第10話 隣の奥さん、称号が増える
「動いてる!」
ただの白い箱のときはなんとも思わなかったのに、それに小さな手足がついて動き回るだけで急に可愛く見えて来る、不思議!!
「これが|白執事くんマークIIでース。かわいいでしょ?」
「ちょこちょこした動き、かわいい! ……わ、ピョンピョンしてる!」
白執事くん、とやらはテーブルの上で細い足で片足を上げてクルクル回ったり両手を振ったりちょこまかと動き回ってる。……こういうおもちゃあったら欲しい!
「ふふふ、そうでショ。全面がモニターになっていて、顔もありまス」
ジュディさんがそういうと、ちっちゃな白い箱に手足が生えた変なものは、一面にぱっ、と顔文字を出した。
「ぴえん……(うるうるしている顔文字)」
「Oh! ラブリィ! 音声も出せまスが、今は大人の事情で切ってあります。この子は内部に発電機も搭載してますから一年でも二年でもずっと活動できまス。さてお仕事開始でース。
White butler, command open. Check region & deployment 4th dimension!」
(訳:白執事くん、コマンドオープンしてリージョンチェック、4次元範囲展開してくださイ)
あ、やっぱ命令は英語なんだ。俺、ネイティブな英語全然わからない。
さっきの俺のLINE画面が消えて、今度は俺の家の3Dモデルが出て来た。まるで透明なプラモデルみたいで、ところどころ赤い点がチカチカしてる。ジュディさんはそれを指でタッチして360度クルクル回転させてる。
すごいや、タッチペンとかじゃなくて指で操作できるんだ! おお、スマホの拡大操作みたいなのもできちゃう! 今どきのXRすげえ!
「家はこれでオーケー。次に脳波測定とみなさんのバイタルチェックしまース。この腕時計みたいなヤツとカチューシャみたいなのを付けてくださイ。ルカチャンとオカーサンには、降りてきたら渡してくださイ。完全防水ですが、お風呂で髪を洗うときは外してもいいでース」
手渡されたのは脳波測定の装置、なんだけど、見た目は銀色の金属のカチューシャだよ、やだなあ。女の子みたい。これ、明さんも付けるの、かわいそう。腕時計型のやつも、ただの平たい銀色の輪、なんだけど、付けたとたんに数値がいろいろ浮かび上がった。これ、全面がモニターになるんだ。
「その腕時計みたいなのは、バイタル(「体温」「血圧」「脈拍」「呼吸」「意識レベル」)を24時間計測し、白執事くんにデータを転送しまス。血圧から脈拍から癌の有無までありとあらゆる状態を計測できまス。いわば簡易版人間ドックでース。それが無料で受けられてハッピー! カチューシャの方は脳波測定用で、頭に接触していればどんな付け方でもオッケイです」
「わかりました。おお? これ、頭にフィットしますね」
「頭の大きさや形を把握して形状を変える機能がありますから。じゃあ、ワタシはお隣さんにも渡してきまス。アキラ、ワイフ(妻)に連絡してくださイ」
「了解」
お隣の奥さんは、よほどショックだったのか、しばらく1人でいたいらしく、隣の家で籠ってる。明さんも、まだ称号を見せる決心がつかないそうで、今日は我が家に泊まる予定だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ジュディ視点――
「お邪魔しまース」
横山家のドアをくぐるとそこにいたのは思い詰めてゲッソリやつれた女性。なかなかの美人さんでース。部屋にいるのに海外ブランド物のアイスブルーのシャツに、リーバイ〇のジーパン……着替えをするのも忘れて落ち込んでますネ。家の中もなんとなく薄暗いでス。
「どうぞ、主人から聞いています。脳波とバイタルの検査だと……」
「イエース! 初めまして。ワタシはジュディ・如月といいまス。気軽にジュディ、と呼んでくださイ」
言いながら脳波セットを渡すと、素直に両方付けてくれた。ハイ、測定開始。
「ところでキヌエさん」
「はい?」
「盗聴はダメでーすヨ」
「えっ?」
心拍数、爆上がりまーしタ。ビンゴ。幸先グッドでス。アキトの部屋から怪しい周波数の電波がこの家まで飛んでいたのを白執事くんがしっかり記録しましタので否定しても無駄ですけどネ。
「アナタが、アキトの部屋や浴室に仕掛けていた盗聴器はすべて無効化しましタ」
「そっ、そんなの知りません! 私ではな――」
「あなたが受信していたアキトの部屋での漫画を読んだときの笑い声や、シャワーを浴びている時の鼻歌、全部アナタのスマホに録音されてますよネ?」
人様のスマホの中身なんて、簡単にハッキングできまース。ワタシはアキラから連絡を受けてすぐにユアサファミリーとアキラとキヌエのスマホの中身をすべて把握していましタ。
「どうしてそんなことが――、そ、それは……違うんです」
「違う?」
「あの……、ええと――彰人君からは、以前から関係を迫られていて……それで、証拠を残そうと思って仕掛けたんです」
「ほほう?」
おやおやおやおや。とんでもないことを言い出しましたネ。アキトかわいそー。しかし、これはラッキー! 実験体として都合がいいでース。
「……その、関係を結ばないと――、主人に私が自分と浮気してるって言いふらすと……」
キヌエさんの顔は真っ青で、冷や汗も出てます。血圧160、脈拍120まで上昇。島前部(※1)の脳波が跳ね上がりました。とっさに嘘をつくとだいたいこうなりまース。
ワタシは、無言で少し待ちます。数分……正確には1分12秒後、ワタシが望む現象が現れまーした。
「キヌエさん。これ、見てくださイ」
「……?」
ルカちゃんから借りて来た手鏡を、キヌエに渡しました。キヌエの目が大きく見開かれ、動きがストップしました。ヒューという息を飲む音も聞こえました。
彼女の頭の上には――
『嘘つき不倫願望主婦』
となっていました。ソー、ファニイ~~~!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
※1 島前部:脳の部位を指す。シルビウス裂内奥に位置し、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、基底核に囲まれた領域。前部島皮質と後部島皮質の二つの主要部分で構成され、それぞれが異なる組織構造と機能を持つ。
出展:脳科学辞典
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%B3%B6




