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第20話-『環境利用殺法』(メルティングメソッド)

 双海・弟は心底険悪そうな目で高下を睨み返した。


「能力覚えたてのザコがいきってんじゃねーぞ」


「いや、お前も一年だから同じだろ。チビのキツネ目野郎」


 どちらが逆鱗だったのか分からないが、ともかく逆鱗に触れたらしく双海・弟はナイフを構え直して切先を高下に向けた。


「俺はイカれてはいねぇからさ。お前の舌と鼻を切り取るくらいで勘弁してやるよ。そして生徒手帳を奪ってテメーの目の前で引き裂いてやる」


「学校にナイフ持ってきてる時点で十分イカれてんだよ、ボケ」


 双海・弟はナイフを振り上げて、一歩踏み出しながら大きく振った。モーションが大きいため、高下はそれほど苦も無く避ける。


 切る動作じゃ駄目だ、突くのがいい。そう考えていた。そして狙い通り双海・弟がナイフで突いてきた時、能力を発動させた。


『素晴らしき善意』(カインドネス)


 ポケットの中に入れていた自身のスマホが、かざした手の前に現れた。スマホはナイフの突きの軌道上にあった。狙い通りナイフはスマホに向かって一直線に突っ込んできて、スマホを保護しているラバー製のカバーに突き刺さった。


 傷ついたのはスマホカバーだけであってくれよ、と思いつつ拳を固めた。相手の凶器が一瞬でも固定されたこの隙をついて思い切り殴る。そういう算段だった。


 しかしナイフは止まらなかった。スマホに突き刺さったナイフは、そのまま刃がスマホを貫通し、切先どころか刀身全てがスマホを超えて現れた。よく見ればそれは貫通したのではなく、まるで煙の中を通り抜けるかのように『透過』していた。


 さらには双海・弟の指が手首が、そして腕がスマホを透過して突き出てきた。


「うおっ!」


 結果として一切の抵抗を受けなかったナイフの刺突攻撃は、高下の胸元を高速で目指してきた。


「くっ!」


 驚愕で声を漏らしつつ高下は思い切り仰け反った。相当ギリギリで、上着の生地に刃先が触れた感覚があったが、間一髪のところで傷は負わなかった。仰け反った身体のバランスを取りながら後方に数歩下がった。


 距離を取ってから懸命に思考する。目撃した光景から推察を行う。


「お前、物体に溶け込められるんじゃねーのか。さっきも天井に溶け込んで隠れていたんだろ」


 双海・弟は高下の指摘には動じず、むしろ得意げににやついた。


「正確には平面だな。俺の『環境利用殺法』(メルティングメソッド)は平面ならどこにでも入れる。こんな感じにな」


 言うがいなや、突如として双海・弟の身体が消えた。しかし高下は目で捉えていた。姿が消えたのではなく、床に吸い込まれていったのだ。


「やべぇ!」


 次の攻撃を予感して、その場から大きく跳んで離れた。直後に元々立っていた場所付近から腕が飛び出し、横薙ぎにナイフを振るった。見えてはいないらしく、大雑把な攻撃だった。


「床に溶け込んだまま移動ができるのか…!」


 高下が気がかりだったのは、空見の存在だった。この双海・弟の気が変わって自分ではなく空見を狙い出したら、この視覚外の攻撃では流石の空見も避けられないだろう。


「来い!狐目野郎!」


 言い放つと踵を返して走り出した。そばで双海・兄と交戦している空見に何かを言う余裕は無い。今は空見達と距離を空けるのが最優先だった。


 床の中にいる双海・弟に挑発が聞こえているのか疑問だったが、どうやら届いていたらしく、走り出した高下の眼前の床に、恐るべき形相の双海・弟が上半身だけ出して現れた。


 双海・弟の渾身のナイフの振り下ろしに対して、走り出した高下は静止することなく大きく跳躍して跳び越した。上履きの底が尖った何かに当たった感触があった。着地の際に足の裏に鋭い痛みが走る。上履きごと軽く切られたことに気づいた。


 恐怖はあった。しかしこいつに勝ちたいという意欲も同じくらい覚えていた。それはこの学校の治安のためであり、空見のためでもあったが、一番の理由は自分の中にあった。


 こいつに勝って『勝利』を手にしたい。そういう自己の満足感への希求があった。


 しかし双海・弟の床からのナイフ攻撃に対して、有効的な反撃策は思いつかず、どこから来るかも分からない攻撃に神経を尖らせながら廊下を走ることしかできなかった。


 やがて廊下の端にたどり着いた。すぐ横には昇降階段があるが違う階への移動はしなかった。空見から距離を開きすぎても、不足の事態に対応できなくなる。


 廊下の端に屈んで相手の出方を待った。天井から不意打ちされないよう距離を空けて、壁からも二、三歩分は離れている。しかし床から離れることはどうしてもできない。


「くそっ…だが絶対に一泡吹かせてやんぞ…」


「大変そうだね」


 唐突にかけられた声に、動揺せずにはいられなかった。


 声の方に振り向くと、すぐ側の階段で男子が一人降りてきていた。知っている顔、それは解之夢だった。

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