第4話 ダンジョンゾンビは主の怒りを垣間見る
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「今は何をしているか、忘れていませんか。ケンカをするなら異常を解決してからになさい」
エル姐さんが落ち着きを払いつつも威圧感を覚える声色で、議題とは違うことにヒートアップする俺たちを叱る。
俺は怒りで上がった口角をーの字に絞り、冷静さを戻す為、深呼吸をした。
「アンタ覚えてなさいよ」
シルビアはにらみつけるように俺の顔をみると席にドカっと腰かけた。覚えてなさいはこちらのセリフだが?
「おめえさん達の仲が悪いのはいつものことだが、会議の場くらいは静かに進行できないのかい?」
クリスが骨の頭をぼりぼりとかき、クドラトはそれに意見を乗っけるように肩を竦めた。そのどちらもが呆れた様子を隠さず、俺は口端がひくりと引きつる。
シルビアはその言葉にも睨みを利かせて返すが、先ほどエル姐さんに止められたのが効いているのかふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
俺は気を取り直して会議を進める。原因ついては皆も理解はしてくれたようだ。
ダンジョンの栄養補給の仕方の問題だが、残念ながら俺が説明することは出来ない。昨日の教授の解説が頭から抜けているためだ。そんな穴抜けの知識で質問なんてされたくないので、教授に壇上をゆずり、俺ははじめに座っていた椅子へ移動した。教授はチョークを手に取って、黒板に補給方法を図と共に書いていく。え、俺より黒板の使い方上手くないか?初めて使ったはずだよな?
「ダンジョンは地上部以外ほぼすべてが胃袋として捉えられます。この胃袋から生まれた我々魔物や物質は細胞と例えましょう。細胞は吸収されませんが、細胞以外のものは胃壁と接していれば徐々に分解されていきますぞ。しかしその吸収効率は遅く1週間をかけても服の一枚さえ分解しきれません。これはわたくしの個人的な興味で検証済みです。分解するにもダンジョンのエネルギーを使うため、また、ダンジョンが分解するには分解酵素の働きが遅い、というのが理由でしょうな。その代わりダンジョンの分解する力は我々が食することの出来ない金属等も可能。つまり効率的にダンジョンにエネルギーを補給するために吸収しやすい形状へする必要があり、分解のアクションを委託できれば早い。そう、我々の排泄物ですな!既に余計な細胞壁や不純物が分解されているものは1日あれば吸収されることは皆さま方ご存じでしょう。汚物くみ取り係なんてしているアンデッドを聞いたことがないのがその証左、我々が今まで娯楽として消費してきた食事を必要なルーティンとすることがダンジョンの成長・保持に有効という結論ですぞ。因みに死んだ細胞は既に排泄物としてカウントされるようで、分解の手順を挟まずとも吸収が早いこともお伝えしておきましょうぞ」
図があり説明も要点だけを話しているからか、それとも地頭が違うのか、各々はこの解説を聞いて、関心したように頷いていた。
シルビアが体を寄せてきて耳元でこそりとささやいてくる。
「アンタのゾンビ。アンタより頭良いんじゃない?」
シルビアがにやけ面で挑発してきたが、俺は部下を褒められて口角が自然と上がってしまった。
「少なくともお前より頭はいいぞ」
シルビアは俺の反応に舌打ちをこぼしてそっぽを向いた。ふん、事実陳列罪で今ならしょっぴけるぞ。まあ、アンデッドを縛る法律なんてないし、俺を縛れるのはエル姐さんだけだがな。
「では何か解決に繋がる意見はありませんか?」
俺は毎度のように会議を邪魔するシルビアを無視して進行する。
手を挙げたのはエル姐さんだ。
