第10話-目録
空見と高下は何をするでもなく五分ほど待ってから席を立って進路指導室を出た。歩く空見のあとを高下はついて行く。
「さっき大山寺先輩は部室って言ってたけど、部室があるんすか」
「便宜上そう呼んでいるだけだ。私達は言うなれば勝手に集まって活動しているだけだからな。当然部室も当てられていないし、顧問もいない」
「顧問の先生がいた方が、活動のアドバイザーになって良さそうすけどね」
「言ったろ。先生方は能力に係る全てが見えていないし聞こえない。ここだ」
立ち止まった空見の前には、教室の半分ほどの広さの部屋の戸があった。それは部活用に用意されている部屋の一つであることは高下も知っていた。
「でもこういう部屋使うのは文系の部活だと思うんすけどねぇ…」
戸をよく見ると手書きの紙が貼られていて『短歌部』と書かれていた。
「いや短歌部の部室じゃないっすか」
「人が居なくなって何年か前に廃部したんだよ。今は私達が使ってる。貼り紙を剥がしてないのは何となくだ」
戸を開けると中はパイプ椅子と長テーブルが置かれているだけの簡素な部屋で、既に到着していた大山寺と、他に二人の生徒がいた。ヒョロっとした体格で目付きが悪い男子は沙悟、中肉中背な外見のセミロングの髪の女子は奈美奈と昨日呼ばれていたことを高下は思い出した。
大山寺が高下を見ながら二人に手を向ける。
「こっちは二年生の沙悟、こっちは三年生の奈美奈だ。二人とも自警会のメンバーだ」
沙悟と奈美奈は黙って高下を窺うように見ていたが、大山寺の紹介が終わると沙悟が口を開いた。
「空見、俺は彼のメンバー加入には反対だ」
「そう言うと思っていたよ」
渋面の沙悟に対して空見は特に動じていなかった。沙悟はますます不服そうにして隣に座る大山寺を見る。
「先輩、彼のことを何も知らないのに入会させるのは流石に軽率じゃないですか。仮に彼が自警会を続けられたとしても、俺は能力について話しませんよ」
大山寺も困った顔で頷く。
「慎重にいきたい気持ちは分かるが、しかしメンバーは多い方が良いのもまた事実だ。高下君をメンバー入りさせることはもう俺が決めたことだ。しかし能力を教えるタイミングについては個々の判断に任せる」
沙悟が渋々といった感じで頷いた。大山寺が高下に声をかける。
「高下君、こちらに来てここにある本に触れてくれ」
長テーブルには分厚い辞典のような本が一冊置かれていた。高下は一目見て古い洋書かと思った。黒色のくたびれた革に包まれた本だった。
「これは?」
「『目録』と呼ばれている。これに登録することで君は自警会のメンバーとなる」
「会員名簿ってことすか。名前を書くんすか」
「書くのではなく、唱えるんだ。つまりこれは普通の本じゃない。この特殊な学校が用意した特殊な道具なんだ。これに触れながら能力を説明すると、その内容が目録に登録される。だからこれには歴代の能力が書かれているんだ」
「百科事典みたいな感じですか」
「そうだ。それと違う使い方があって、これに触れながら『私は加入する』と言う。そうするとこの目録の編集者として登録される。自警会のメンバーは全員この編集者になるところから始まる。さあここに来るんだ」
言われるままに近づく。間近で見てもただの古い本にしか見えない。覇気とか異様な存在感はまるで無かった。
「手を置いて『私は加入する』と言う」
「うす」
目録に手を置く。掌で触れた目録の革はしっとりとしていた。
「私は加入する」
瞬間、目録から強く青い光が迸った。風が吹き付けてきたような感覚がして、何故か鉛筆の芯のような匂いを嗅ぎとった。
「おお!?」
「おめでとう。これで君も自警会のメンバーだ」
大山寺が言い終わる頃には光も風も匂いも無くなっていた。大山寺が満足げな表情で頷く。
「既に伝えてはいるが、改めて説明すると主な活動は能力による校内のトラブルの抑止、制御だ。そして可能な限り現行の能力を目録に登録する活動もしている。多くの能力者は能力を隠しているからなかなか進まないが」
「高下、君の能力も目録に登録してくれ。触れたまま自分の能力の説明をすればいい」
言われるまま、自身の能力『素晴らしき善意』について説明した。周りが黙ってそれを聞いているので気恥ずかしさはあったが、ともかく説明を終えると目録の一部が微かに光った。一枚のページが光っているようだった。大山寺は目録を手に取り、そのページを開いて見せた。
「ほら登録された。自動的に編集されるんだ」
能力名:『素晴らしき善意』
能力者:高下裕人
内容:半径十メートル以内にある自身の所有物を自身の手元に転送できる。また自身の手元の所有物を半径十メートル以内に転送できる。
総合ランク:三百十七位
在校ランク:六十八位




