第5話 ダンジョンゾンビは宝箱の中身を理解する
会議場内が静まり返っていると教授が立ち上がってコホンと咳払いをし、俺たちの視線を集めると手を挙げた。いいぞ教授!俺が頷いて先を促す。
「我々には思い出がございません。なので環境的に採取しやすい肉を消費してきました。今までの状況であればそれで良いのですが、現在はダンジョンエネルギー補充を効率化する為に他のものにも手を出すべきだと思いますぞ。そこで提案なのですが、人間の食卓を再現することでダンジョンへと常習的に栄養を送る仕組みを作ってみてはどうでしょうか?本からの知識になるのですが、メリットとして、肉だけにこだわらないことで魔物が獲れない中でも栄養を摂取することが可能で、また栄養を偏らせないことで消化も早まる場合があるそうですぞ」
クリスは机に肘を載せて頬杖を突き、記憶の引き出しを探りながらこぼした。
「だがなぁ、俺たちゃ生者の時にどんな料理を食べていたかぁ覚えてねえぞ?」
教授はカイゼル髭を撫でながらクリスの言葉が正しいのかを思考しているようだ。クリスの言う通り、アンデッドになってからというもの焼いた肉ばかりを食べてき続けたから、生者の頃の食事を思い出そうとしても何もピンとくるものがない。また沈黙が場を支配しては、エル姐さんが思い付いたように声をあげた。
「それこそ、クドラトは何かご存じありませんか?この中で一番人間たちと距離が近いのはあなたですから」
「そうなんですけど、人間の食事を流れで口にしたことはあっても食材に関して話してませんよ。あぁ、でも、特産品や季節によって屋台の品ぞろえは変わってましたね。ボクはカダイフってやつにチーズがかけられたパリパリのつまみが印象深かったですねぇ」
「カダイフ?チーズ?パリパリ?それにつまみってなんだ?」
「んんー、あ、カダイフはさっぱりだけど、チーズはあれよ、あれ、あの、白っぽいような黄色っぽいような…」
「ああ!チーズな!チーズ!溶けるやつ!今まで忘れちまってたけどあれがねえと始まんねぇよな!」
俺もチーズの味に関しては思い出せないけれど、なんとなく見た目はわかった。皆がチーズで盛り上がっている間、エル姐さんと教授だけが頭上にクエスチョンマークをいくつも飛ばしている。きっと二人は生者の頃、馴染みがなかったんだろう。
人間の頃の食事を覚えていないと言ったクリスがチーズと聞いた瞬間に思い出せたところを見るに、連想ゲームで引き出しをこじ開けて行くのが早そうだ。
「じゃあ、今あがったチーズで食事を連想していこうぜ。調理方法を思い出せたならその食材名までを挙げてくれ」
そういうとシルビアが真っ先に手をあげ、教授が黒板にメモをする為チョークをとったのを見てから指名した。
「ワタシはラクレットって料理が連想されたわ。チーズは上にかけてたと思う。たぶんじゃがいもっていう野菜とお肉が使われてるんじゃないかしら?」
そのじゃがいもという野菜を聞いた瞬間、俺の脳内にじゃがいもの映像が浮かび上がった。おそらくクリスとクドラトにも同じような情報が思い浮かんだろう。うんうんと頷いていた。
俺はじゃがいもと聞いて肉じゃがを思い出した。何が使われてたっけな、ニンジン、たまねぎ、インゲン、…あ、こんにゃく。こんにゃくってどう作るんだ…?
