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第17話-闇の声

「え、じゃあ何で今敵対しているんすか」


「あいつは野心家すぎた。優秀だったんだが、登録率八十パーセントや、前人未到の九十パーセントの報酬に目が眩んだ。それで能力の聞き込みや調査に力を入れるならむしろ歓迎なんだが、あいつは生徒手帳の喪失に固執し始めた。相手がどんな人間かなど考えずにだ。未登録の能力者を喪失すれば、能力者全体の母数が減り、自ずと登録率が上がるわけだ」


「そうか、隠している相手から聞き取るよりも、襲って無理矢理奪う方が場合によっては簡単か…」


「その方法で登録率を上げていき、俺が気づいた時にはもう何人もの能力者が喪失していた。許されないことだ。能力とはこの学校からのギフトであり、手に入れたのが偶然でも手に入れたのならその人の技能であり、権利だ。空見にも言ったが、本来俺達に能力者を裁く権利はない。勝手にやっていることだからな。あるとしたら、それは明らかな悪に対して大義で裁く時だけだ。私利私欲でやるなどとんでもない」


 そう語る大山寺の表情は、憤怒と後悔がない混ぜになっていた。


「だから俺を含む当時のメンバーで、去年尖角の脱退を強行しようとした。目録の編集者は任意で脱退することもできるんだ。しかしそれを実行する前に尖角は逃亡した。今ではほとんど登校していないと聞いている。それでもたまに現れては、俺達に見つかる前にいわゆる能力者狩りをやっているみたいだな。隙あらば俺達自警会メンバーの生徒手帳も喪失させようとしてくる。あいつにとって俺達は目障りだからだ」


「だから空見先輩の仕事を引き受けた翌日には、俺は襲われたってわけっすね。どこかでやり取りを見られていたのか」


「尖角は二年で、俺が卒業したあともあいつの暗躍は続いてしまう。この年度内に決着はつけたいと思っている。あいつを改心させて悪事を止めさせるか、あるいは半強制的にでも自主的に目録メンバーから脱退させるか…」


「脱退はどうやればできるんすか?」


「加入の時と同じように、目録に触れて『私は脱退する』と言えばいい。生徒手帳を喪失した訳じゃないから能力自体は無くならない。ただ当然、報酬は受けられなくなる」


「尖角がそれをやるとは思えませんね」


「そうだ。だからつまるところ、あいつの生徒手帳を喪失させるほかないとは考えている…。いずれにせよ来年度は空見や沙悟のサポートをしてくれよな。あいつら同学年なのにいまいち連帯感が無いが、少なくとも空見は君を気に入っているし、あいつのことをよろしく頼むよ」


「うす。俺も自分が納得できる活動をしたいし、空見先輩達の役には立ちたいっす」


「期待してるぜ、新人」


 大山寺から差し出された手を高下は握った。大きな手で包み込まれるような握手は、予想通り力強かった。



 薄闇の暗がりにて。


 尖角は苛立ちを隠せなかった。抱える野望を上手く制御する手段を自分で見つけられていなかった。御しきれない野望は様々な感情を呼び起こした。焦り、不安、そして後悔。


 本当に自警会のメンバーから離れることが正解だったのだろうか、そうさせたのは自分の行いだったが、そもそも能力者を喪失させて登録率を上げるという荒業が最良の選択だったのだろうか。


 過去を振り返っても何も変わらない。それが分かっていながら思考の堂々巡りに陥っていた。


「不安か?」


 闇の向こうから声がする。


「能力は精神の発露。そのような気構えじゃお前は誰にも勝てない」


「俺は間違っていなかったんだろうか…」


「正しいか間違いかなんてことは、結果が決めるものだ。結果を得たければ、ひたすら自分の欲に忠実でいろ。お前の我欲に身を委ねろ」


 闇に佇む声の主は、言葉では鼓舞していたがその目は嫌悪に満ちていた。


 クズめ。


 いわゆる『人の道』に背くというのは、相応の覚悟を持って行わければならない。倫理も道徳もかなぐり捨てて、世の中の全てと敵対しなければならない。どんな選択にも『覚悟』は要る。ましてその選択が非社会的なものであればなおさらだ。


 その認識が甘い奴はクズなのだ。善悪の意味でのクズではない。精神が未熟という意味でのクズだ。


 尖角は中途半端な野心と中途半端な覚悟で悪の道を歩いている。そして未だに中途半端な道徳を持っているから、中途半端な後悔を覚えている。こんな奴に未来は無い。


 だがこんな奴だからこそ自分の能力が効く。そういう意味では適材なのだった。


 自身の能力『無敵の人』(パーフェクト)は精神が不安定な者にしか効果を与えられない。効果を受けた者はこちらの言うがままに行動するようになる『洗脳』の能力だったが、しかし一部の人間にしか効果が無いのならば強力とは言い難い。


 この先、目録の報酬を受けることができれば、より多くの者に効果をかけられると思われるが、今はこれが限界だ。自身の野望を成すには尖角を使いこなすしかない。


 未来があるのは自分だ、と声の主は考える。自分にあるのは欲のみ。支配欲、上昇志向、征服欲、全ての欲を飲み込んで、それのみを原動力に生きている。


 自分の欲は乱れない。自分の欲は決して風化しない。


「想像するんだ。自分が望む最高の人生のかたちを。最も居心地の良い最良の場所でくつろいでいる自分を。それの憧れが、お前の強さになる」


 尖角に言い放つと、尖角は黙って見返した。未だ不安に駆られた表情だったが、しかし悪意の笑みを微かに浮かべていた。啓発されて、漆黒の意志を取り戻しつつあるようだった。


 しかし声の主は、既に尖角を見ていなかった。恍惚の目つきで宙を見つめていた。自身の野心が示す未来を見ていた。


 最高の人生のかたちや最良の場所を得られる想像など、自分にはもはや必要ではない。自分にあるのは『確信』だった。


 自分が歩いているこの道の先に、それは確実にあるのだ。

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