第15話-『希望合わせ』(フレンドシップ)と「感覚の壺」
「私の能力は『希望合わせ』といって、私が造ったモノに他の人達が『感覚』を分け与えることができる能力です。分け与えられた感覚は壺の中に溜め込まれて、私が任意のタイミングでそれを享受することができます」
美術室に一同は座り、筆沼の話を聞いていた。大山寺が真剣さと好奇心がちょうど同じ量混ざったような表情で質問をした。
「『感覚』とは具体的にどういうものなんだい?」
「視覚、聴覚、味覚、そういったものです。感覚をどれほど注ぐかは、分け与える人が決められます。失った感覚はじきに戻ります。逆に私は享受することで、少しの間ですがその感覚が強化、向上される感じです。…一年生の頃は使い道が無いと思ってて全然使っていませんでした。でもちょっと前に気づいたんです」
「何に?」
「感覚というのはもっと幅が広いのではないか、と。美しいものを捉えるセンスも美的感覚って言いますよね。だから友達の画角と絵村に頼んで試してもらいました。するとできたんです。二人の美的感覚のようなものが溜め込まれて、受け入れた私は自分でも分かるほど美術の感性が高まっていました」
筆沼が横にある机の上に置いた絵に目を向ける。
「それで描き出したのがコレです」
机の上には大きめのイーゼルと、それに立てられたキャンバスがあった。
「君が描いたのか」
「描いている途中です。十号サイズの油絵で、二人から美的感覚を分けてもらって描いています。でもコンテストとかに出す気はありません。ただ三人で合作のようなものを作りたいと前から思ってて。実際は合作とは違うんですけど、でも三人の力が無いと描けないのは間違いないんです」
画角が筆沼の言葉を補足するように説明役を引き取る。
「私達三人とも美術部で、受験勉強が始まるまでに完成させようねって話してたんです。だから週に何回かあそこに集まって、私達が美的感覚を壺に分け入れて、それをフデが享受する手順を繰り返してたんです。フデの能力はちょっと特殊で、フデが下校したあとも能力が与えられた壺はずっと発動しているんです。悪用されたら困るんで、だから誰も使わないあの部屋に隠して、使う時もあの部屋に集まっていたんです」
高下はまだ完成途中の油絵を眺めた。美術に疎い自分にはどういう手法で描いているのか分からなかったし、何を持って完成とするのかも分からなかったが、しかし橋の上から見た川と土手を描いた風景画は純粋に綺麗だと思えた。
「綺麗すね、これ」
「ありがとう」
筆沼が照れた笑顔を見せる。
「君の能力は分かったが、あの矢はどういう能力なんだ」
大山寺の問いに、矢の能力者の画角が口を開いた。
「『強制沈意』といって、矢を刺した人の記憶を一時間ほど失わせる能力です」
「なるほど、だからたまたま目撃した生徒はそれに撃たれて記憶が消えていたわけだ。君のは?」
絵村がやや萎縮した感じで話す。
「『自動察知』といって、任意の場所を設定して、そこに人が来ると私が感知できる能力です」
「だから私達があの部屋に入って、わりとすぐにやって来たんだ」
奈美奈が感心したように言う。
「つまり筆沼さんの能力のために君らは集まり、隠した壺が見つからないよう『自動察知』で対策を行い、もし見つかったり怪しまれたら『強制沈意』で記憶を失わせたというわけか」
「コンビネーションっすねえ」
大山寺の解説を聞いて高下は素直に驚いていた。親しい友人達と能力を組み合わせて生まれた体制や、『希望合わせ』という能力だからこそ成立する芸術活動の仕方に、能力の広がりや可能性を感じた。
「大山寺先輩、これは俺達の出る幕は無いんじゃないすか」
大山寺に進言すると、大山寺も淀みなく頷いた。
「うん、彼女達は悪事は行っていない。まぁ能力者でもないただの生徒の記憶を一時間喪失させたのはやや難だが…今後はそこら辺は慎重にやって欲しい。よっぽど悪意を持って近づいてきた奴以外には使わない、とかな」
「はい、すみません」
「いや、俺達も押しかけてきてすまなかった。でも悪く思わないでくれ。俺達もこれが正しいと思って努力しているところだ。今後君達に困ったことがあったら俺達に相談してくれ。能力者の相談に乗るのも自警会の役目だと俺は考えている」
大山寺はニカッと快活に微笑んだ。それを見た筆沼達は残りの緊張が解けたのか、安心と温もりに包まれた笑顔を見せた。
かくして能力者三人組との接触は大きな衝突に発展することなく円満に終わった。




