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第32話-もう一人

「何を言ってるんすか?」


「君が尖角達を手引きしたという可能性は?」


 高下も立ち上がった。ほとんど無意識だった。


「何を言ってるんですか。だいたい、そうなる可能性が最も低いから俺を自警会に誘ったんじゃないんですか?」


「そうだな。だが君は不審な点がある」


「何がです」


「以前から思っていた。君は不思議と戦える。双海兄弟と渡り合い勝利し、あの我猛と引き分け、そして火事の時は久場に一発見舞ったそうじゃないか。君を自警会に勧誘したのは私だが、正直ここまで戦力になる奴だとは思っていなかった。それが逆に不審だ。何故そこまで動ける?何で戦える?」


「…トレーニングをしていたんです。以前から」


「何のトレーニングだ?」


『素晴らしき善意』(カインドネス)を完全に使いこなすための練習です。反射神経とか動体視力とかを鍛える訓練を、ネットで調べて実践してました。併せてちょっとした筋トレや体力作りもです」


「何のために?」


「能力を手に入れたから、それだけです。どうせ手に入れたのなら完璧に使いたい。いずれ失う能力でも完璧に使いこなしてやりたい。それが俺の自己満足に繋がる。納得は俺にとって大事なんですよ」


 高下の真摯な眼差しに、一切の翳りは無い。


「俺は自分の思うままに生きていたい。夢とか希望とか、そんなキラキラしたもんじゃないです。欲です。俺は自分の欲に忠実に生きていたい」


「…そうか」


「それに空見先輩だって怪しいですよ」


 空見の凍るような瞳が高下を突き刺す。


「何が?」


「あの火事の時、どこに居たんですか。何で大山寺先輩達と離れていたんですか。何で皆を守ることができなかったんですか」


 しばしの沈黙。そして唐突に空見が動き、高下もそれに瞬時に反応した。


 しかし空見のチーターの加速のような、尋常ではない速さの初動は防げなかった。二人の間にある机を押し退けて空見が突進してきた。


 『逆さまの空』(スカイハイ)で重力を真横に向けた超加速だった。空見は高下に正面から衝突し、二人はもつれ合ったまま机や椅子を掻き分けて壁にぶち当たった。


 顔がくっつくほど至近距離で向かい合う。空見は肘を高下の喉仏に当てて、呼吸を防いでいた。高下の顔が酸欠で赤くなり始める。


 しかし一方で、高下は拳を空見の側頭部に当てていた。


「…借り物っすけど…『致命拳』(ストライク)はいつでも…放てます。頭に直接当てれば…取り返しのつかないことになるかもしれないっす」


「じゃあ、何故やらない?」


「俺は…先輩の敵じゃないから…です。先輩が俺の敵じゃない限り…」


 膠着状態のまま二秒、三秒と経つ。高下の目の焦点が合わなくなり全身に入る力も虚脱し始めた。それでもなお高下は能力を放たなかった。そんな気は毛頭無かった。


 それを察したのか、空見は拘束を解いた。


 背中を丸めて咳をする高下を、空見が抱き締めた。


「すまなかった。ごめんなさい」


 背中をさすりながら詫びる空見に、高下は慌ただしく息をしながらも自身の両手を持っていく場所を考えていた。


 空見の背中に手を回すべきかもと考え、いやそれはちょっと違うかもとも考えて、結局どうするでもなく硬直した。宙を見つめていると空見が離れた。空見の顔は穏やかで、瞳は何よりも優しく相手への信頼に満ちていた。


「この高校に来るまで、私には何も無かった。何にも興味を持てなかったんだ。夢とか将来なりたい仕事とかだけじゃなく、そもそもやってて楽しいことなんて何も無かったんだ。そんな私がここに入学して、能力者になって大山寺先輩に勧誘された。目録のことや登録率のことを聞いた時、上手く言えないけどコレだって思ったんだ。私にとって初めて興味を持てることだった。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、私は生まれて初めて『やってみたい』って思ったんだ」


 笑っているような、泣いているような、多くの想いが絡み合っている表情だった。


「目録の報酬なんて私にはどうでもいい。私はただ、この自然と生まれた気持ちを大切にしたいだけなんだ。私は変かな?おかしいかな?」


「おかしくないっすよ。結局、人が何かをやる動機なんて突き詰めれば全部それなんです。純粋で、俺はそういうの好きですよ」


 空見は高下から目を逸らして、顔を隠すと一度鼻を啜った。顔をこちらに戻した時、まだ目尻に光るものがあったが高下は気づかない振りをした。


「君が本当に私の味方なのかを確認したかった。九十九パーセント信じていたが、あと一パーセント知りたかったからだ。ごめんなさい」


「いやいいんです。俺こそ言い過ぎました。すいません」


 高下も空見も、ほんの少しの間笑って相手の顔をまっすぐ見た。今後崩れることのない強い絆が表情や目に現れていた。


 仕切り直すかのように空見は大きく息を吐いて、そして戦士のような毅然とした表情に変わった。


「高下、私達は仇をとるぞ」


「はい」


「尖角達をボコボコにして、自警会も目録も守る。覚悟はいいか」


「できてます」


「すばらしい」


 満足そうに微笑む。


「そんで、具体的にどうすればいいんすか。俺達二人で」


「まず言わなければならないのは、私達は二人じゃない」


「へ」


「さっきの答えだが、私は君の歓迎会に来させるために呼び出していたんだ。君の知らないメンバーを。自警会にはもう一人メンバーがいる」


 そこで空見はおもむろに、教室の隅の掃除用具入れに向かって声をかけた。


「いいよ、出てきな」


 高下が黙って見ていると、掃除用具入れの扉が勝手に開いた。中から腕が伸びてきて、脚が教室の床に降りる。


 そして女子が一人姿を現した。背が低く、長い前髪で片目が隠れている。その表情は、何もおかしなことはしていないとでも言い出しそうな無表情なものだった。


「紹介する。本間(ほんま)、本間ミエだ。私はミエって呼んでる。一年生で、君より先に自警会に入っていた」

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