表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Miracle Wink:パート3 - 嘆きの氷河

作者: Tom Eny

Miracle Wink:パート3 - 嘆きの氷河


第一章:凍てつく世界


骨まで凍みるような風が、ルナとシオンの頬を容赦なく打ち付ける。足元には、どこまでも続く白い氷原が広がり、遠くには青白く輝く氷の山脈がそびえ立っていた。空は鉛色の雲に覆われ、エルティアの二つの太陽の光は、遠い記憶のように感じられる。かつて生命に満ち溢れていたというこの大地は、今や息をひそめるように静まり返り、聞こえるのは風の唸りだけだった。


「この凍てつく寒さは、エルティアの心臓を蝕む病だ」


シオンは、吐息を白く染めながら低い声で言った。精霊族の長である彼の瞳には、この異常な寒波に対する深い憂慮の色が宿っている。この寒さは、この地で苦しむ精霊たちの悲鳴そのものだと、彼は感じていた。太陽族が太陽の熱を奪い去り、この地を永遠の氷の世界に変えようとしているのだ。その強大な力の余波か、ルナの記憶は時折、凍てつくように途切れそうになる。


「シオン…あの雪だるまは、誰と作ったの…?」


ルナが不安そうに尋ねると、シオンは彼女の手を強く握り返した。彼女の頭の中には、雪の上で笑い合っていた二人の姿が浮かんでいる。しかし、その隣にいる親友の輪郭が、まるで風に吹かれた雪のように、少しずつ形を失っていく。ルナがその輪郭に手を伸ばすと、その瞬間に故郷でパンを焼く匂いや、親友と歌った歌声も、音もなく消え去った。


「大丈夫だ、ルナ。君が忘れても、僕が覚えていよう」


彼の言葉だけが、この極寒の世界で、わずかな温もりをルナに与えてくれた。シオンは、ルナの記憶を鮮明に覚えている自分に、喜びと同時に、ルナの過去を独り占めしてしまうような罪悪感を抱いていた。ルナは、故郷の記憶が消えていく悲しみを感じながらも、シオンが語ってくれた故郷の思い出を、まるで自分の記憶のように大切にしようと心に決めていた。ルナの足元では、幽霊が氷の精霊のように、青白い光を弱々しく揺らめかせていた。それはまるで、ルナの心に広がる不安そのものを映し出しているようだった。凍てつく村には、暖を取るための火もなく、人々は互いに身を寄せ合い、生きる力を失いかけていた。シオンは、かじかむ手でエルティアの古の知恵を教え、ルナは、震える声で故郷の温かい記憶を語り聞かせようと努めた。


第二章:悲しく冷たい光


夜の帳が下りると、気温はさらに下がり、まるで世界全体が氷の牢獄に閉じ込められたようだった。ルナは、故郷で親友と肩を並べて歩いた帰り道の風景を思い出そうとする。しかし、その映像はまるで薄氷のように脆く、触れようとするとすぐに消え去ってしまう。


「…ねぇ、シオン。私の親友は、どんな笑顔をしていたの?」


ルナの問いかけに、シオンは夜空を見上げた。雲の隙間から、かすかに星の光が漏れている。「彼女の笑顔は、まるで春の陽だまりのように、温かかったよ」


その瞬間、ルナの脳裏に、氷の針が突き刺さるような痛みが走ると同時に、凍てつく未来のビジョンが鮮明に映し出された。そして、その映像に重なるように、過去の「視える者」が、凍りついた大地に膝をつき、震える声で呟く幻影を見た。「二つの太陽は…まるで涙を凍らせたように、悲しく冷たい光を放っている…」その言葉は、ルナの胸に深く突き刺さり、故郷とエルティアの運命が、この寒さによって繋がり始めているような予感がした。


第三章:希望の歌


翌朝、空を覆う雲はさらに厚みを増し、辺りは昼なお暗い。希望の光は、もはやどこにも見当たらないかのように思えた。しかし、ルナは諦めていなかった。シオンの力強い眼差しと、幽霊の微かな光に支えられ、凍える大地に立ち続けた。