俺がこんにゃくに思いをはせている間、手がかりを得た議会は勝手に進んでいく。
「わたしは芋からクルメッペという料理を思い出しました。クルメという芋が使われていると思います」
この言葉に教授はうんうんと首を振っていたが先ほどと反対にシルビア・クリス・クドラトは首をかしげていた。俺もクルメという芋には脳が反応しなかった。エル姐さんと教授の出身地の郷土料理なんだろうか。いや、こんにゃくも大概なんだけど。
このあとそれぞれの意見を出し合った結果。
主食は、ジャガイモ・小麦・トウモロコシ・クルメ・ハーンという穀物の情報が挙げられた。野菜は、ニンジン・たまねぎ・インゲン・パプリカ・キャベツ・かぼちゃ・レタス、トマト・アボカド。他には、ナッツ・チーズ・ケチャップ・マスタード・醤油・砂糖・酒・酢・味噌・胡椒・塩・大豆・オールドスパイス・パプリカパウダー・オリーブオイル・はちみつ。
色々出たが黒板に収まらなかったこと、また、汎用性が高そうなものに優先順位をつけて用意していくことで会議はまとまった。もちろん、こんにゃくは俺の心の中にしまっておいた。
会議室で得た情報の食材をこのダンジョンで生成するため、ボスの間の奥にあるエル姐さんの部屋へ向かう。
「エル姐さん、すみませんがお邪魔させてもらいます」
「すこし散らかってるけどごめんなさいね」
頑丈そうだが豪華な扉を引いて入室する。
ダンジョン内がすべて俺たちの家とはいえ、崇拝するエル姐さんの部屋に上がり込むのには全く馴れる気がしない。
この御部屋も他の場所と同じように石壁で作られているのは変わらないが、部屋の中央に浮遊するダンジョンコアと呼ばれる正八面体の浮遊する青白い石を除くと、白い獣型のぬいぐるみやピンク色の額をした姿見など至る所がカワイイで溢れていて女の子の部屋って感じで普段と違う意味で緊張する。隣をみると教授も顎髭を撫でながら観察するように顔を動かしていた。
同じ立場である幹部組が何食わぬ顔で堂々と部屋に入れたことを少し羨ましくすら思える。
俺ももっと堂々とエル姐さんと接せられるようにならないといけないな。
「まずはわたしからいきますね」
エル姐さんからダンジョンコアに額を当てて欲しい野菜の種を願う。
願い始めたら願いに没頭しないといけない。雑念を混じらせるとその物体の概念が歪むため、知識にあるものを正確に思い描かなければならないのだ。
これが貨幣などの外観さえ模造すれば問題ないものであれば雑念を混じらせても問題はないが、種などは概念が歪むと発芽不良や品種改悪を招きかねない。
クリスが願い終わったので次は俺の番だ。俺はダンジョンコアに額をつけて雑念を消しながらつるなしインゲンについて思い描いた。つるなしインゲンを選んだ理由は栽培期間が比較的短いのとマメ科は作りやすいからだ。
***
一通りダンジョンコアに願ったのちエル姐さんの部屋に隣接した宝物庫に向かう。
廊下に出たところで?ルビアが口を開いた。
「わたし少し雑念が混じっちゃったかも……」
「シルビアもか。実はオレもなんだ。トウモロコシをイメージしたんだが、やっぱ10分はなげえよな?途中で弾けちまったわ」
クリスがガハハと笑い始めた。俺もその脳内イメージがコミカルに流れてしまいつられて笑ってしまう。俺が笑うと笑いは連鎖し廊下全体が賑やかなムードに包まれた。
***
俺たちは今宝物庫に居る。入ってきた扉には錠前が5つ付いておりそれぞれの幹部達が鍵を保有している。俺は手元にある十字架を象った鍵を、腰に着けているキーリングにかけなおす。ついでに宝箱用の鍵を取り外しておいた。
ここには、人が一人入れる大きさの宝箱が3つ壁を背にして配置されている。とりあえず先ほど願った野菜が上手く生成されていれば成功だ。
俺はその中で手元の鍵に合う宝箱に腰を屈めて開錠して蓋を持ち上げた。
中には箱いっぱいの先ほど願った種類の山。ただその中にちらほらと白いポップコーンとホクホクに蒸されたジャガイモが目を引く。これはシルビアとクリスの雑念が生み出したものだろう。おそらく会議中の連想ゲームで見た目が美味しそうだったから混じっちまったんだろうな。
米を縦に3倍ながくしたような穀物が入っていた。これがハーンなのだろうか。ハーンの見た目からインディカ米という知識を得ることが出来たので名称が違ったのだろう。他に金貨や銀貨が数枚落ちていた。
俺はダンジョンエネルギーの無駄遣いに顔を顰めた。おそらく先日の冒険者の願望が生み出した副産物だろう。
俺の横にいた教授は宝箱の金貨を1枚を拾う。
「なるほど、これはダンジョンエネルギー不足の原因は複合的なものの可能性がありますぞ」
俺はどういうことだ?と視線で訴えた。
「ダンジョンの願望を叶える力は我々だけでなく、侵入者の強い欲望も叶えてしまうということですぞ。そしてその欲望を叶えるエネルギーはダンジョンのもの。つまり奴らのダンジョン攻略が進むほど我々はダンジョンの恩恵を失うってことですな」
俺は教授の言葉に強い衝撃を受けた。今まではダンジョンに入ってくる敵は1階層で確実に排除していた。何なら入り口までたどり着く冒険者のほうが少なっかっただろう。だが今のダンジョンは弱体化している。また先日のようなやつが入ってきたら俺はそのときも撃退できるのだろうか……
「これは早急にダンジョンエネルギーの回復を急ぐ必要があるな……」
俺はこれから始める食料生産体制の重要さについ口からつぶやきが漏れた。
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