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第23話-タイマンは男の華

 全員で屋上への扉にたどり着き、大山寺が黙ったまま金属製の観音扉の開けた。無味無色の様相の屋上の真ん中に椅子が一脚だけ置かれていて、そこに我猛が座っていた。


 高下は思わず喉を鳴らした。座っていても分かる大男だった。大柄の大山寺と同じかそれ以上で、広い肩幅が自然と目に付く。服の上からでも分かる筋量やマンバンヘアの髪型はいかにも漢らしい風格で、双海兄弟が慕っていたというのも何となく納得できた。猛禽類を思わせる鋭い目つきは、こちらが扉を開ける前から睨みをきかしていたようだった。


「待たせたな。我猛」


 大山寺が声をかける。


「大山寺、言いたいことは単純だ。双海達の能力を奪った奴等がその中にいる。そいつらの生徒手帳をこの場に出せ」


「出してどうする?」


「この場で燃やす。双海の手帳を破壊したのだから、そっちの手帳も破壊する。それで五分だ」


「双海達は購買部で万引きを繰り返していた。彼らには罰される理由があったんだ」


「確かに奴らは罰せられても仕方の無いことをやっていた。だが罰するのはお前達じゃない。学校の教師か警察だ。お前達は自分の趣味で校内をぶらついて、気にいらない奴らを攻撃してるだけだ」


「能力による犯罪を罰することは難しい。教師にも警察にも。それはお前も分かっているだろう」


「締め上げて教師の前で万引きを自白させりゃよかった。やり方はいくらでもあった。お前達は能力者としてこの学校の支配者を気取りたかった。そういう思いが全く無いと言えるか?」


 我猛が立ち上がった。五人の自警会メンバーを前に一切の気後れを感じさせない堂々とした佇まいだった。


「俺が自警会を気に入らないのはそこだ。ただお前らの活動が、お前らに与えられている自由と権利の範疇だと言うなら、俺がお前らから手帳を奪うのもまた俺の自由と権利ということになる。それが公平というものだ。俺は公平を尊重する」


 一触即発の空気だった。空見の身体が一層強ばったのを高下は感じた。今にも飛びかかろうとしている熱さえ伝わってくる。


「我猛、待ってくれ。俺達はただ…」


「すみません、発言していいですか」


 大山寺の言葉を遮ったのは、高下だった。


「誰だ、お前」


「昨日、双海兄弟をボコして生徒手帳を奪った者です」


 我猛の眉がピクリと上がった。


「先程、公平と言ってましたが、それなら俺と闘ってくれませんか」


「なに?」


「俺は双海と闘って勝ちました。決闘みたいなもんです。それに勝った報酬として生徒手帳をぶんどりました。だからまた決闘をやって、それで俺が負けたなら、俺の生徒手帳をぶんどって焼いてください。それが公平かと。だが俺が勝ったなら、この話はこれで終わりにしませんか」


「お前が倒した双海は、弟の方なんじゃないのか。その提案だと他の実行犯を見逃すことになるが?」


 言われて高下はしばし言い淀むが、しかし意を決して話した。


「結果そうかもしれませんがしかし、我猛先輩はお一人だから俺ともう一人で挑むってわけにはいきません。代表して俺が出てあなたとタイマンします」


 穴だらけの主張だと自身でも思っていたが、これにどういうわけか我猛は食いついたようだった。上着を脱いで放り投げた。


「なるほど。タイマンは男の華だ。ただしやるのは今、場所はこの屋上だ」


「オッケーです」


 高下も呼応して上着を脱ぐ。意気軒昂の高下の肩を大山寺が叩いた。


「待て、高下。話を進めるな。こんな無茶をしてどうする」


「でも我猛先輩が言っていることにも筋が通っているような気はするんす。いや、俺達がやったことを否定するわけではないです。でも収拾を付けるには誰かがこうしないといけないかと。ならば俺が適任です」


「いや、適任は私だ」


 空見が詰め寄って話した。


「私が当事者なんだから。それに後輩にこんな役目を任すなど恥ずかしいことができるか」


「いや、先輩はダメっす。断じて」


「何故だ」


「自警会メンバーが能力を喪失した時のリスク、ですよ。俺に以前教えてくれたじゃないですか」


 言われて空見は息を呑んだ。高下の言う通りで、事実として高下と空見ではリスクの大きさが違うのだった。


 高下は自警会の入会前に聞いた、大山寺からの説明を思い出していた。



「…メンバーは一つのリスクを抱えている。能力者は生徒手帳を破壊されるか紛失した時、日付が変わるタイミングで能力を喪失する。これは裏校則にも書かれていることで、自警会メンバーももちろん同様なのだが、自警会メンバー…というより目録の編集者はそれに加えてもう一つの作用がある」


 空見を交えて自警会の説明を受けた時、大山寺が話したリスクというものは、ただでさえ非現実的な能力という概念に、さらに輪を描いて奇妙なものだった。


「それは、目録の編集者が能力を喪失した時、同時に記憶も失うというものだ。記憶だけじゃない。言うならば事実が改変される」


「どういうことです?」


「喪失した者は最初から目録の編集者にならず、そもそも目録のことなど何も知らず、そして自警会にも入らずに日々を過ごしたという記憶に改竄される。そして仮に友人やクラスメイトがその者を自警会のメンバーだと知っていたとしても、それもまた改竄されて何も知らない記憶にすげ変わる。周りの人を巻き込んで修正されるんだ。覚えているのは他の現役の目録編集者と、能力を喪失させることに関与した者達だけだ」


「そんなことってあります?」


「あるんだ。俺も二年ちょい自警会に在籍しているが、残念ながらメンバーを失ったことがあるからな。俺は覚えていても、向こうは俺のことを知らないんだよ。自警会で知り合った以上、その記憶が無いから、相手からすると俺は赤の他人だった」


「目録と自警会に注いだ時間は、全く別の何かに注いだ時間に変わっているんだ。本人の記憶としては、もはやそれが事実として疑いようがない」


 空見の補足を聞いてもなお、信じ難かった。


「目録の影響力ってどうなってんすか。そんな神がかりな…。ていうかつまり、自警会に入って目録の編集者になったのが一年生の時だとしたら…」


「一年生の入会時からの記憶が改竄される。本人にとっては何一つ損失を感じていないだろうが、それを見る俺達はただ寂しく悲しいことだ」


 心当たりがあるのだろう。話す大山寺は悔しがっているような後悔しているような、たまらない表情をしていた。


「なんというか、既にだいぶファンタジーな話だったんすけど、そこまで超常的なこともあるんすね」


「どうだ、もちろんこれを聞いて判断を変えてくれても構わない」


「いや、大丈夫です。リスクは理解したうえで、俺は自分の興味や満足が向かう方に行きます。俺は自警会に入ります」



「…目録の報酬について知っている今の方が、この仕組みについて腑に落ちる思いがあります。目録には恩恵がある。だからこそリスクもある。そういうことですよね」


「…そのとおりだ」


「もし仮に大山寺先輩や空見先輩が闘って、それで何かあって能力を喪失したら、とても長い期間の記憶が改竄されます。二人とも入学直後に自警会に入ってるって言ってたじゃないですか」


「それはそうだが…」


「俺なら、仮に能力を喪失しても改竄される記憶はたかだか一ヶ月ちょいってとこです。勝てば何より、負けてもローリスク。俺が適任です。やらせてください」


 よし分かった、とは大山寺には言えなかった。空見も奈美奈も沙悟も、後輩の自己犠牲の精神を後押しできる性格ではなかった。


 しかし高下にとってはその反応で十分だった。

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