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第22話-我猛という男

 空見のもとへ戻ると、戦いは既に終息していた。乱れた髪を直している空見の足元で、双海・兄がうつ伏せに倒れ込んでいた。


「先輩、大丈夫でしたか」


「ああ、そっちも無事だったようだな」


 空見が親指で倒れている双海・兄を指す。


「触れた時点で能力の干渉を受けるという点で厄介だったが、一撃でぶちのめせれば関係ないからな。顎を思い切り蹴り飛ばした。多少運も良かったが、結局は相性だな」


 空見は高下の身体を見回す。


「勝ったのか?怪我は?」


「足の裏をちょっと切りました。他は異常無いっす」


「弟の手帳は取ってきたか?」


「ここに」


 ブレザーのポケットから双海弟の手帳を取りだして渡す。空見は表情を崩さなかったが、どこか満足気な雰囲気を感じた。


「兄の方の生徒手帳も回収済みだ。一旦部室に戻るか」


「こいつらここに寝かしてていいんすか?」


「ただの気絶だしな。じきに目が覚めるだろう」


 部室に戻ると、またも長テーブルにはあらかじめ目録が置かれていた。


「とりあえず登録はしとくか」


 空見はそう言って双海・兄の能力を説明し始めた。弟の能力は高下から聞き取り、それも目録に向けて話し始めた。


「よしできた。弟は在校三十八位。兄は二十一位か。やはり『精神系』だけあって兄の順位は高いな」


「精神系ってのもあるんすか」


「かなり希少な系統だ。相手の精神に干渉するのが精神系。とはいえ精神を壊したり乗っ取ったりすることまではできないが、それでも強力だ。事実、事前に知っていたからこそあいつの『弱体波』をかわすことができた」


「たしかに、俺だけだったら打つ手は無かったっすね。もし仮に奴が自警会メンバーになって、目録の報酬で強化されたらと考えると恐ろしいっすね」


 空見が意外そうな表情をする。


「あれ、もう報酬のことは知っていたのか。大山寺先輩に聞いたか」


「そうっす」


「たしかにその通りだ。そういう奴に悪用されないよう、目録の存在も報酬という仕組みも人に知られてはいけない。尖角のことも聞いたか?」


「はい、聞きました。今も自警会のメンバーだと」


「そうだ。私は何としてもあいつの能力を喪失させたい。今のままだと目録による報酬をあいつも享受してしまうからな…さてと…どこにやったかな…」


 空見は言いながら自身の鞄を漁り始めた。その間、高下は目録の中身を眺めていた。おもむろにページを開けたり閉じたりしてみる。


「あ、あった。オイ、あんまり見るなって」


 空見が顔を上げて注意すると、高下は慌てて目録を閉じた。


「うす、すんません」


 空見が鞄から取り出したのはライターだった。


「先輩、そんなの持ち歩いてるのバレたら停学っすよ」


「別にタバコは吸ってないよ。ライターだけならせいぜい注意だろ」


 そう言うと空見は部室のロッカー棚から給食で使うような銀色のアルミ皿を取り出してきて、慣れた手つきでそれに二冊の生徒手帳を置くと、サッと点火したライターを近づけて着火させた。


「ビニールを一切使っていない点からして、変な話だがこの学校の生徒手帳は燃やされることを想定していたのかもしれないな」


「せっかく登録したのに、やっぱり燃やすんすか」


「君だってナイフで切りかかってくるような阿呆に対しては、こうするのがベストだと分かるだろう」


「まぁ、はい」


「登録自体は重要じゃない。あいつらの能力は明日を持って消えるからな。それがあいつらへの罰なんだ」


「でも大山寺先輩が怒りませんか」


 高下の指摘に空見は一瞬逡巡したが、しかし首を横に振った。


「双海の監視は以前に提案して任されていたし、こういう事態になることも想定内だよ」


 帰り支度を始めたが、ポツリと呟く。


「とはいえ、ちょっとは怒るかもな」



 双海兄弟と戦闘したのは金曜日だったので、大山寺がどのタイミングで今回の一件を知ったのかは高下には分かりかねたが、ともかく翌月曜日の放課後に召集がかかり高下は部室に赴いた。


 既に全員が居り、大山寺は腕を組んで座り、重たい表情をしていた。脇には空見が立っていたがこちらも緊迫した顔をしている。


「おお、来たか。座ってくれ」


 高下が入ると大山寺は微かに笑って声をかけてくれたが、漂う緊張感は薄まらない。


「双海兄弟、の件でしょうか」


 先制して話題を切り出すと大山寺は小さく唸った。


「うん、その件は空見から既に一部始終を聞いている。俺の意見を言えば、状況的に喪失はやむを得ないことだったと思う。君達の判断が間違っていたとは思っていない。しかしこの件で我猛(がもう)から責められている」


「我猛?我猛って誰ですか?」


 高下が聞くと奈美奈が答えてくれた。


我猛武(がもうたけし)。三年生の能力者で、在校生の能力者で一番厄介だと言われている人」


 大山寺が過去を思い出すかのように空を睨んだ。


「俺は一年の時から自警会に入って先輩方と色々な調査をしていた訳だが、我猛については俺の学年内では一番素行不良という評判だった。そして能力者だろうという推測も立てられていた。ある日、自警会の先輩が我猛に絡んだ。喧嘩を買わせることで我猛の能力を把握するつもりだったんだろう。しかし返り討ちにあって先輩の手帳は我猛に破られてしまった。当然、その人は能力を喪失した。それ以来我猛には手を出すなという風潮が自警会の中で生まれた。今年度についても俺の意向で今のところは関わるなとお触れを出していたんだ」


「その我猛が何故双海兄弟の件で関わってきたんです?」


「双海兄弟は我猛の舎弟だったらしい。双海兄弟が一方的に慕ってただけっぽいがな。我猛はどちらかというと一匹狼な奴なんだ。それで今日、ケジメを付けに来いと我猛から呼び出されている」


 厳かに言う大山寺に空見が進言した。


「先輩、今回の一件は全て私の責任で動いたことです。私一人が行ってカタを付けます」


「空見、さっきも言ったがお前は間違ったことをしたわけではない。双海兄弟と我猛の関係も、俺達も誰も知らなかったことなんだからな」


 大山寺が立ち上がる。


「向こうがどういう話をしたいのかもまだ分からない。団結して対処すべきだと思う。だからまずは全員で行こうと思い皆を召集させた」


「今から向かうってことすか」


「そうだ。奴は今、屋上で待っている。そこが指定された場所だ」

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