第16話-目録の報酬
一同が部室に戻ると、長テーブルにはこれまでと同様にポツンと目録が置かれていた。
これも今しがた置かれたということなのか?と高下は考えたが、今のところは分からない事柄だった。
大山寺が目録に手を置いて三人の女子の能力の説明をすると、都度該当のページが発光した。
「よし、登録完了。これで登録率は…」
先頭のページをめくる。登録率は六十七・二パーセント。
「うん、良い感じだ。皆おつかれさま」
見回して労いの言葉をかけてくれるが、空見を見ると厳しい顔に変わった。
「空見、先程のお前の生徒手帳を取ろうとする発言だったが、アレは良くなかったぞ。喪失させることまでは考えていなかったかもしれないが、手帳を取ったあとの展開次第ではそうしていたかもしれない。そうなれば無罪の三人の能力を喪失させてしまったかもしれない」
「すみません、今回は緊張していたのかもしれません。過剰に警戒しすぎました」
「尖角のこともあるから警戒するのは分かるし、警戒は大事だ。だが今一度考えてくれ。俺達は有志でこういうことをしているだけで警察でも裁判官でもない。甚だしく公序良俗を反しない限りは俺達が制裁をすべきではないんだ」
「今一度肝に銘じます」
「空見、お前は優秀だ。能力もそうだが精神性という意味でもな。だがそういう人間こそ過激な思考に陥りやすい。気をつけてくれよな」
そのやり取りを眺めていて高下は気づいた。大山寺は空見を信頼していて、空見も大山寺を尊敬しているようだった。それでも二人の能力者に関する思想には相入れない違いがあった。大雑把に言えば大山寺は優しく、空見は厳しかった。
「さてこれで解散だが…高下君、ちょっと俺と付き合ってくれないか」
「はい、いいすよ」
※
校舎に隣接して作られている小さな花壇の脇には、木製のベンチがいくつか置かれていた。そこに座っている高下のもとに大山寺がやってきた。両手にはそれぞれコーヒーの缶が握られている。
「ほいよ」
「すみません、いただきます」
頭を下げてコーヒーを受け取る。
「今日は結構緊張しただろう」
「矢で狙われた時はヤバいと思いましたね。ところで本当に先輩は傷一つ無いんですか」
大山寺は制服の刺された箇所を指で撫でる。
「制服は穴が開いちまったな。まぁこれは日付が変われば消える。裏校則ルールだ。そして俺の身体には傷一つ無い。『拳陣鉄壁』は上半身だけだが硬質化して、並大抵の攻撃は受け付けなくなる」
「身体系ってやつっすね」
「お、詳しいじゃないか」
「空見先輩に教えてもらいました。物質系とか身体系とか」
「なるほど。じゃあついでに教えとくと、あの女子三人のうち画角さんの『強制沈意』は『具象系』というんだ。能力で『何か』をゼロから創造できるのが具象系だ。彼女の場合は光る矢みたいなのを創造していたわけだな」
「なんというか、かなり魔法っぽい系統っすね」
「そうだな。割合的には結構レアだ。ちなみに君を攻撃した久場の『無限鋭利』による糸も具象系だ。これらは不意打ちに適していて、戦うとなると結構手強い」
「なるほど…手強いってことについては、大いに身に覚えがありますね」
高下が渋い面で頷く。
「でもいいんですか先輩。俺に自分の能力を説明して」
「構わんさ。俺は君を信用できる人間だと思っているからな」
見られているこちらが恥ずかしくなるほど、大山寺の目は綺麗に澄んでいた。
「恐縮です」
照れ隠しでコーヒーを一口飲む。労働の後の美味さがあった。
「でも沙悟先輩のも見ちゃったんすよね。何か紙を操作していたような…」
「ああ、うむ。見たまんまの能力だな。アレが今の自警会の主戦力だよ。攻守ともに使える。常に付箋とか紙をポケットに忍ばせておく必要性はあるがな…。まぁ成り行き上仕方が無かったってところだが、でもあいつは言うほど君に隠す気は無かったと思うぜ」
「そうなんすか?」
「あいつはいつも否定から入るところがあるんだが、あれで意外と素直な性格なんだよ」
「そういえば能力といえば、奈美奈先輩の『神経覚醒』は能力の精度も上げてくれるんですか?」
「どうしてそう思う?」
「あの部屋で能力を使った時、何というかすげぇスムーズに発動できたんですよ。経験上、初めて入る部屋にある備品は『俺の所有物の一部』って感覚が薄いんで、上手く移動できないんです。でもあの時は何の引っかかりもなくできました」
「それは奈美奈の能力によるものではないな…。いい機会だ。信頼の証として教えよう。自警会のメンバー、つまりは目録の編集者になった特典というものを」
「特典?」
「俺達は報酬と呼んでいるが、編集者は目録の現状の登録率によって報酬を得られる。六十パーセントから十パーセントごとに報酬が与えられる。つまり今は六十パーセントによる報酬を俺達全員が受けているんだ」
「どういう報酬ですか」
「能力の強化。劇的なものではないがな。おそらく君の『素晴らしき善意』も細かいところでチューンアップされているはずだ。俺もそうさ」
大山寺は飲み終えたコーヒー缶を握った。ステンレスの缶は容易く握りつぶされた。
「『拳陣鉄壁』の強度が上がっているんだ。能力を発動した俺の身体には刃物は通らない」
「じゃあ七十パーセントの報酬は何ですか?さらに強くなるんですか」
「七十パーセントは卒業後も能力を使用できる、という報酬だ」
思わず高下の目が見開く。
「それって無茶苦茶ビッグな報酬じゃないすか」
「そうだろ。だから目録はその存在も含めて、自警会のメンバーしか知ってはいけないことになっている。皆知ったらこぞってメンバーになりたがるからな。八十パーセントは更なる強化と言われているが、もうずっと長いこと到達していないと聞いている。実際、去年も一昨年も達成できなかったので、俺は体験していない。全て口伝だ」
「九十と百は?」
「不明だ。これまで達成したことが無いとも言われている。百は言うまでもなく、九十も達成は至難だからな。非開示型や秘匿型がいつの時代にもいただろうから」
「なるほど。分かりかけてきました。空見先輩が百パーセントを目指している、と以前言っていたことも。登録に熱を入れていることも」
「たしかに空見は登録率の向上に並々ならぬ熱を入れている。だが報酬を欲している訳ではないと俺は理解している。あいつなりに定めたゴールというところか…。問題は尖角の方だ」
「何で尖角が関係しているんですか」
「尖角は、自警会のメンバーなんだよ。元ではない。現役のメンバーだ」




