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第25話-不可視の一撃 その②

 距離を詰めてきたのは我猛だった。飛び込んできたと同時に、高下は後ろに跳んだ。緊張の中、距離を目測で確認する。一メートル三十センチ以内が相手の射程距離だ。その範囲内に入ること自体が致命的だと思えた。


 我猛が進み、高下が下がる。その繰り返しの中、高下は次の一手を模索していたが、突如背中に当たった金属の感触に一瞬虚を突かれた。そして恐怖を覚えた。


 注意していたつもりだったが、我猛の巧みなフットワークによりいつしか屋上の端に追いやられて、金属の柵にぶつかったのだ。


 これ以上下がることはできない。我猛の右拳の突きを、上半身を素早く逸らして間一髪のところで避ける。


 すぐ真後ろから金属の破壊音がした。拳から放たれた『柱』が直撃した柵は巨大な杭に打たれたようにひしゃげて、大きく外側に曲がった。留め金が何本も外れて床に転がる。


 しかしその有様を見る余裕は高下には無かった。目の前の我猛は弓を引き絞るように左拳を引いていた。一瞬のタメのあとで左ストレートは繰り出された。


 これ以上の回避は不可能だった。ゆえに高下は準備をしていた。


 握っている右手を顔の高さまで上げて、腕を振ると同時に手を思い切り開いた。途端に宙に白い粉が舞う。


 『素晴らしき善意』(カインドネス)で小麦粉そのものを手中に呼び出していた。


「うぉ…」


 眼前を小麦粉で塞がれた我猛は一瞬揺らぎ、それでも打った左ストレートは避けた高下の髪を掻き分けただけで着弾に至らなかった。


 高下は走狗の如く四つ足で駆けて我猛から離れて屋上中央へ戻る。


「髪が何本か抜けたぞこれ…」


 髪を撫でながら、我猛を見据える。ひしゃげた柵を背景にこちらへゆっくりと振り向く我猛を見て、ある策が思いついた。しかしそれはあまりに愚策だった。どうかしている、と自身でも思った。それでもそこに興味を抱いてしまった。この土壇場で、次の一手への好奇心を覚えてしまった。


 一か八かだ。


 我猛が一歩一歩と歩み寄ってくる。高下は下がらず仁王立ちで迎える。我猛も高下の態度の変化に気づいたが、行動は決まっているとばかりに、ただ真っ直ぐに歩み寄った。


 我猛が右拳を突き出した。この時、高下は拳を見ておらず、足元を凝視していた。


 一メートル三十センチ。その長さを目視で何度も計測していた。少しでも見誤れば無防備な顔に一撃が入ってしまう。だが高下は自分の目測と感覚に賭けた。


 バックステップで半歩下がり、自身も拳を突き出す。ここだ――。これで自分の拳と相手の拳の間隔は、ちょうど一メートル三十センチ――。


 避けるのではなく、迎え撃つための準備行動。いまやそれも完了していた。


『致命拳』(ストライク)!」


 高下の拳と我猛の拳、そして我猛の『柱』。それらが一つの直線を描いていた。


 借り物の右手の能力は、我猛の見えざる『柱』に正面から衝突した。ここからが賭けだったが、しかし高下は賭けに勝った。


 ガラスのような、陶器のような、ともかく何かが割れて砕ける音がした。見えざる攻撃、『柱』の割れた音だったが、それは我猛も初めて聞く音だった。


 『致命拳』(ストライク)を当てた物体には致命的なダメージが入る。それは我猛の能力も効果の範疇に含まれていた。


 攻撃の相殺に留まらず、高下は突進した。我猛に体当たりをかまし、そのまま突き進む。もつれ合った二人は、先程破壊された柵に衝突した。外れかけている柵が頼りない金属音の悲鳴を上げる。


 突如、高下はもつれ合ったまま振り返って空見を見た。あまりに唐突だったことと睨むように見てきたことで、息を飲んで戦闘を見ていた空見は虚をつかれた。


「空見先輩!」


「え、な、なに?」


 高下の次の言葉は、この後の行動の決意表明だった。


「今から落ちます!」


 空見は「え」と呆けた顔をした。空見だけでなく大山寺達も同様だった。間近にいる我猛も呆気に取られていた。


 しかし次の瞬間、高下が明らかに踏ん張ってさらに前進しようとしていることに一同気づいて戦慄した。我猛からすれば恐るべき事態であった。


「高下、やめろ!正気か!」


「救ってください!先輩ならできるはず!」


 制止する空見は、高下が放った言葉を聞いて意味を理解した。高下の真意を知ることはできたが、無謀さに対する恐怖は依然残ったままだった。


「お、おい待て。いきなりそんな――」


「失礼します!」


 謎の挨拶をもって、高下な一際力を入れて踏み込んだ。柵がバキッと不穏すぎる音を出して、直後に大きく揺らいだ。留め金がさらに外れた柵は、状態を戻すこともなく外側へ倒れ込んだ。


 支えを失った二人は完全に体勢を崩して、屋上の縁に立ち、そして呆気なく空中に放り出された。

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