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第30話-喪失

 校舎の周りを走りながら周囲を見渡す。火事に気づいた生徒達が慌てながら校舎を出たり、教師達が避難誘導させようと躍起になったりしているが、大山寺の姿は見つからない。焦りがどんどん増していく。


 その時、火事騒動を意に介さずに真っ直ぐこちらへ歩いてくる男の存在に気づいた。


 不敵に笑いながら近づいてくる男は、久場だった。


「誰を探してるんだ?」


「大山寺先輩です」


「大山寺ならこの先でぶっ倒れてるぜ」


 久場が後方を指差す。


「もうお前が行っても全て終わってるけどな」


 高下は何も言わず再び走り出した。進行を久場が遮る。


「おっと、行かせねえよ。この前の借りを…」


「邪魔だボケ!」


 一切速度を緩めず、久場と衝突する直前で跳び上がった。躊躇も遠慮も一切無い飛び膝蹴りが久場の顎を刺した。


「ぐごぇ!」


 無様に仰向けに倒れる久場の姿を高下は一瞥たりともしなかった。全力で指さされた方へ駆け出す。


 場所は学校の裏門の前だった。車も通るため広く確保されている敷地の真ん中に、男子が一人倒れていて、それを女子が介抱しているようだった。大山寺と空見だった。


「空見先輩…!」


 駆け寄りながら倒れている大山寺を見る。うつ伏せに倒れていたので顔は見えなかったが、上着の上からでも出血しているのがはっきりと分かった。制服はあちこちが裂けていた。


 一目見て、大山寺を攻撃したのは尖角であると察した。


 近くでしゃくり上げる声が聞こえて思わず顔を向けた。動転してすぐには気づかなかったが、近くで奈美奈がへたりこんでいた。大山寺ほど深刻そうではなかったが、同様に制服が裂けて負傷が見られた。


 うつむく空見の顔を覗く。


「先輩、救急はこのあと来るはずです!先生を呼びましたか?」


 空見の表情を見て、息を呑んだ。


 顔面蒼白で口を開けたまま、大山寺を見つめる瞳は溢れ出てくる涙で光っていた。身体も震えていて、一切の理性が欠乏していた。


「…先生呼んできます!」


 ぐちゃぐちゃになった感情の収め方も分からず、高下は今一度走り出した。靴に何かが触れて振り返って見ると、それは大山寺達が買ってきたと思しき、菓子の袋だった。



 救急車に乗せられ病院に運ばれて行った三人を見送った後、高下は教師達からの質問に答えた。あくまで放課後たまたま残っていたことで巻き込まれた生徒の一人、というスタンスで話す。教師達に真実を話したところで何の解決にも繋がらず、そもそも信じてもらえるわけもなかった。


 解放されると、大山寺が運ばれた病院へ向かった。大病院の通路を歩いていると、廊下のロビーチェアにぽつんと座っている空見が視界に入った。


「空見先輩…」


「うん、あ、高下。悪かったな。先に行かせてもらって」


 空見はいつもの毅然とした態度と表情を取り戻そうとしている最中のような風貌だった。目はまだ赤く、涙と疲労のせいか瞼は窪んで見えた。


「そんなこと構いません。それより大山寺先輩は…」


 座る空見の正面にたたずむ病室の扉を見る。扉は閉じられていた。


「何で病室に入らないんですか?面会謝絶とかですか?」


「いや、そうじゃない」


 空見は脱力した様子で扉を見つめた。


「中に奈美奈先輩がいるからな」


 察せていない顔の高下に、空見が静かな声で説明する。


「二人は付き合ってるんだよ」


 その言葉に自分自身が傷ついたかのように、沈痛な面持ちに変わった。


「それも今日までなんだ」


「どういうことです?」


「沙悟含めて三人は…生徒手帳を奪われていた。恐らくもう燃やされているだろう。三人は、日付が変わった瞬間に能力と記憶を失う」


 高下は息を飲む。


「どこからの記憶が…?」


「まるきり全部だ。三人は入学してすぐ自警会に入って目録の編集者になっているから、その時点から今日までの記憶が改竄される。目録に関わることなく、自警会にも入らないまま高校生活を過ごした記憶にさし変わる」


「じゃあ俺らのことは…」


「私達は自警会を通して知り合ったから、当然忘れる。でも私達は問題じゃない。大山寺先輩と奈美奈先輩は知り合わなかったことになるだろう。二人は自警会で知り合って付き合いだしたから。だから二人は、二人の関係は今日で最後なんだ」


 空見の言葉は震えていた。高下は何も言えず、扉を見続けた。扉の向こうで啜り泣く声が聞こえてきたような気がした。


「まだ傷は浅かった奈美奈先輩から断片的に聞くことができた」


 空見がポツリポツリと話し始めた。


「二人は買い出しから戻ってきたところで、尖角と久場の奇襲にあった。だがそういう事態は、私達も当然想定していた。でも正直、あまり懸念はしていなかった。奈美奈先輩の『神経覚醒』(エンハンス)で強化された大山寺先輩なら、尖角と互角以上に戦えたはずだし、沙悟が助太刀に来れば負けることなどありえないと。だが私達は二つ、見誤ってしまった」


「二つ、ですか」


「一つは、尖角が私達が思っていた以上にもう何の良心も無かったこと…。君が右腕を取られた際に私達はもっと深刻に考えるべきだったのかもしれない。あいつは奈美奈先輩も巻き込んで攻撃し始めた。大山寺先輩に隙が生まれるのを狙って…。そしてもう一つは、同時に沙悟も奇襲されたことだ」


「俺が出会った奴ですね」


「沙悟は火傷が酷くて今は話せる状態じゃないが、どうやら火を使う能力みたいだな」


「話しぶりから察するにそうです」


「君も一度見ているが沙悟の能力は、紙を自由に操る『自由紙』(フリー・ペーパー)という能力で、紙を刃物や石のように変質させることもできた。攻撃にも防御にも使える万能な能力で、今の自警会の主力だった。だが炎には弱いと以前から指摘はされていた。…尖角が現役のメンバーだった頃からね。だけど火を使う能力をこれまで私達は見聞きしたことがなかった。そんな能力は無いのかもしれないとさえ考えるようにもなっていた」


「…そこを逆に突かれてしまった、と」


「尖角は離反してからずっと、私達を攻略する人材を探していたのかもしれない。襲撃のチャンスをずっと待っていた」


「そして、念願は叶ったと」


「そうだ。自警会は…」


 空見のこの後に続く言葉は、切ないほど強い抵抗感が堰き止めようとしていたが、それを押さえ付けて現実を受け入れるように、擦れた声で述べた。


「今日、三人失った」

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