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第1話 二股野郎

主人公の彰人がなにかしら叫んでいるようなSFドタバタコメディです。

二股をするようなクズ男子高校生ですが、やはり悪いことはできません。


神の天罰か、それとも因果応報か。頭の上に突然『二股野郎』の文字が浮かびパニックに。

しかもその文字は……

 4月のある朝、今日から高校3年生になる俺・湯浅彰人ゆあさあきとは朝6時に起きて洗面所で顔を洗い、鏡を見たら……。


(あれ? なんだこれ、頭の上になんかが浮いてる――字?)


 鏡の汚れかと思い、顔を右に傾けたり、鏡をタオルで拭いたり、かがんだりしたが、その文字は頭の15センチくらい浮いて頭の動きに付いて来る。頭を小刻みに振ると字も揺れる。


 俺はまだ実感がわいてなかった。どうせ何か単純な原因があるんだろう、って正常バイアスが働いてたんだ。

 しかし、もう一度しっかり立ってよく見たら、その文字……日本語の漢字だが。


『二股野郎』


 って書いてある! うああ、なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ、うああああああああああああああああああああああ!


 俺は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。

 だって、まさに! 今! 俺は内緒で幼馴染とクラスメートの女の子と二股してるんだ。


 それが、なんだって俺の頭に文字で浮かんでるんだ!?


 驚きまくったあと、考えた。

 待てよ、この事実を知っているのは、たった一人。妹だ。妹が犯人に違いない!


 だけど、いったいどうやってこんなことできるんだ? 頭の上の字のあるあたりを両手で触ってみたが、感触がない。頭を上に向けて字を見ようと思ったら、頭の真上に固定されてらしく、頭を傾けると字も動いてしまうので直に見ることはできなかった。


 しかし、洗面所の鏡だけじゃなく、100均で買った小さなスタンドミラーにも、窓ガラスにもはっきり映ってるんだ。大きさが、一文字縦横15センチくらいで、厚みはないけど大きいし目立つんだよ。


 文字の色は白で、青の縁取りがある、いわゆる袋文字とか縁取り文字とか呼ばれるやつで、パワポや動画のテロップでもよく見る。


 なんなんだよ、どうすんだ、これ……。こんなんじゃ学校行けないよ、クラスに心美ここみがいるし、今日は始業式のあとで別の学校に通ってる幼馴染の陽葵ひまりとスタバでお昼ご飯する予定だったのに。


 どっちもめちゃくちゃかわいいんだよ、どっちかだけなんて選べない。いや、悪いことだってのはわかってるよ、だけどどっちも本当に、心の底から同じくらい好きなんだよ! それなのに、こんな言葉が付いてたら2人に疑われて、ひょっとしたら刺されるかも。あいつら、怒らせるとすげー怖いんだ……。


 いや待てよ、ひょっとしたら俺にだけ見えるのかもしれない。

 そうだといいな、そうであってほしい。あっ、夢ならこんなこともあるよな。ううん、知らないけど、きっとそう!


 祈りながら、自分の部屋に戻ってガタガタ震えていたら、ドアがいきなりバアン! と開いた。


「お(にい)!! ちょっとこれ、どういうこと? あたしに何かした?」

「瑠香……お前もかあ!!!」


 俺は絶望して床に崩れ落ちた。

 妹の瑠香の頭上にも、字が浮かんでいたからだ。よく見たら――


『BL命・恋人は二次元・夢の住人』

 

 BL……二次元……夢の住人……


 ぎゃはははははははは!!! 


 と、俺はどん底からいきなりトップテンションに達して腹を抱えて笑った。そう、妹の瑠香15歳は部屋にBL本をたくさん隠していて、机の上にはアクキーや缶バッジやらの推しグッズが溢れているくらい、BL大好き少女なのだ。やべえ、テンションがおかしくなって、笑いが止まらない。


「ちょっと、お(にい)! なに笑ってんのよ、早くこの字、なんとかして!こんなんじゃ学校に行けないじゃない!」


 瑠香は中学生の時は生徒副会長もこなしたことのある、品行方正な生徒を演じている。外面が異常にいいのだ。そりゃあ困るだろうな。


「何言ってんだ、これ、お前がやったんじゃないのか? 俺にも変な字、くっついてんだよ。俺がやったとしたら自分にまでこんなの、付けるわけないだろ」


「あれ? ほんとだ、お兄の頭に……ぷぷっ、『二股野郎』だって! あはははははは! きっと神様の罰があたったんだ、ざまあ!!」

「んだと、こらぁ!」


 兄妹で部屋で騒いでいると。


「ちょっと、うるさいわよ、さっさと支度しないと遅刻するわよ――」


 母が階段を上がって部屋に入って来た。俺と瑠香は頭の上を見る。それには、


『楽して五千兆億円ほしい。非課税で』


と書いてあり、俺と瑠香は盛大に吹いた。


「「ぶふほぉ!!!!」」

「ちょっと、あんたたち、それ何よ? なんでそんな字、頭にくっつけてんのよ。頭おかしくなったの?」


「ひ、ひひひっ、腹いてえええ!」

「ママ、そんなこと考えてたんだ、五千兆億円とかアホすぎー。ギャハハハハハ」

 笑いが止まらない。俺と瑠香はついに床に倒れて腹を抱えてゲラゲラ笑い出した。テンションが無茶苦茶だ。


 母は鏡を見て気が付いた。


「なにこれ? あんたたちのいたずら? よくわかんないけど、こういうのやめなさいよ、外に出かけられないじゃない」

 と怒っている。


 そんなこと言われても、おかしさが勝ってしまって立ち直れない。


「ひぃひぃ……」

「あはははは、おなかいたーーい」

「いつまで笑ってるのよ、早くこれ、取ってちょうだい!」


 母は言うけど、俺らにもどうもできないしな。

 さすがに笑い疲れて、息を落ち着かせた。


「とりあえず、リビングに行こうぜ。俺らもなんでこうなったのかわからないんだからさ。下で落ち着いて話をしよう」

「……そうだね、このままじゃああたしもお兄も学校行けないし」

「これ、あんたたちの仕業じゃないの?……ええ、お母さん、今日出かける予定あったんだから困るわよ、早くなんとかしてね」


 うちの母、あんまり狼狽えるってことがないんだよなあ。どっしり構えてるのはいいことなのかな?


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 そのとき、俺ん家の屋根裏部屋に何者かが勝手に住み着いていて俺たちのことをケヒャケヒャ笑っていたことに、俺たちはまだ気が付いていなかったんだ。

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