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第33話-『私の世界』(シャッターアイランド)

 本間ミエは無言のまま高下に向けて小さくお辞儀をした。高下も思わず礼で返す。


「どーも…。しかし漫画やアニメで掃除用具入れに入ってるのは見たことありますけど、本当に入ってたのは初めて見ましたよ」


「本当に入っていたわけじゃない」


「どういうことです?」


「この用具入れの向こうにある部屋で待機してもらっていた」


 訝しがる高下を横目に、空見は本間に声をかけた。


「最終確認だけど、言っていいよね」


「大丈夫です」


 蚊の鳴くような声で本間が答えた。


「ミエの能力は『私の世界』(シャッターアイランド)と言って、開閉物を違う開閉物に繋げる能力だ」


「何が何だか分からないっす」


「実際に見てみるか」


 空見が目で合図すると、本間は制服のポケットからコンパクトミラーを取り出した。ミラーの蓋を開けると、本来ならあるはずの銀色の鏡面はなく、ただ黒々とした平面があった。


 空見がそれに手を近づけて、黒い平面を指で触れようとする。触れた、と思いきや指は何の引っかかりもなくスルスルと平面の中に入っていった。やがて本間の手首から先が丸々コンパクトミラーの中に消えていった。ミラーの裏に手は無いので、突き抜けている訳では無いことが分かる。


 ものの二、三秒で本間の手は戻ってきた。ミラーから引き戻した手には細長い物が握られている。


「…チョーク?」


 訝しがる高下に教えるように、本間はゆったりとした動きで高下達のそばにある黒板の下部、チョーク入れを指した。


「そこに繋げて、そこから取ってきたの」


 説明すると再びチョークを握った手をミラーの中に入れる。直後、チョーク入れがガタンと音を立てた。


「うおっ!」


 チョーク入れに視線を向けた高下は思わず声を上げた。勝手に開いたチョーク入れから女子の手が現れていた。


「出口を外側に向けて繋げることもできるの」


 チョーク入れから出てきた手はアピールするように指をワキワキと動かして、ピースサインを作るなどした。高下が恐る恐る近づいて見てみるが、手の付け根はミラーと同じような黒い平面から生えていた。


「なるほど…言ってて妙ですが入口と出口を作るってことすね」


「そうだ。効果範囲は広く、敷地内全部だ。そして六十パーセントの報酬によってミエの『私の世界』(シャッターアイランド)は更なるステージに到達している。それが今の自警会にとって秘中の秘なんだ」


「高下くん、来て」


 本間が手招きするので高下は近づいた。本間のそばの掃除用具入れを覗くと、そこもやはり深淵のような闇が広がっていた。


「これはどこに繋がってるんすか?」


「ついてきて」


 そう言って本間はスルリと掃除用具入れの中に身体を滑り込ませた。まるで水に飛び込むように抵抗無く本間の身体は闇に溶け込み、消えて行った。


「ええ…」


「心配するな。痛みとか気持ち悪さは無いよ」


 高下のもとに来た空見はそう言ったあとすぐに自身も掃除用具入れに身体を潜らせた。


「マジすか…」


 一人取り残された高下は、他にどうすることもできないので心配しつつ掃除用具入れに身体を突っ込ませた。


 空見の言うとおり、何の苦痛も不快感も無く、それどころか一瞬にして『ワープ』は完了していた。


 高下の眼前に小さな部屋の室内が広がっていた。六畳くらいの広さで床は教室や部室と同じもの。窓はなく、全体的に薄暗かった。壁には備え付けの木棚が置かれている。振り向くとこれも教室と同じデザインの戸があり、開かれた戸には黒い平面が広がっていた。


 既に到着していた本間と空見は、慌てている高下を観察している。


「ここは学校のどこにも接していない、いわば裏の空間だ」


 空見が説明する。


「ミエの能力からしか入れない。ミエの任意で、どんな開閉物もここに繋げられる」


「異空間…ってことすか?異空間を作る能力ってヤバくないすか?」


「もともとある異空間をミエは自由に使えるということなのかもしれないが、そこを考えても答えは出ない。ちなみに目録は普段ここに隠している」


 空見が指さした方を見ると、目録が全く無防備に木棚に置かれていた。


「あー、じゃあ普段目録を部室に置いといてくれてたのは本間さんだったんすね」


「そうだ。そしてもう察しているかもしれないが、君の言う『情報提供者』というのはこのミエだ」


 本間は得意気でも自慢げでもなく、淡々と説明した。


「私の能力なら校内のどこにでも入れるし、開閉物から少しだけ顔を出せばバレずに観察できる…。普段はここで能力者を探して、そういう言動をしている人や、実際に能力を使っている人を見つけたら先輩達に教えていたの」


「なるほど。目録の隠し場所でもあるわけだしこりゃ確かに秘中の秘っすね。調査も捗るわけだ。…ちなみに順位は何位なんすか?」


 空見が答えてくれる。


「総合二十五位。在校十三位だ。自警会に入会する時、諸々説明をしているうちに本人がしれっと目録に登録していたけど」


「早く自分の順位を知りたくて」


 本間がサラリと言う。


「ミエが自警会に入ってからは調査の成果は飛躍的に向上した。これまでは足で稼いで誰が能力者か探るところからやっていたからな。二十年の自警会の歴史の中でも、革命的な存在だ」


「ようやく知ることができて、なんか安心しましたよ」


「能力の説明は以上だ。高下、歓迎会はできなかったけど、君はもう正当な自警会のメンバーだ」


 そう言う空見は感慨深げな表情をしていた。


「そしてここからは私達三人で戦う」


「そうですね。とりあえず何をすれば?」


「到達率を八十パーセントにする。今は七十・四パーセントだから、あと十人以上の登録が必要となるが、しかしそれを達成できれば私達三人とも能力が強化されるはずだ。そうなれば間違いなく有利になる」


「たしかに。ただ尖角も強化されてしまいますが…」


「そこは懸念だが、強化されるのはこちらは三人、向こうは一人だ。久場や葛西は報酬を受けられないからな。シンプルに比較すれば私達に勝機があるはずだ」


「じゃあ草の根分けてでも登録率を上げていきますか。引き続き本間さんの能力をフルに活かして」


「そうだ。ただ本間と組むのは君だ。私は私で主に二年生を調査するから、君達は二人で行動するんだ」


「へ?なんで?」


「君達は今日が初対面だ。これから尖角達と戦う時に連携をしようとしても難しいだろ。まずはお互いの能力についてよく理解して、気質や性格も知るんだ。何が得意で何が嫌いかとかもな。要は仲良くなれ。それも早めにな」


 何と言っていいか分からず、本間の方を見た。本間は嫌がるわけでも好意的に迎えるわけでもなく、ただ変わらない無表情のまま親指を上げた。


「よろしーく…」


「うーん、よろしく…」

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