第18話-二人での調査
高下はこれまでの生活に新たに自警会という活動が加わったことについて、大いに満足していた。自警会の活動はあくまで有志の集まりだったが、時に部活動のような明るい雰囲気やダラケた空気感があり、時に委員会のように真剣に意見を言い合う時があった。それは一般的な生徒の営みとは違ったが、しかし紛れもなく努力の行為であり、それが高下に充足感を与えていた。
高下の主な役目は他のメンバーと一緒に一年生の開示型と接触して能力を聞くことだった。筆沼達女子三人を登録したあとも、さらにもう一人登録することができて登録率は六十八パーセントに達した。
※
「で、お前はその自警会に入ったわけだ。部活とかに入るわけじゃなく」
昼飯を頬張っている光山が言うと、同じく飯で頬を膨らましている高下は目で笑った。
「危ねーことも多いんだけどさ、楽しいわけよ」
「危ないことが何で楽しいか俺には分からんな」
「何でだろうな。スリルかな。緊張感かな。いやつまり、俺はあの人達と頑張ることで理屈抜きに満足できているんだ。なんというか、自分はそれなりに頑張ってるって感覚があるんだ」
「そういうもんかなあ」
「光山も部活なにもやってないだろ。何かやってみたらどうだ。人と一緒に何かに取り組むのって楽しいぞ」
「俺はまだ探してるところだからな。自分の『最良の居場所』をさ。こういうのは焦っちゃいけないからな」
「一学期が終わっちまうぜ」
談笑しているところに担任の撫川先生がプリントの束を持って入ってきた。撫川先生の登場は昼休み終了五分前を指す、というのは生徒の間でも知られていることだった。
「先生、相変わらず早めの準備で精が出ますなあ」
高下が話しかけると撫川先生はいつもの優しげな笑顔で返してくれた。
「こうやって早めに教室に来ると、皆の素の感じが少しだけ見れるからねー。教師としてはそういうのを知るのも大事だから」
おっとりとした声で喋る先生は、高下の表情を見ると興味深げな顔をした。
「高下くん、何かあったのー?」
「何でですか?」
「何だかいつもより楽しそうな顔してる」
「先生、こいつ部活入ったんすよ」
光山の野次に対して部活じゃない、と言いかけたが、先生に自警会のことを言っても伝わらないと思ったので、適当に流すことにした。
「部活かー、良いな、一年生は生活に変化が多くて。先生なんかずっと同じような日の繰り返し。部活の顧問でもやればもう少し張りが出るのかなあ」
「先生、顧問やってないんですか?」
「うん、まぁ特にやってたスポーツもないしねー。書道とか茶道とか分からないし。絵も描けないし」
「うーん、なるほど…」
高下は意味深に頷いた。
※
放課後に部室に訪れると空見だけが座っていた。
「おつかれさまっす」
「うん、おつかれ」
「今日は先輩方は居ないんすか」
「大山寺先輩と奈美奈先輩は予備校。沙悟も予定があるのか早々に帰った」
「まぁもともと今日の活動予定はあまり無いですもんね。次の調査をどうするのかってくらいで」
「それだって一年生の調査は私と君が担当だから、私達で足りる話だ」
「ところでいきなりなんすけど、この自警会を部活に昇格する気は誰にもないんですか。当然自警会として部活にする訳にはいかないすけど、表向き短歌部にするとか」
「いきなりなんだ」
「いや、担任の撫川先生が顧問やってないっていうんで、丁度いいなと思って。部活になれたら部費も出るし公式に部室をもらえるじゃないっすか。正直ここ違法滞在みたいなもんでしょ」
「撫川先生って現代文の教師か。わりと良い人らしいね。気を塞いでる生徒の相談に乗ってくれるって聞いたことある」
「でしょでしょ」
「言わんとしてることは分かるがそうすると短歌部として最低限の活動をしないといけなくなるだろ。短歌なんて書けないよ」
「まぁたしかに俺も書けないっすね。部活にするアイデア自体は悪くないと思うけどなあ」
「君が自警会を長く続けてくれるなら、二年後には君がリーダーだから、その時に動いてみてもいいんじゃないか。自警会の活動が始まって約二十年。全く体制を変えなかったわけではないだろうからな」
「自警会ができる前は、目録とかどうしてたんすかね」
「わりともっと雑に扱われていたというか、少なくとも登録に力を入れていなかったんだろう。年数の割にはそこまで登録されていないからね。初代の自警会メンバーが動き出したことで、文化として引き継がれていったわけだ」
そこで空見のスマホが鳴った。空見が通話を始める。
「はい…うん…そうか」
短い通話を終えると強い目力を持って高下を見た。
「高下、急だが仕事だ。同行してくれるか」
「いいすけど、急にどうしたんす」
「能力で不正行為をしている目撃情報が今入った。そろそろやるんじゃないかと最近は気にしていたんだが。まさに今だ」
「大丈夫ですか。俺達二人で」
「君のこれまでの能力の使いぶりからして、十分だと私は思っている。ただ危険が伴う可能性があるが、どうだ」
「良いですよ。てか俺が行かなくても先輩一人で行く気でしょう」
「まぁそうだね」
「流石にそうさせるわけにはいかないっすよ」
二人は部室を出た。先頭を歩く空見の背中は、意気揚々としていて昂りさえ感じられた。それはこれから向かう場所が一筋縄ではいかないと予感させた。




