第2話 ダンジョンゾンビは知識チートを見つける
俺たちが現在いる部屋は小ボスの間と呼ばれ、一度入ると管理者か侵入者が死ぬまで開かない場所だ。あの部屋を突破されると、その先には中ボスとしてシルビアがいるものの、実は抜け道があってダンジョンコアの部屋まではそう遠くない。そこはエル姐さんが普段居る場所だから、あそこで食い止められて良かったと思う。
俺は異変調査をエル姐さんたちと約束し別れ、まだ骨がくっつききっていない足を引きずって管轄している階層を徘徊する。残っている部下と損害の把握のためだ。道中は先ほどの輩が倒したアンデットたちの遺体が散乱していた。誤って蹴っ飛ばしてこけないようにするも、死屍累々という言葉の通りの道は歩きにくいことこの上ない(まあ、こと切れていなくても屍なんだけど)。
散乱していた遺体もいずれはダンジョンへと還る。その魂は地縛霊として認識不能な状態で彷徨い、俺たちが願い、ダンジョンのエネルギーを消費することによりまた体を得る。普段ならばダンジョンエネルギーはその仕組み上有限だが無限に等しい感覚で使って問題ない。ホームで生成されたものを復活させるのに必要なエネルギーはこと切れたソレをダンジョンで循環させればほぼ足りるからだ。
シルビアの言う通り異変を調べるにしても体調がよろしくない。部下に調べさせるにしたって蹴散らされたあと。いつまでかかるか不明瞭な補充を待っている間にまた攻め込まれてはたまったもんじゃない。
こんな時、頼りになりそうな部下なんて一人しかいない。倒されていないといいけど、俺には感知なんていう便利なスキルはない。あるのは未だ重い体と頭に入ったダンジョンマップだけ。…これは骨を折りそうだ。折れてるけど。生死不明のたった一人を探さないといけないんだから。
俺はその人物の居そうな場所を頭の中にいくつかピックアップして向かう。
***
俺が管轄する1~3階層は、ゾンビやスケルトンなどの足が遅く戦闘に向いていない仲間が生活をしている。
生前の面影を残すアンデッド達は、各々がこのダンジョンのために仕事をする。ゾンビ達は生者との色彩の差はあるものの皮膚などは変わらずあるのでダンジョン外で日光を浴びても支障がない為、ダンジョンへ攻め込もうとする輩たちの偵察・撃退、飯の為に狩猟をしている。逆にスケルトンは体を構成している骨が皮膚や脂肪に守られておらず乾燥に弱いため、鍛冶や裁縫、料理などの加工作業をダンジョン内で担っている。ホーム内での傷はダンジョンが回復を促してくれるため火の近くでも乾燥に耐えられる理屈だが、後々スケルトンの鍛冶によるダメージ回復率をみておかないといけないか。必要なら何か手を考えないと防衛力がさらに落ちてしまう。
アンデット達は生前の思い出の記憶が消えているが、技術などは思い出せる。それは生者で培った感情を持っているとアンデッドへなった際に不都合が起きるからだとは想像に難くない。元々殺し合ってたんだ、場合によっては忌諱感で自害、生成、自害の無限ループ。無駄なことこの上ない。好都合にできている理に感謝。生まれてきたアンデッドへ出来ることをクローズドクエスチョンにて聞き出して、俺は適材適所に人員を割り振っている。
そのアンデッド達の中で、異彩な知識をもつやつがこの1階層にいる。1階層は主に外へお仕事をしに行くゾンビ達で構成されている。
俺はしらみつぶしに部屋の扉を開けては中をのぞきこむ作業を繰り返した。この作業を何回繰り返しただろう。時には遺体で扉が塞がれていてうんざりしていた時、食堂の中央にある大テーブルの片隅に、茶髪をオールバックにしたゾンビが椅子に腰かけて優雅に読書を嗜んでいるのを発見した。目当てのゾンビだ。
そのゾンビは静かだった空間で響いていた足音が止まったことでこちらに気付いたのだろう、俺のほうへと視線をやるとすぐに椅子から降りて綺麗なお辞儀をしたので、会釈で返す。
「教授。無事だったみたいだな」
「いやはや、ユキト殿こそご無事で何よりですぞ。此度の冒険者どもは少々手練れのもののようでしたから、わたくしはこの食堂のテーブルの下に潜んでいたのですぞ。よもや冒険者どももテーブルの下に宝があるなど思いますまい」
