第3話 ダンジョンゾンビは原因を探る
翌日、生き残っていた八体の部下にはダンジョンの修繕と見張りを頼み、怪我もすっかり治った俺はダンジョン外の視察を行う。俺たちの怪我の回復促進のバフやダンジョン自体のダメージを踏まえ、ダンジョンエネルギーの枯渇を考えると部下の復活には回せない。何より、エネルギーの使い過ぎでエル姐さんに何かあれば俺が許せない。
1階層から地上へ続く螺旋階段を上がっていれば、地下特有の湿っぽさがだんだんと薄れて風が頬を撫でる感覚がする。
このダンジョンの外観は、地上部が野営砦のように石の外壁に守られており、防御壁で囲まれた場所の中央に6つの縦に長い青白く光る石が円状に均等に配置された遺跡だ。その周りには穏やかな平原が広がっており、豊かな資源から虫型や獣型、爬虫類型の魔物など幅広い生物が生息している。
階段を上りきり、崩れかけた防御壁の壊れた門を通って、ようやく地上へ顔を出せた。丁度夜が明けるころだったらしい、寒いとまではいかないがひんやりとした空気は埃っぽさもなく美味い。
ここで面倒が起こってダンジョンのエネルギーを消費するわけにもいかないので、葉へ隠れるがてらそこら辺にある木へ登る。
「なにもいねえな……」
本来は平原のあっちこっちに獣型の魔物、それらを追いかける人影が散見される。ただ、今は獣型の魔物は居れど人影は全く見当たらない。その獣型も数が少なく、のんびりと草を食べてたりするわけではなく、常に何かを警戒している様が見て取れる。
あまりに閑静な光景に、俺の呼吸と風の音だけが響いていた。騒がしくないにしても、もっと音があっていいだろうに。一つため息をついて、吐いた分だけ大きく息を吸いこむ。
地平線から昇る太陽の光が紫紺を裂くようにして温かく清らかな朝を持ってくる。朝露がキラキラと輝いて、草原の中に宝石が落ちているみたいだ。
「エル姐さんにも見せたいな、この景色」
朝焼けの中微笑む貴女はどれほど綺麗だろうか。
***
俺はダンジョンに戻ると部下に伝令を頼み、教授を訪ねる。そして了承を得た上で3階層の会議室に、教授を連れて向かう。
今回の件についてエル姐さんや他の幹部に報告する為だ。教授が原因の候補を出したわけで、それが有力だと俺はにらんでいる。このことに関して俺は聞いたことを報告は出来れど、深く突っ込まれては説明できない。何より面倒くさい。確認するのでお待ちくださいなんて無駄な待機時間を作るより本人を矢面に立たせるほうがいい。上司としてのプライド?餅は餅屋に任せるのが一番だろう。その中で幹部達が解決案を通してくれたら万々歳、他に原因らしいものがあればその時に報告があるだろう。もし解決に至らなかったら俺がケツを拭えばいいし。
俺が先に会議室へ入り豪華に飾られた会議机の所定の席に着くと足を組んで座り、エル姐さんや幹部達を待った。教授は普段入ることのない会議室に興味がそそられるのか俺の後ろに立ちつつもきょろきょろと周りを見渡している。許可さえ出れば歩き回りたいんだろうな。
15分程待機しているとエル姐さんがふわふわと浮きながら入室してきた。は?エル姐さんがはじめ?ダンジョン主より集合が遅れるなんて、なんてけしからん連中なんだ。ただエル姐さんの顔がいの一番に見られて幸せではある。教授へ了承を得る為のタイムラグがあったとはいえお早いことで、それだけダンジョンの異変がどれほど深刻か物語っているようだ。
エル姐さんが俺に会釈をしてくれたので俺は臣下の礼で返す。この臣下の礼も教授から教えてもらったものだ。他にも五体没地などの最上級の謝罪方法も教えてもらっている。
「ユキトさん。原因追及のために尽力していただいてありがとうございます」
「いえいえ!エル姐さんのためならこの世界の全てが敵になっても俺はあなたのために全ての敵を殺し尽くして見せますよ」
「…そこは守ってみせます、ではないのですね」
「もちろん守ってもみせますとも」
エル姐さんは俺の言葉に一瞬嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐに眉尻を下げて苦笑した。そして俺の横にいる教授へ視線を向け、苦笑を取り払い、慈悲深さを表すような柔らかな笑みを浮かべなおした。
エル姐さんは自身が入室した時から頭を下げている教授に姿勢を楽にするように許した。
「あなたのことはよくユキトさんからお話を聞いております。教授」
