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第26話-『逆さまの空』(スカイハイ)

「うおおっ!」


 落ちる直前のもつれ合いで体勢が変わり、我猛は迫ってくる地面に身体を向ける形に、高下は離れゆく空に身体を向ける形になった。叫ぶ我猛の視界に高下の顔が映る。高下は、恐怖でもなく祈りでもなく、我猛を見るわけでもなく、どこか一点を見ていた。ただ何かを待っているような目付きだった。何か確信を帯びた眼光を放っていた。


 そして空を見上げる高下の瞳に、何かが映った、何かが高下達を追いかけるように屋上から飛び込んで向かってきていた。高下の瞳の中でその姿は大きくなってゆく。


 それは空見だった。


 空見は水泳の飛び込み選手のように、鮮やかな垂直のフォームで真っ直ぐ飛び降り、しかもどういう訳か重力の法則を無視して高下と我猛を追い越した。


 何かが自分達を追い抜いた、と我猛が気づいた直後に、見えないクッションに支えられたような得体の知れない感触を覚えた。急ブレーキにより一瞬息が止まる。


「間一髪が過ぎる」


 すぐそばで声が聞こえる。顔を起こすと近くに空見の顔があった。


 我猛は、自身と高下が空見の両腕にそれぞれ支えられていることに気づいた。


『逆さまの空』(スカイハイ)の能力にいつ気づいたんだ?」


 空見が高下に質問すると、流石に高下も恐怖で震えが止まらず、掠れた声で答えた。


「すんません、双海兄弟の能力を目録に登録した時に、ペラペラっと目録を眺めたんです。その時、たまたま空見先輩の能力のページを見ちゃいました。わざとじゃないっす。信じてください。でもそういう能力ならって、この手段を思いついたんす」


 『逆さまの空』(スカイハイ)、それは空見と、空見が触れているものが受けている重力を調整する能力だった。重力の方向を通常の真下から、真横や真上に変えることができる。さらにプラスG、ゼロG、マイナスGと重力の強度も自在に調整することができ、高下達に追いつく際はプラスG、身体を受け取る際はゼロGとマイナスGを調整して衝撃を和らげたのだ。


 総合十三位、在校六位の驚異の『当たり能力』だった。


「信じるけどさ、間に合わなかったらどうするつもりだったんだ」


「いやでも、何となく空見先輩なら間に合わせると思ったんすよ」


 空見は驚愕と呆れと、ちょっとの照れをごちゃまぜにした表情で、ゆっくりと二人の男を抱えたまま降下していった。



「勝負は引き分けってことになりませんかね」


 高下は我猛に提案した。


 以前、大山寺と一緒に座った花壇そばのベンチに、今は我猛が座っていた。身体のダメージは無いはずだが、経験した内容が内容だけに精神の疲労を隠せていなかった。


 我猛の周りには高下と空見、それとあとから階段で降りてきた大山寺達が集まっていた。


「ぶっちゃけこの勝負、勝ちだと思っていません。でも負けたとも思っていません。タイマンって言ったのに空見先輩を介入させたことは、すんません。でも命を賭けたってことで、誠意は尽くしたってことで、どうにか手打ちにできませんかね」


 頼み込む高下は片手で頭をさすっていた。合流した大山寺先輩から「無謀すぎる」とゲンコツを食らった直後だった。


 数秒の沈黙のあと、やや息を切りつつ我猛が口を開いた。


「…あの柵を越えた時点で、場外だ。場所は屋上だと最初に取り決めたろ。だから空見はタイマンに介入していない。…引き分けだろうよ」


 そう結論づけるように呟くと、我猛は静かに立ち上がった。


「お前のようなイカれた奴とやり合うのはしばらく十分だ」


 そう言うと踵を返して歩き去っていった。怒りや殺意を発散し尽くしたゆえか、どこか満足げにも見えた。


「あざした!」


 高下が我猛の背中に向かって頭を下げて礼を言うと、我猛も振り向きはしなかったが手を振った。


 我猛の姿が見えなくなると、高下は上体を起こすことなく、その場に膝をついた。


「ダメだ、クソ疲れた」


 マラソン大会で完走したあとのような、何もかも出し切った腑抜けた表情をして空を仰いだ。


 その様子を、他の自警会メンバー四人は黙って見下ろした。全員、何か不思議なものを見るような目付きを自ずとしてしまっていた。

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