「魔物が少ないのであれば狩猟に力を入れても仕方がありません。種も保存しなければ我々の首が絞まっていくだけです。なので近く人族の村に行って食料と我々のダンジョンの副産物とで交渉を持ちかけるのはどうでしょうか?クドラトさんのような人狼族の方なら商人として取引が出来ると思います」
エル姐さんらしい、平和的で隙のない完璧な提案に俺はスタンディングオベーションで賛成しようとするも、エル姐さんの提案内で名前のあがったクドラトがすかさず口を挟んだ。
「すんません、エルネア様の意見は本来なら一番良い意見やと思います。ですけど、ダンジョンエネルギーが枯渇している今、ボクらには交換するものがありません。そも、ボクにはどんくらいダンジョンエネルギーが不足してるんかわかりません。議題にあがるくらいなんで、物品を生み出すコストのが高くなってジリ貧になってしまう可能性あるんやないですか?人族の流行が分かればこちらも贋作でコスト以上の金銭を得られるさかい、そこから買い物すりゃええんですけど。以前の食事回数を参考にして、上の狩れる魔物が少ないんがマジやとして、人の町に交渉行く回数は普通の移動商より多くなりますよ。そない頻繁に人の町まで行かなならんなら怪しまれますし、そないヘマは踏みませんけど、万が一ココがバレるリスク考えますと得策とは思えませんわ」
「…確かに。クドラト意見が正しいと思います。どうもダンジョンエネルギーの枯渇の感覚が漠然としていていけません。浅慮でしたね」
エル姐さんの意見は棄却された。
次にシルビアが手を挙げる。こいつ会議に参加する気あったのか。
「それじゃあ近くの村を襲って食べ物を奪っちゃえばいいんじゃないかしら?殺した人間も栄養になるから一石二鳥ですわ」
どこか得意げな表情で述べられた意見を聞いた瞬間、エル姐さんが勢いよく席を立ち、強く机を叩く。
「絶対にそれだけは許可できません!」
噴火した火山のように怒気を孕んだ声が重くのしかかり、怒りの深さを表して長い髪が浮かび上がる。怒髪天を突くとはまさにこのことか、空気が静まり返った。誰もがエル姐さんの一挙手一投足に集中しているのがわかる。教授はその迫力に腰を抜かしまるで乙女のようにへたり込んでしまった。
「どんなことがあろうと無辜の民に傷を負わせることはなりません!ものを奪ってもなりません、これはダンジョン主の命令です!いいですね、シルビア!」
シルビアは顔を真っ青にして滝のような汗を流し怯える。過呼吸に転じてしまいそうなほど呼吸は浅く引きつっていて、は、はひゅと息の音が隣の俺まで聞こえていた。そんなやつを憐れむほどの余裕も俺にはない。何故なら標的の横が俺だからだ。敬愛してならない麗しの人の爆発した怒りの余波をもろに受けている恐ろしさといったら筆舌しがたい。矛先はこちらに向いていないのにも関わらず俺も冷や汗が出てしまっている。
琴線に触れてしまった。その自覚があるのだろう、シルビアは壊れたおもちゃのように首を上下に幾度もふりつつ、震える拳を握りこんでなんとか正気を保って返答を絞り出す。
「はいっ、はい!絶対に!ごめんなさい、エルネア様、ごめんなさい!」
「……、よろしい。では会議を続けましょう」
「はいぃ!」
確実に怒りの尾は引いているが反省を見せたシルビアを叱り続けるほど無茶苦茶な人ではないエル姐さんは、たっぷりの間をあけてその激情を飲み込んだようだった。クドラトが額に手を当ててやってしまったかという残念そうな顔をしていた。クリスはスケルトン故、表情は伺い知れないものの所詮は他人事といったところか、どこ吹く風と言わんばかりに考えているポーズをとっている。
ぶっちゃけて言えば俺はシルビアの意見には賛成だ。だがそれはエル姐さんの前では塵も同然な考えであるのと同時に、絶対にエル姐さんの前で言動にしてはいけない【罪なき人を殺す】という導火線に火をつけること。俺は有能なので大人しく生唾を飲み込むだけにした。