第31話-今にも膝をつきそうな失意の中で
空見の指示で自警会の活動は休止となった。日中は誰かと常に一緒に行動して、放課後は速やかに学校から出ろと厳命されて高下は言う通りにした。
厳命された以上捜索することはしなかったが、少なくとも見えている範囲で尖角達の姿を認めることはなかった。どこかに隠れているか、あるいは登校していないのだろう。
嵐が過ぎた後の静けさのようだったが、それは次の嵐の前兆のようにも感じられて、ただただ不気味だった。
校内の火事については電気回路のショートによるものだと朝礼で説明された。高下は感じていた疑問を、空見に会った時に聞いてみた。
「葛西が起こした火による火事を、何故教師達は認識できていたんでしょうか。能力による火での校内の破損は認識できないはずっすよね。裏校則の五条どおりなら」
「葛西の能力の内容を把握できていないから色々な可能性はあるが、仮に能力で発生させた火だとしても、延焼して他の物に燃え移った火は、ただの火だ。ただの火による破損なら認識できる、という理屈なんじゃないかな」
空見の説明は的を射ているようで、後日火事の現場に赴き、封鎖されている戸の隙間から覗いたところ、高下の記憶にあるほど室内は焦げていなかった。能力による火自体で燃えた箇所は日付が変わって修復されたようだった。
沙悟の燃えた制服、大山寺や奈美奈の切り裂かれた制服も修復されているはずだが、三人ともまだ復帰できておらず、確認しようがなかった。
※
十日ほど経った頃、大山寺が復帰したと噂で聞いて、高下は昼休みに三年生の階に向かった。どのクラスか分からず一つ一つ教室の中を覗いていると、向こうから歩いてきた空見に出くわした。
「空見先輩」
「大山寺先輩に会いに来たんだろ」
「そうっす」
「私もだ」
二人で間近にある教室を覗いたところで、ちょうど男子生徒数人が出てきてぶつかりそうになった。
その中に大山寺が混じっていることに二人は気づいた。頬と首に絆創膏が貼られているのが分かった。
「おっと悪い」
大山寺は二人を避けて通り過ぎたが、少し歩いてから足を止めた。高下は思わず期待して、心臓もドクンと跳ねた。しかし振り返った大山寺の表情も発言も、期待に添うものではなかった。
「下級生だな。誰かに用事か?」
高下は空見の背後に立つかたちになっていたので、大山寺をまっすぐ見つめている空見の表情は分からなかった。
「大山寺先輩を見舞いに来ました」
空見の口から出た声は、高下が不自然に感じるほどに感情が伴っていなかった。しかしそれは多くの想いを抑えているようにも聞こえた。
「俺?なんで?」
「…事故を起こしたと聞いたので」
「ああ、先日、校舎の外を歩いていたら突然ガラス戸が上から落ちてきてな。運悪く当たっちゃってさ。まぁこれくらいで済んでよかったよ」
あっけらかんと喋る大山寺の話し方は、これまでにも何度も聞いた、いつものそれだった。しかしどこかが違うような気がして、またその違いが決定的のようにも感じられた。
「しかし何で見舞いに来たんだ。嬉しいけど。以前どこかで喋ったっけ?」
この問いは残酷だった。まだ付き合いの浅い高下でさえ、この場から逃げ出したい衝動に駆られた。
しかし空見はそれでも冷静だった。少なくとも外見上では。
「いえ、お話したことはありません。しかしファンなので私達。だから心配になって」
「そうか。女の子のファンは当然光栄だし、男のファンもいるとなるとさらに嬉しいね」
大山寺は何の他意もなく、清々しく手を差し出した。空見は応えて握手した。次に高下に差し出されて、高下は収まりがつかない感情のまま手を差し出した。
握手をした時の力強い感触は、明らかにかつて握ったあの手だった。
※
「奈美奈先輩にもさっき会ったけど、全く同じだ」
「そうですか」
放課後、二人は空き教室で机を挟んで向かい合って座っていた。自警会の部室代わりに使っていた部屋は、火事により使用不能となっていたため他の部屋を利用するほかなかった。
「一応、大山寺先輩のことを聞いたよ。話したことはないけど顔は知ってるとさ。同学年だからな。ごく自然な感じで調整されている」
「誰が調整してるんすか」
「裏校則を作り、目録のルールを作り、目録そのものを作った、この学校の土台たりうる『何か』なんじゃないか。でもそれは私達が知りようもない何がだ」
「…俺達は、どうすればいいんすか。たった二人で」
「君の場合は、生徒手帳を燃やしてこれまでの記憶と能力を消すという手がある。尖角の狙いは邪魔な自警会を壊滅させてから、登録率を上げて報酬を受け取ることだろう。記憶も能力も無い君を襲う理由は無い。尖角にそれが知られれば、わざわざ攻撃されることは無いだろう」
「先輩、俺はどうすればいいか、を聞いてるんすよ。どうすれば助かるかなんて話はしてないし、そんな助かり方はゴメンですよ」
「じゃあ今私達は何の話をすればいい?」
「仇を討って、この争いにカタをつける方法です」
高下の瞳は燃えていた。絶望という灰の山から新たに立ち昇ってきた炎のような覚悟を持っていた。
「仇を討ったところで、大山寺先輩達はそれが何のことかも分からないんだぞ」
「俺達の気持ちの問題です。それにこの自警会を存続させたい。目録も守りたい。そうでしょう」
「その通りだ。本当にその通りだ」
空見はおもむろに立ち上がった。
「だが一つ確かめなければならないことがある」
そう言う空見の瞳は、冷たく光っていた。
「高下、君が私の敵じゃないって証拠はあるのか?」




