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第6話 ダンジョンゾンビは農具を揃える

 

 宝箱の中に入った野菜を種類ごとにずた袋の中に仕分けていた。


「そういえば、野菜の育て方は誰か知ってるん?」


 クドラトのそんな独り言みたいな質問でみんなが手を止める。


「確かに、野菜の育て方って土に植えるぐらいしか知らないわ。それ以外なにか必要あるのかしら?」


 シルビアはどうやら基本のきの字しか知らないようだ。俺の脳内に溢れてきた知識が、農業がそんなに甘いものではないと警告している。おかげでガンガンと頭が痛む。俺はその情報を一旦飲み込み、整理する為にも情報を口に出す。


「いや、作業工程をカテゴリー分けすると除草・施肥・耕作・播種・防除・覆土・剪定・防獣・防虫etc……」


「あああ!もう!早口でなにを言ってるのか分からないわよ!とりあえずアンタの頭の中には農業の知識が入ってるってことが分かったわ。アンタが育てるってことでいいじゃない」


 どうやら俺以外に農業知識を思い出した幹部は居ないらしい、みんながうんうんと頷いていた。あっエル姐さんが輝かんばかりの笑顔だ。これはエル姐さんから期待されているに違いない。よし、俺は頑張りますよ!エル姐さん。そして俺が作った最高の野菜を食べてその笑顔を毎日拝ませてほしい。


「ユキトくんも満更でもなさそうやし、そういうことでよろしく頼んますわ」


 こうして、ゾンビ班狩猟部隊はゾンビ班農耕部隊へとそのお役目を替えた。


 ***


 翌朝、俺は教授と生き残りのゾンビ8体を連れてダンジョンの地上部へと集合した。

 今日からこの人数で農業をやっていくことになる。失敗は許されない。してしまえば、ないエネルギーを使って出した種子を無駄にし、エル姐さんの期待を裏切ってしまう。責任を感じながら畑に適した土地を捜索してもらうよう部下に指示を出す。


「今日から俺達は農耕部隊になった。とりあえず、これから畑に適した比較的肥えた場所を探してもらう」


「はて、どういう場所が畑に適しているのかな?わたくしにはさっぱりですぞ」


 知識的にどんな土質が良いのか理解してるであろう教授が、もっともな質問を聞いてきたので言葉を続ける。いや、口元よくよく見ればニヤついている。他の部下に条件を分かりやすくするための質問とはいえ、お前わかってるだろ!

 教授の質問に他の部下が頷く。今まで狩猟ばかりしてきたから、狩猟に関する知識はあれど、農業に関してはない。農耕という言葉を聞いてピンと来ていそうなやつは今のところ居ない。作業をするにつれ思い出すやつが一人でも居れば御の字といったところだろうか。期待値は低い。

 

「土地が肥えているかどうかだが、草が密集し草丈の伸びている場所にはそれだけ栄養があるということだ。まずそういう場所を探してくれ。それから、なるべく平坦な場所がいい。起伏があると均すのに大変だろ?」


「なるべくダンジョンから離れてないとこがいいっすよね」


 部下の一人が聞いてきたので頷けば、適した土地を探しに方々へ散っていった。本当は壌土と呼ばれる砂状と粘土状の中間のような感じの土質の場所があれば良いのだが、今は土壌改良する方法がないため諦めるしかない。畑の肥料にもなるし、料理の材料にもなるから、いつかは畜産系にも手を伸ばしたいところだが……。今はまず農業に専念しなければ。


 半日ほど探し回らせた末に数か所の候補が見つかった。その中で小川から遠くない場所を今回の耕作地とする。候補の中で一番草が密集しているのもそうだが、その範囲が広いからだ。川から近いことで水やりの手間がそれだけ省ける。小川からの位置だけで言えばもっと近い場所だってあるにはあったが、近すぎると万が一氾濫した時のリスクがある。今後はこの場所から徐々に農地範囲を広げていきたいところだ。点々と場所があると管理する手間が増えるからな。これから大変になるな。

 これからの手順を部下に説明しようとした時、教授が草むらへ入っていく。その後に続いて草をかき分けていけば、教授はおもむろに屈んで土を手に取り手のひらで転がしたり、辺りの匂いを嗅いだりする。それに倣ってすんすんと嗅いでみれば、視界の通っている場所よりどことなく青臭い気がした。

 

 「ふむふむ。獣臭いですな。この場所が肥えているのはおおよそ野生の草食魔物がねぐらにしていたからでしょうな。その証拠に、我々が押し通った道以外にも草が不自然に倒れている場所がありますぞ。我々のダンジョンからは程良く遠いですし、水飲みが出来る小川が近くに流れておるから魔物の通り道の土がいい感じに解されたのでしょうな。ユキト殿、わたくしはここを耕作地にすることを薦めますぞ」