「ルナ、忘れないで。君の心には、故郷の温かい光が宿っている。それを解き放つんだ!」


シオンの言葉を胸に、ルナは閉じた瞼の裏で、親友の笑顔を必死に思い出そうと心の中でもがいた。その強い思いが、凍てついた心を溶かし、ルナの心に温かな光を灯す。その光が、ルナの肩で弱々しく光っていた幽霊に触れると、幽霊はまるで喜びの声を上げるかのように、強く輝きを放ち、一筋の光となって空へと昇っていった。その光は、ルナが故郷で失った全ての記憶の欠片であり、それが天に届いた時、厚い雲の隙間から差し込んだ太陽の光と共鳴し、「希望のダイヤモンド」となって降り注いだ。


「希望の光の涙のダイヤモンド!」


ルナが叫ぶと同時に、空から舞い降り始めた光の雨は、触れた氷を優しく溶かし、凍てついていた大地に、清らかな水が流れ出す。長い眠りから覚めたように、枯れていた草木の芽が顔を出し、凍えきっていた氷の精霊たちが、喜びの歌を歌い始めた。その歌声は、凍りついた世界に、確かに希望の光を呼び覚ます力を持っていた。奇跡を目の当たりにした村人たちは、ただルナに感謝するだけでなく、自らも氷を溶かし、新しい畑を耕し始めていた。ルナの「希望」が、彼らに「立ち上がる力」を与えたのだ。


第四章:失われた友情と、新たな旅


凍てついていた大地が少しずつその色を取り戻し、村人たちの顔にも、久しぶりの安堵の表情が浮かんだ。しかし、ルナの心には、言いようのない空虚感が広がっていた。魔法を発動した代償として、故郷で最も心を許した親友との、かけがえのない記憶を失ってしまったのだ。共に笑い、共に悩み、未来を語り合った日々。その全てが、まるで存在しなかったかのように、ルナの心から抜け落ちていた。


その時、ルナの奇跡によって溶けた氷河の奥底から、太陽族の強大な闇のエネルギーが微かに漏れ出すのが見えた。シオンはそれに気づき、表情を険しくする。


「ルナ…これは、これまでとは違う。闇の根源が、この奇跡に反応している…」


シオンは精霊の力でその闇をかき消そうとするが、彼の力が闇に触れた瞬間、精霊としての力が逆流し、精霊たちの悲鳴が自分の心臓に直接突き刺さるような激しい痛みに襲われた。彼はルナに心配をかけまいと顔を歪ませながらも、毅然とした態度を保とうとする。しかし、ルナを一人で行かせたくないという感情と、精霊族の長としての使命の間で、彼の心は激しく揺れ動いた。


氷が溶けた大地からは、不自然な形状をした金属片が見つかった。それは、太陽族が設置した「光を吸収する装置」の残骸だった。シオンはそれを手に取り、深刻な表情で言った。


「彼らは、エルティアの生命の熱だけでなく、**『魂の記録』**そのものを奪おうとしている。この寒さは、その恐るべき計画の氷山の一角に過ぎない」


シオンの言葉を聞きながら、ルナは装置の残骸に触れる。その瞬間、彼女の脳裏に、失われた親友の笑顔が、まるで一瞬の閃光のようにフラッシュバックした。それは、かつてのぼやけたものではなく、シオンとの旅で獲得した新しい絆の光で輝いていた。この記憶は、ルナが強さと優しさを手に入れたからこそ、再生されたものだった。同時に、ルナは故郷を失った太陽族の**「悲しみ」と「絶望」を追体験**し、彼らの行動が「故郷を取り戻したい」という切実な願いからきていることを理解した。ルナは、故郷の記憶を失った痛みを感じながらも、この旅を続けることを決意する。


失われた友情の痛みは深く胸に刻まれたけれど、ルナは、この凍てつく世界に再び春を呼ぶために、そして何よりも、親友の魂の記録を救うために、立ち上がらなければならないと強く思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