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第21話-『致命拳』(ストライク)

「解之夢!ここから離れるんだ。危険だ!」


 高下の怒声じみた警告に対して解之夢は眉一つ動かさず無表情を崩さないまま眼鏡を持ち上げた。


「僕自身にその気は無いんだが」


「なんだ?」


二花(にか)が不思議と君を気に入っていて、君に能力の使い方を教えたいらしい」


 そう言った途端、解之夢の首が折れ曲がった。連動しているかのように右腕が真横にピンと伸びる。両膝が崩れ落ちて解之夢はその場に屈みこんだ。


「え?お、おい」


 高下は当初、解之夢が何らかの能力に襲われて身体に異常をきたしたのかと思った。しかしそうではなく、これは解之夢自身が能動的に行っていることなのだと理解した。折れた首がかろうじて支えている顔にはいつも通りの冷静な表情が浮かんでいて、瞳もまるで日常を過ごしている時のように穏やかな目つきだった。


 しかしさらに解之夢の身体に異常が発生した。解之夢の頭部は埋もれるように体内にしまわれ始めた。信じられないことだったが、まるで亀のように収納され始め、さらにそこから肉が伸び出して棒状の形になった。上半身が左に傾いて、伸ばしていた右腕は天井を指す。その腕が縮み、畳まれ始めて少しずつ丸い肉塊へと変わり始めた。


 夢でも見ているのかと高下は思った。あるいは映画のCGでも鑑賞しているのかと考えた。それほど非現実的に、歪に、解之夢の変形は進んでいった。


 解之夢の頭部があった位置から左腕が生え始め、逆に右腕があった位置から頭部が生まれつつあった。左腕は長さが変わり先端が変形して左脚と化し、左脚は捩くれるように関節が曲がって右脚と化していく。


 つまりそれは身体全体が左に四十五度ほど側転したうえで、それぞれの部位が新たな位置に相応しい部位に変化したということだった。


 それに合わせて制服も、繊維まで溶けて再構成されていくかのように、新たな部位に相応しい裾や袖を形成しながら全く別の衣服へと変形していった。


 大した時間もかけずに、壮絶な変身が終わった。完成された頭部の双眸が開く。高下は息を呑んだ。


 まるで違う。目の前の人物は解之夢一葉ではなかった。顔が全く違い、そして一見したところ性別も違っていた。


「ふぅ」


 目の前には女子がいた。セミロングの長さの髪は金色で、歳の頃は高下と同じくらいか少し上と思われた。目の形も鼻筋も、体格も声色も解之夢一葉とはまるで違う。女子は呑気な緩い笑顔をたたえたまま高下を見ていた。


「解之夢…い、いや、誰だアンタ?」


「そんな初対面みたいな言い方するなよ。解之夢だよ。でも一葉じゃない。私は二花(にか)。君は気絶して覚えていないだろうけど会うのは二度目だよ。これで分かるでしょ」


 女子が身体を左に回して右腕をこちらに見せた。実際は見せる右腕はなく、中を通していないパーカーの袖だけがダランと下がっているだけだった。


 変形した時、解之夢一葉の右脚だけはしまい込まれるのみで、右腕へと変わらなかったのだ。


「私が君にその右腕を貸したんだから」


 高下は動転し尽くしていたが、それでも不思議と素直に解之夢の言葉を受け入れることができた。スっと腑に落ちる感覚さえあった。


 自分に宿った新たな右腕は再生されたものではなく『借り物』だったのだと気づいた。違和感には前から気づいていた。取り戻した右腕は元々の腕より細く、肌白かったからだ。


 女子の腕だったというわけか、と異次元な状況ながら理解した。


「時間が無いから端的に言うと、私の貸したその右腕で思い切り殴るといい。突き抜けるように、突き破るように。その時は君が自身の能力を使う時と同じように、強く念じるんだ」


「そうするとどうなる?」


「信じて実行すれば効果はついてくる。名前は教えるよ。私の能力の名前は…」


 その時、廊下の少し離れた位置から、ナイフを握った手のみが床から浮上してきた。高下の位置を確認したらしく、ナイフの切先を真上に向けて、真っ直ぐにこちらに近づいてきた。その様子はまるで獲物を見つけて向かってくるサメの背鰭のようだった。


 高下は全神経を集中させて、目を見開いてその姿を捉えた。ナイフの刀身、それを握る指、床に接している手首。チャンスは一度きりだった。それも一撃で決着させなければ、敵が振り回すナイフで身体の損傷は免れないだろう。


 高下の前まで来るとナイフを握る双海・弟の腕がさらに浮上した。肩の付け根付近まで現れた腕が倒れるように振り下ろされて、ナイフの一撃が薪を割るように縦に走った。


 高下はギリギリまで見ていた。ただどこを狙うか一点だけを探していた。


 そして捉えて、右拳を繰り出した。突き抜けるように、突き破るように。一切の躊躇いなく、後先を考えずに放った。教えられたばかりの名を叫ぶ。


『致命拳』(ストライク)!」


 高下が狙ったのは、ナイフを握る手だった。動いていて且つ数センチ離れればナイフの刃があるという厳しい条件で、手のみをピンポイントで狙う至難の業を研ぎ澄まされた集中力でやってのけた。


 拳と拳がぶつかった時、それは通常あるべき以上の反応を起こした。高下は拳が砕ける感触を振動で感じた。自分のではない、と気づくのに一秒ほど要した。


「うわああああ!」


 叫びながら双海・弟の全身が床から現れて、這いつくばって身悶えした。片手で砕けた拳を握っている。


 高下は、緊張が解けないまま自身の右拳を眺めた。背中に大量の冷や汗を感じる。横を見ると解之夢二花が満足気に微笑んでいた。


「よくできました。それが『致命拳』(ストライク)。私の能力だよ」


「どーいう力なんすか…?」


『致命拳』(ストライク)によって当てた箇所には、使用者の腕力や握力に関係無く、致命的なダメージが入る」


 飄々と解説する二花に対して、高下はまだ呼吸は荒く動悸も激しかったが、戦闘が終わったのだとゆっくり自覚し始めて冷静を取り戻し始めた。


「えーと、何だろう。助けてくれてありがとう」


「私は何もしていないよ。私達は基本的に君達に関与しないことにしてる。これは君の努力と根性が成した結果だ。私はただ君の今の持ち物の使い方を教えただけ」


「君は解之夢というけれど、でも俺の知ってる解之夢じゃない」


「私は解之夢、解之夢の一人」


 二花は自信満々な態度をしたまま胸に手を当てた。


「解之夢とは私達の総称。グループ名と言ってもいい。私がいつもは一葉の中に居るのも、君に私の右腕を貸し与えたのも一葉の『切っ掛け作り』(ストレンジ・チャンス)によるもの。彼は許可した他者の身体を取り込んだり部分的に繋げることができるんだ。便利だよね」


「はぁ、何かすごいすね…」


 二花は廊下の先を顎で指した。


「気になることが多いのは分かるけど、そろそろ空見さんの元へ向かったら?向こうがどうなったか分からないからさ」


「あー確かにそうっす」


 言われて空見のことを思い出すと、倒れている双海・弟に近づいてポケットを探った。双海・弟は激痛のせいか気を失っていた。生徒手帳を見つけて自身のポケットにしまい、二花へ振り向いた。


「また会えますかね?」


「会えるよ。君が自警会メンバーのままなら」


「分かりました!じゃ、また!」


「はーい、また〜」


 手を振る二花に見送られて高下は駆け出した。

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