「いやはや、御目にかかれて光栄ですぞ。エルネアダンジョン主様と謁見できたのは、このダンジョンに生み出された時の一度だけでしたから顔を憶えていただけるとは一介のゾンビとしてこれ以上の報労はございませんな。これからもわたくしの上司ユキト殿をどうぞよろしくおねがいしますぞ」
「フフフ。これからもその知識を活かしてユキトさんを支えてあげてくださいね」
くすくすと鈴を転がしたような笑い声が耳をくすぐる。エル姐さんと教授の会話に、俺にはない教養がくみ取れて恥ずかしさで二人を直視できず視線が逃げる。
その5分後、突然扉が大きな音を立てて開かれた。一瞬敵襲かと身構えて視線を向けるも、そこに居たのは2m近い身長のスケルトン【クリストファー(愛称クリス)】だった。スケルトン達を束ね、加工業を取り締まっている男だ。どうやら扉はクリスによって蹴り飛ばされたらしい。ガッシリとした金属鎧を纏っているのに重さを感じていないのかあげたままだった足を戻して入室してきた。クリスは視線にようやく気が付くときょとんとしたように動作が一瞬固まるも、自分が派手に入ってきたからだと理解すると豪快に笑った。
「わりぃわりぃ、足が器用でいけねえや!」
同時に骨がカタカタと音を鳴らす。クリスはそのままガシャガシャと金属鎧を鳴らしながら自分の席までノシノシと歩いて大股を開いて座った。そのすぐ後に蹴り飛ばされた扉に何も触れず、略礼装に身を包み、蒼色の髪色をした褐色肌の男が入ってきた。見るからに胡散臭さの漂う顔のほりが深いこの男は諜報部隊を纏める人狼【クドラト】だ。今は仕事をしていないからか物静かにしているが仕事中は人当たりがよく距離がない。歩を進める度に大きくて立派な尾が左右にゆらゆら揺れる。クドラトはエル姐さんに一礼してから席に座った。
それから間を置かずにシルビアが扉からひょっこりと顔出して「全員いるみたいね」と会議室へと入ってくる。
その道中で教授に気が付いたシルビアは部外者が居ることに訝しむ態度を隠しもせず、ただ声をかけるのはエル姐さんを待たせている立場として出来ないのかサッサと着席する。
それを確認したのち、エル姐さんの言葉を皮切りに会議を開始した。
俺は教授を連れて会議室壁面にある壇上へ赴き、黒板に白のチョークで大きく今回の原因を先ずは書き出した。
「あー、あくまでこれはかもしれないだけど。今回の異変は”ダンジョンの魔素不足”が原因だと思う。ダンジョンの仕組みから説明要る奴はいる?」
「この場所にそんなおバカは居ないでしょ。それで?どうしたら解決するのよ。ワタシたちは普段と変わらない生活をしているわ。侵入者を撃破して、狩りして、何が足りないっていうの」
「あそ。狩猟できた回数が下がってるのは把握してるか?」
シルビアが言葉に詰まる。異変には気が付いていたが、ダンジョンのエネルギー補給率については盲点だったみたいだ。狩りはしている、けれど、その程度までは把握していない。これには他の幹部達もなるほどと唸った。諜報部隊以外のボスは基本的にホーム外へは出ない。出る必要がないからだ。その諜報部隊も外交等には赴くが狩りを把握する必要がない。生きていくのに必要あれば狩りの出来を把握していないといけないだろうが、生き物というのは必要ないものに脳みその容量を裂くことはないのだから当然ではある。食事という娯楽をよほど楽しみにしていないと気付かないものだろう。実際俺もそうだったし。
今回の原因の単語の横に小さく、野生の魔物の生息数が激減しているため不足エネルギー補給分の食料確保が出来なくった為書き込んだ。エル姐さんは頬に手を当てて考え込んでいる。
するとシルビアが手を挙げたので質疑を促す。
「野生の魔物が少ない原因はわかってるの?」
「それは今現在部下に近辺調査へ行かせてる。けど、俺が直接見たときは獣型の魔物さえ点々としか居なかった。実際の報告を受けないと何とも言えないが、芳しないものと思ってもいいと思うぞ」
「そこまで把握してから報告しなさいよね」
「はぁ?一因かもしねえものを突き止めも出来なかったやつが何か言ってら」
「言ったわね?ダンジョンの不調にも気が付かずぼろっかすになってたくせして。久しぶりにワタシとアンタの実力の違いを見せてあげないといけないようね」
互いに煽りあい、シルビアが先に我慢できなくなったのか席を蹴とばすように立ち上がり、机に足をかけて威嚇を飛ばす。
俺もそれに応戦しようかと身を乗り出したその瞬間。パンと手を打つ音でブレーキがかかる。
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