立派なカイゼル髭が目を引く好々爺は「ハッハッハ」と明るく笑い、俺は周りに死体があるというのにジョークを飛ばす余裕のある食えないゾンビに苦笑した。
この男は他のゾンビとは違い知識の引き出しと口が緩い。初めて会った時にクローズドクエスチョンを仕掛けた際もそうだ。一つ質問をすればその事に対して質問の意義を問い、返ってきた答えに対して話を弾ませ情報を回収し、そこから喋り足りないとばかりにべらべらと話し始めたかと思えばリアクションも欲しいらしく語った内容に対してフィードバックを求めてくる。ことあるごとに俺にうんちくを語り始めるため、嫌味を込めて【教授】と呼べばそれが大変お気にめしたらしい。そのあだ名に見合うようになる為か元々の気質か、知識をどん欲に求めて冒険者から本をくすねているらしい。今もその手にある本のタイトルは「聖女エクレアの華麗なる騎乗術」だ。見つかった安堵とこのゾンビのマイペースさに俺が後ろ頭を掻きながら長く息を吐く。
教授はそこでようやく俺の発言から目的が自分だと思いいたったらしい。手に持っていた本をテーブルへ置き、また俺用の椅子を引いて座ることを促した。
「それでユキト殿。わたくしに何の用件がおありでしょう。今しがた読んでいた本のことなら御解説できますぞ?」
「いや、今回はダンジョンの異変について聞きたいことがある。ダンジョンのエネルギー効率が落ちていてな、俺もこのざまだ。何か知っていることはないか?」
教授はふむとカイゼル髭を整えるように摘まんで捏ねる。頭の中の引き出しをひっかきまわしているようだが、断定できるものがなかったらしい。少しの空白の後、静かに言葉を吐き出した。
「…あくまで私見ですが、最近野生の魔物をめっきり見なくなりましたな。それが異常を引き起こしているのではないでしょうか」
「外の魔物が現れないこととダンジョンのエネルギーが少なくなることがどう繋がってくるんだ?」
「ほほお、ユキト殿には本来ダンジョンとは何かを今一度説明しなければなりませんな」
そう言った教授の目は真面目ながらも楽しそうに笑っていて、俺はこれから始まる永い授業に今から心が遠くなる。
ダンジョンの成り立ちから始まり魔物の帰巣本能、どこから仕入れてきたのかダンジョンに現れるモンスターから推察されるダンジョン構成時の周辺動物の生態系まで。懇々と何時間も語られた内容から必要な部分を要約すると、『ダンジョンはエネルギーを蓄えるためにダンジョン外から栄養を回収しなければいけない。そのエサは雑草からドラゴンまでありとあらゆるもので例外はない。ただ、ダンジョンに死骸を埋め自然分解を待つより、生物がそのダンジョン内で排泄をしたほうがより分解効率は上がる。それは生物の器官で消化という分解アクションを挟むため。分解されたエネルギーは魔素となり、ダンジョンへ還元される。還元された魔素が我々の傷の回復を促したり願いによって消費されるので、ある程度循環はされるものの出た不足分は外から補充しなければならない。しかし我々アンデットは飢餓で死亡することがなく、腹が減らない。故にダンジョンの魔素不足を招いてしまったのではないか』という話だった。
教授が満足して一呼吸する頃には情報の取捨選択に目の前がぐるぐるしてきて、俺はゾンビらしい相槌しかできなくなっていた。
「つまり、ああ、ええと…」
「本来アンデッドには必要のない食事という娯楽で、ダンジョンの魔素を補っていたということですぞ。まあ、可能性の話でありますから、要検証といったところでしょうかな」
教授にはまた原因が突き止められたら来ること話して、寝床に向かう。
教授と話すといつもこれだ、知識面で頼りにはなるものの疲れる。情報を他人のペースで詰め込まれるのに、それをなるべく整理して相槌を打ち、時には質問し、…ああ、エル姐さんなら理解の度合いを確かめながらゆっくりかみ砕いて教えてくれるのに。脳の疲労から精神ががっつり削れた感覚がする。
今日は色々あったからエル姐さんを崇拝する夢でも見てリフレッシュしよう。
お読みになって面白かった、続きが気になると思った方は評価・レビューをお願いします。
あと、感想にこういう所が気になる知りたいと思ったことを、書いて頂ければ参考にさせていただきますので気軽に書き込んじゃって下さい。