第27話-尖角、久場、そして葛西
時と場所は変わり、陰湿な空間にて。
「いつでも準備はできているぜ、俺は」
男が二人居た。学校の敷地の隅、体育館の裏で密談をしていたのは尖角と久場だった。
鼻息荒く話す久場とは対照的に、尖角は言葉少なめで陰鬱な目をしていた。
「…無策で行っても奴らには勝てない。相手の方が数は上で、しかも手練ぞろいだ」
「だからって手をこまねいていても埒が明かないぜ」
「尖角先輩は策を持って挑めって話をしてるんですよ。久場先輩」
すぐそばから男の声がした。
物陰から現れて近づいてきたのは、体の細い少年だった。一年生のようで、まだ顔にあどけなさが残っているが、しかしそれに似合わない意地の悪い笑みを浮かべていた。
「…なんだ、葛西、お前も来ていたのか」
「先輩達だけで話を進めないでくださいよ。僕らは仲間じゃないですか」
白々しいことを…と久場は内心で毒づいた。
葛西は掘り出し物の人材だった。
これまでは自警会から離反した尖角と二人で、機会があれば能力者を奇襲して能力を喪失させていた。二人の目的は目録を強奪して久場を目録編集者にすることと、それを前提として登録率を上げることだった。
登録率七十パーセントの報酬を得た状態で卒業すれば、今後一生涯能力を使って生きていくことができる。さらに八十パーセントなら、より強力な効果を持って学校以外の社会に繰り出せるのだ。それは人生の『勝ち』を表していた。容易ではない。しかしその価値は十二分にある。
しかし敵対している自警会の方が戦力的に有利で、相手もこちらの能力を喪失させようと考えているため水面下で動くほか無かった。特に空見は執拗にこちらの生徒手帳を狙ってきていたので、普段は授業には参加せず敷地内のどこかに潜伏するか、そもそも登校しないという日々だった。
状況が好転したのは四月に入学した葛西を見つけてからだった。葛西は自身が能力者に選ばれたと自覚するとすぐに悪用に走った。それが癇に障ったとある二年生が制裁として葛西を能力で攻撃したが、瞬く間に返り討ちにあい能力喪失の憂き目にあった。
能力を喪失した二年生は『秘匿型』だったこと、この一連の事件は一瞬にして終わったことなどから、この件は自警会も知らないはずだった。つまり葛西は強力にして凶悪で、そして秘密の存在であり、それを仲間に引き入れることができたのは大きな収穫だった。
おまけに葛西は自警会の『アイツ』と相性が良い…。何もかも逸材だった。ただ気に入らないのは、葛西が明らかにこちらを舐めていることだった。先輩への敬意などまるでない。もっともそれはこちらも同じことだったが。
「お前には何か良い案があるのか」
毒づくように聞くと葛西は片眉を上げた。
「最も隙だらけの時に全力で攻撃する。それくらいでしょう。高校生が校内限定でやれる小細工なんてたかが知れてる」
葛西の意見には同意のようで、尖角は頷いた。
「今は待つか。その時が来るまで、俺達は観察し続ける」
「でも先輩方は普段全然校舎内に居ないじゃないですか。僕も一仕事したら隠れるつもりですけど。どうやって観察なんてするんですか」
「アテはある。俺達が見ていなくても十分に観察はできる」
「他にも仲間がいるんですか?その人って?」
「それはまだお前に話すつもりはない」
尖角が言い放つと、葛西のニヤついた笑みに微かな苛立ちが浮かんだが、すぐにそれは消えていった。
「まぁいいですけど、じゃああとは合図を待つだけということで」
話したいことを終えた葛西はあっさりと立ち去って行った。
まだ、とは言ったものの尖角は葛西に話すつもりはなかった。『もう一人』の存在の正体については久場にも話していないことだった。
その者が仲間どころか、この集団の統括であり首謀者であることなど、二人には全く預かり知らぬことだった。
※
昼休み、空見は花壇脇のベンチで昼食を取っていた。黙々と食していると唐突に男が隣に座った。
「よっ」
「お疲れ様です」
声を聞けば顔を見なくとも誰であるか自明だった。大山寺は持ち込んだビニール袋からおにぎりを取り出した。
「珍しいですね。いつもは教室で食べてるんじゃないんですか」
「たまには可愛い後輩と飯でも食おうってな。しかしお前、いつも一人で食ってるけど友達とか大丈夫なのか」
「大丈夫かってどういう意味です」
「友達はちゃんといるのかってのをマイルドに聞いたんだ」
「いませんよ。知ってるでしょ」
「沙悟と仲良くしろよ。同学年なんだから」
「仲が悪いわけではないと思っているんですが、ただ反りが合わないんですよ。知ってるでしょ」
「まぁ沙悟も以前そんなようなことを言っていたな」
大山寺のコメントに空見は特に気にしていないらしく、平然と弁当を食べ続けた。
「先輩こそ、私とご飯を食べてて奈美奈先輩に嫌がられないんですか」
「嫌がられるってなんだよ」
「嫉妬されないんですかってのをマイルドに聞いたつもりです」
「俺はあいつの性格をよく知っているし、あいつも俺のことをよく知っている。他の女子と飯を食ったくらいで何とも思わんよ」
しばらくそういったどうでもいい話題を続けた後、大山寺の方からおもむろに切り出した。
「高下について、どう思う」