「なるほど。俺もここにしたいとは考えてた。けど、土壌まで見るのは失念してた」


 教授の知見の深さに脱帽した。彼は知識の豊富さもさることながら、それを使う応用力がある。今までは彼と深く関わることがなく、あくまでうんちくが得意な好々爺という印象だった。話が長いこともあるが、狩猟にはこの知識が与える影響はたかが知れていると踏んでいたから、このゾンビを遊ばせてしまっていた。今まで困窮することがなかったからと言えばそれまでだが、これからはその知識をエル姐さんのために利用できるよう人員を上手く斡旋していかなければいけないな。


「……うん。教授はこれから俺の右腕として動いてくれ。俺の見えていない所を教えてくれると助かる」


「その役目、喜んで承りますぞ。いやはや、知識というものはかくも素晴らしい。生前より貯め込んできたかいがありますな」

 

 教授はその知識の活かし処を得て、鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌に笑った。


 ***


 部下のゾンビ達に明日から除草作業を行ってもらうことを指示して解散させ、俺と教授は雑草除去用の道具を作ってもらうためにスケルトン達のいる1階層の加工場に向かった。教授にも自由にしてもいいことをつたえたのだが。


「わたしも今は暇ですからな。ユキト殿はクリス殿の所に向かうのでしょう。面白そうなのでお供しますぞ?」


 ついていかせてくれと言われたら無下にも出来ないので了承した。だがおそらくクリスの部屋に教授は入らないだろうな……。

 ダンジョンの加工場は廊下が広く中央に水路が流れており、常にジメジメした環境を保持するような作りになっている。周りの石壁もどこかひんやりとした雰囲気を漂わせていた。夏場に来れば避暑地として最高な場所だろう。教授もここには来たことがあるのだろう。目を奪うものがないのか俺の斜め後ろを視線を動かさずについてくる。たまにうんちくを語っているがそれはどこから連想された言葉なのだろうか?俺はとりとめのない会話を話半分で聞きながら目的地に向かう。

 

 ***

 

 迷路のような廊下を進んでクリスがいる小ボスの間にたどり着いた。小ボスの扉からは明るい光が隙間から漏れ出ている。

 俺はノックせずにクリスの部屋に入ると空気の温度が一変する。


「あっつ。入りたくな!」


 先ほどまではジメジメとしつつひんやりとしていた空気は扉を開けた瞬間消え去り、真夏の昼間に温室に入るような下手したら入ったら即死するんじゃないかという熱気に足が止まる。温室の知識が頭に出てきたのはアイデアとしてとどめておこう。教授が熱気にあてられて顔を顰めている。


「ユキト殿。わたしにはこの温度は耐えられないようですぞ。なのでここで待機していようと思いますぞ」


 教授は入って色々見て回りたい欲求と入らずにここから見える範囲で楽しむことを天秤にのせて後者側に傾いたようだ。俺も出来れば入りたくない。クリスに視線を向けるとクリスもこちらに視線を向けていた。彼との視線が交差すると入っていいぞと手招きをしてくる。俺は絶対に嫌だと首を振ったがクリスは断固としてその場を動く気がないようだ。

 俺は仕方ないと意を決してその部屋に足を運ぶ。途端に体温上昇を抑えるための防御反応で汗が噴き出てきた。最悪だ。

 この空間はそこそこ広い。何故なら室内には溶鉱炉や金床などの場所をとるものが置かれており、中央に噴水のようなものが備わっているからだ。おかげでカラッとした暑さではなくジメっとした暑さの原因になっているのだが。

 教授はこの部屋には入ってこなかった。今も開けた扉から遠目で視線を色んなものに向けている。そこが教授の限界ラインだったのだろう。

 クリスの元に辿り着くころにはいつも着けている皮鎧や黒Tシャツ下のパンツまでぐっちょりだ。肌にぴったりとくっついていて気持ちが悪い。帰ったら真っ先に着替えよう。


 「ガハハハ。おうユキト!よぉきたな。それでぇ今日は何の武器が必要になったんだ?」


 「それよりもまずはこの部屋から出ないか?わざとだろ?お前!」


 クリスの陽気にカラカラ骨を鳴らしながら笑う顔をとりあえず殴りたくなった。けれども依頼をする側が今ことを荒立てるわけにはいかないことを思い出しイライラを抑える。


 「いやぁ……最近誰もこの部屋にはいってきたがらねぇからよぉ。少しからかいたくなっちまったんだ。すまんすまん」

 

 そういうと大柄な骸骨男は頬を人差し指でコリコリと掻いた。たまに誰かを招きたいという気持ちがこみ上げるこの現象がわからなくもない為、俺は今回だけは許すことにした。

 

