第2話 シャイニング・ファンタジーク
主人公彰人……本当にアホですいません(;'∀')
悪いことと知りながら二股かけてるし、その理由も「断ったらかわいそう」というとんでもない発想です。
ようやく笑いが収まって、俺と瑠香は現実に戻ってきた。
笑ったり絶望したりって疲れる。
「あんたたちの担任に風邪で休むって電話しておくからね。今日中になんとかしなさいよ」
母は俺たちに丸投げして洗濯物干しに行った。乾燥機あるのに使わないんだよな、天日干しがいいんだってさ。
しかし、困った。こんなんで学校に行けないよ。俺も瑠香も異常事態過ぎて欠席の連絡なんて頭から飛んでた。そうだ、心美と陽葵にラインしとかなきゃ。風邪で休む、ってことでいいか。
『感染るかもだから来ちゃだめだよ。治ったらまた会おうね』って変なキャラクターが踊ってるスタンプといっしょに送っておいた。2人ともすぐに既読がついた。
すっげー申し訳ない……本当にごめんよ。でも、こんなヘンテコな状態で2人に会いたくない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、肝心のヘンテコで最悪な”字”についてだが――
俺と瑠香でそんなに良くない頭を振り絞って出した結果。何が原因なのかはさっぱりわからないが、とりあえず頭の字を見えなくすればなんとかなるんじゃね? ということになって、いろいろ試してみることにする。
まず、字は手では触れない。だけど、何かで覆ってしまえば見えなくなるかも? と瑠香が言うので、頭にタオルをほっかむりにして巻いてみた。
ダメ。字、消えない。いったいどういう仕組みなんだ?
「じゃあ、頭の上に何か置けばいいかも?」
と思いついて、部屋を見回してみた。
「あっ、いいのがある!」
そう言って瑠香が自分の部屋から持ってきたのは、瑠香が大好きなポッキーマウスのぬいぐるみだった。これなら字と同じ高さで重なるから隠れそうだ。あ、こいつの『夢の住人』って、ネズミーランドが大好きだから来てるんだ、今気が付いた。
「いいね、いけそうじゃん」
「ふっふーん、あたし、頭いい!」
瑠香は自信たっぷりに縫いぐるみを頭に乗せたんだけど。
「うわ、ぬいぐるみをすり抜けて字が見えてる!」
「ええ? わ、ほんとだー、なにこれ」
謎の文字はぬいぐるみの表面にきっちり写ってた。
「ひょっとしてこれ、立体映像なのか?」
「……なんか予想よりすごく科学的?」
「現代にこんな技術あるのか? ぬいぐるみみたいなでこぼこしてるところに字が写ってるのにぜんぜん歪んでない」
うーん、困ったぞ。それに、ずっと字を見てたら思い出したんだ。これ、どこかで見たことある――
「あっ、わかった!」
「ひっ、何よ、急に大声出して!」
「これ、アレだ、俺が今やってるオンゲー『シャイニング・ファンタジーク』――略してシャイファン――の称号だ!」
「……うげー」
瑠香は露骨に嫌な顔をした。それもそのはず、このシャイファンは、死にゲーで悪名高いゲーム会社『プロムゲー社』が作った、ファンタジーの皮を被った殺戮ゲームなんだ。
というわけで説明しよう!
『シャイニング・ファンタジーク』とは、全世界でプレイヤー数1320万人を誇る超有名なダークファンタジーMMORPGである。タイトルは直訳すると『輝ける幻想の勝利』で、ファンタジークはファンタジーとドイツ語で勝利を意味するジークの合成語だ。キャッチコピーは『屍の山を築いて世界に復讐せよ』。
その内容はけっこう過激でレーティングはR15。PvEもあるけど、メインはPVP。プレイヤー同士が殺し合って成長していくんだ。血とか断末魔とかかなりリアルだけどそこがウケてるっぽい。
で、肝心の称号なんだけど、キャラクターの頭上には、キャラ名と称号が必ず表示されるようになってるんだが、その字体がまんま俺らの頭の上にあるんだ。
俺は自分の部屋からノートPCを持って来てリビングのテーブルの上に置き、ゲームを起動させて瑠香に見せた。
「あっ、ほんとだ。これ、称号なんだ」
「そう。でもさ、『二股野郎』とか『BL命』とかはゲーム内にはないんだよな」
「そんなのあったら苦情が来るでしょ」
「だよな。ゲームの称号はふざけてるのもあるけど、現実的に公序良俗に反するヤバイやつはないはずなんだ」
ちなみに、俺のキャラクターの称号は『千人隊長』。軍隊を率いているわけではなくて、敵プレイヤーキャラを1000人殺し――もとい、倒すともらえる称号なんだ。他にもクエストをクリアしたらもらえるやつとか、100回殺されたらもらえるものとか、種類は様々。ゲーム内なら一度取った称号はいつでも付け替えOKなんだ。
ただ、このゲームは一応MMOだから、無法地帯とかはなくて、PvPが出来る場所は決まってて、プレイヤーに倒されたからといって持ち金やアイテムを奪われたりはしない。経験値が減るようなデスペナルティもないから、気兼ねなくジャンジャン殺していいんだ。あ、殺すって言っちゃったよ、倒すね、倒す。
「人と人が殺し合うとか野蛮なゲームよね」
「殺すっていうなよ、た・お・す、ね」
「へいへい。でもさ、なんでそのゲームの称号が現実になってるの?」
「知るかよ」
「役立たずー、おバカー、ハーゲ」
「うるさい。ハゲてねーよ、ふわっふわのメンズウルフカット、似合うって言われてるんだぞ」
「まあ、顔と髪型はそこそこいいんだけど、女にだらしないところはクソ野郎よね。はい、役立たずのクソ野郎に決定」
「外面だけいいお前に言われたくない。俺は身だしなみだけは気を付けてるんだ。彼氏がだらしない恰好してたら彼女たちが恥ずかしい思いをして可哀そうだろ?」
「二股かけられてるほうがよっぽど可哀そう!」
「うっ……」
「だいたいね、お兄は自分の気持ちしか考えてないのよ。彼女たちの気持ちって考えたことある? もし自分が逆に二股かけられたらどう感じるの? 嫌だとは思わない?」
「くっ、その通りなんだけど……」
妹の言う通り。俺だってわかってるよ、二股が良くないってこと。だけど!
去年、二人から同じ日に告白されたんだぜ? 『付き合ってください!』てさ。
告白って、すごく勇気がいることだと思うんだ。しかも女の子の方からだよ? 断られるとか、後のこととかいろいろ考えたらなかなかできないことだよ。
すごいなって感動したんだ。感動しすぎてちょっと泣いちゃった。どっちが先だとか後だとか関係ない。女の子たちの勇気を思ったら、とても断るなんてできなかった。
だから心美と陽葵どっちか一人になんて選べないよ。超かわいい女の子が数ある男の中から俺を選んでくれたんだもの。俺は二人と付き合いたい、なんなら二人と結婚して三人で庭付き一戸建ての家買って、仲良く暮らしたいんだああ!
心の中で叫びまくっていたら。
『湯浅さーん、回覧板よー』
階下でお隣の奥さんの声が聞こえた。
『はーい』
ドアをかちゃり、と開ける音。
母さん、なに普通にドア開けてるんだよぉぉぉ!




