぎるし、喋りすぎる」
珍しく眉を寄せて表情を変えた解之夢は、眼鏡を指で上げたあと答えた。
「教えるのは構わない。僕の『切っ掛け作り』は他者を僕の身体に取り込む能力だ。取り込むにはその者の同意が必要なので勝手には取り込めない。取り込めるのは四人までで、それぞれが僕の四肢に登録される。その者をこの身体の『主体』にするには変形する必要がある」
「あーだから二花になる時は、あんなに身体バキバキにさせてたのか」
「二花は僕の右腕に登録されている。また取り込んでいる身体は僕に支配権があり、いくつかの操作も行える。二花の右腕を君に移したのも、実践したのは僕だ。希望したのは二花だがね。二花は君が面白い奴だから『投資したい』と言った。そういう奴だ」
「投資…って、俺の何に投資したんだ?」
「五体復活した君は、自警会に入るだろうと二花は予想した。君の自警会での活躍ぶりに賭けたんだ」
「やっぱり解之夢達も自警会のことを知っているのか」
そう言うと解之夢は奇妙な表情をした。笑っているようだが、どこか皮肉げな微笑み方だった。
「目録のことも知っている。その報酬のことも」
「…マジか」
「だが僕達は君達の妨害をする気は更々無い。ただ貢献できることもあまり無い。何故なら僕の能力も二花の能力も目録には登録できないからだ。そのため登録率を上げることもできない」
「…どういうことなんだ?」
「今はまだ、多くを語るタイミングでは無い気がする。僕自身は、君達が直面している難題は君達自身で解決して欲しいと思っている。…二花がどう思っているかは分からないが。案外、あいつは普通に教えるかもね」
そう答えると解之夢は読書を再開した。会話はこれで終わり、と言わんばかりの様子だったので、高下もそれ以上は話しかけなかった。