「分かった。けれどこの部屋での相談は俺の脳みそが先に茹で上がっちまうから別の部屋に行かないか?」

 

「おうよ。俺も流石に作業場で相談するのよくねえと思うから武器庫に案内するぜ」 


 クリスは了承して小ボスの間の奥の扉に親指を向ける。俺たちはこの部屋を後にした。

 扉を抜けると廊下があり、分かれ道もなく鉄格子の扉の前についた。おそらくここが武器庫なのだろう。冒険者が侵入してきてもクリスを倒さない限りこの武器庫に辿り着くことが出来ないようになっている。まあ俺だったらあの部屋に入るぐらいだったら別の手段を試すだろうがな。

 武器庫にはゾンビが普段使っている槍や剣の他にクリスの趣味で作った創作武器が壁に立てかけられていた。

 そしてその中で見知った武器をクリスが手に取ると俺に押し付ける。


 「ほいよ。お前さんの武器のポイズンジェットナイフMarkⅡだ。この前の冒険者との戦いで折られちまったんだろ?だから作り直しておいたんだ。鍔迫り合いになることを想定して作ってねぇからあんま金属とかにぶつけるなよ?」


「すまない。報告してなかったな。あのあと色々とやらないといけないことが詰まってて、自分の武器のことをすっかり忘れていた。いつ分かったんだ?」


 武器の破損を報告していないのに、作り直してくれていたことに俺は疑問に思った。


 「偶々だ。この前の会議でいつも身に着けてるナイフをぶら下げてなかったから、折れたんだろうと思っただけだ」


 クリスは武器オタクだ。武器に関係する知識なら連鎖するように思い出せるようだ。ただ人一倍武器の扱いにうるさい為に、おそらく俺がナイフを壊したことを報告していなかったのが内心気に入らなかったのだろう。あの地獄の部屋に招いたのもその意趣返しが含まれていたのかもしれない。俺は手渡されたナイフをみた。

 このポイズンジェットナイフは俺の種族スキル【呪毒生成】で作られた毒をグリップ部分から吸い上げて刃の裏部分から噴射することが出来る武器だ。フリント式の着火機能が内臓されておりグリップ部分のトリガーを押すことで瞬間的にガス爆発を起こすことが出来る。

 ただ構造が複雑化したために脆くなってしまった、というのがクリスの説明だった。


「今回はその武器に自動リコイル機能もつけておいたぞ。これでガンガンガス爆発起こせるな」


「俺の体が先にイカレなかったらの話だがな」


 クリスのロマン武器は人の耐久力を無視した作品が多い。馬鹿デカいロングソードや指にはめるタイプの爪とかも人間じゃ使えないだろって思う。だが嫌いじゃない。見ていると心が躍るのは俺の生前の記憶からなのかは定かではないが、使えたらカッコいだろうなと思ってしまう。俺が棚に並ぶロマン武器に目を奪われているとクリスが本題にふれてきた。

 

「それで、武器じゃないならどんな道具が必要なんだ?」


 俺は視線を戻すと、とりあえず必要なものを伝える。


「大鎌と鍬が3本とジョウロがあると助かる」


「大鎌と鍬にジョウロねぇ…」


 クリスは前世の知識があるか腕を組んで考える姿勢をとってすぐに一致するものがあったのか頷いた。


「じょうろは俺がイメージしたもので作らせてもらうがいいか?」


「たぶん問題ないと思う」

 

 じょうろである以上そんなに利用用途が変わるものではないだろうことを思案し了承しておいた。

 

「大鎌がまずは必要なんだろ?とりあえず明日までに2本作って部下にもってかせとくわ」


「すまん助かる。あと頼みなんだが、道具のあとでいいから、もう一本ポイズンジェットナイフの予備を作っておいてくれないか?」


 前回の戦いで武器を失ったときの攻撃手段の乏しさに痛感させられた。だから万が一のために腰に予備の武器を持っていると対処策が広がることを考慮してクリスに苦労を承知で依頼した。


「道具のあとでならいいぜ。あれは作るのに丸一日かかるから他の作業が出来なくなるからよ。あと農具作成はお互いのためだからよぉ。次回からは気軽に依頼してくれても構わないぜ」


 クリスは快く了承してくれた。そして次回からは伝令役の部下に道具の発注が出来るようにしておこうと予定を立てる。


「分かった。また必要な道具があったら、伝令役に頼むことにするよ。今日はこれで用が済んだから帰るよ」

 

「おう。またな」


 俺は注文を終えたのでクリスに手を振って宝物庫を後にしようとしたが、……もう一度クリスの部屋に入らないといけないことに気付きゲンナリとした。


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