第6話
その日、ユキは自分に割り当てられている元物置の部屋で寝ていた。
ふと、物音がして目を覚ました。
ガサガサ、と音がした。
何か……誰か……が、いる?
しかし、あたりを見渡しても誰もいなかった。
※※※
「ネズミがいる気がするんです。部屋に罠を仕掛けてもいいですか」
ユキはカイラにそうお願いした。
ここ数日、ガサガサ音が気になってなかなか眠れないでいるのだ。
「別に勝手にしろ。トリモチなら薬品棚に入っているから好きに使え」
カイラはそっけなく答えた。
「……まあネズミくらいならいいけどな。泥棒とかじゃなければいいが」
「え、泥棒……は怖いです」
「うちに泥棒に入るなんていい度胸じゃないか」
カイラは鼻で笑う。
「あ、そうだ。忘れていた」
カイラは思い出したように手を打った。
「貴様の部屋には記録魔法がかかっているのだった」
「……え」
「昨夜も音が鳴ったのだったな?ならば昨日の貴様の部屋の様子を今から見てみよう」
そう言って魔法を使おうと手を振り上げたカイラの手を、ユキは怖い顔で止めた。
「待ってください。私のいる部屋、ずっと記録魔法がかかってたのですか?」
「ん?ああ、元物置だからな。貴重品もおいてあったし、泥棒対策としてな」
「ずっと、記録されてたんですか?……その、じゃあカイラ様には、私が部屋にいる時の様子が丸見えだったってことですか?……その、着替えたりとかも……」
「あ?別に何も問題なかったから記録だけはあるが見てはいないぞ。まあとりあえず昨日の貴様の寝る頃の時間帯の記録を……」
「消してください」
ユキはカイラを睨む。カイラがあげた赤い眼鏡の奥が、殺気に満ちていて、カイラは少したじろぐ。
「なんだそんな顔して。俺は貴様の部屋の音の正体を見てやろうと」
「消してください」
ユキは再度言った。顔は真っ赤になっている。
カイラは少し考え込むと、ニヤリと笑った。
「……はぁん、そうか、ユキ、恥ずかしいのか。だがな、前も言ったが、俺にとっては貴様の裸体などなんとも思わない。せいぜいもっと色気が出てか恥ずかしがるが……」
ここでカイラは言葉を止めた。
クスン、クスン、とユキが泣いていたのだ。
「お、おい、ユキ……貴様別に泣かなくても……裸くらい前も俺に見られてるだろ……」
珍しくカイラはオロオロする。
「ご、ごめんなさい。そんな泣くつもり無かったのに……ごめんなさい。ネズミ苦手だけど、泥棒はもっと怖くて……でもやっぱり部屋で着替えたりダラダラしてるのをカイラ様にみられるのは恥ずかしくて……もうどうしていいかわからなくて」
ユキは慌てて涙を拭いながら言った。
その途端、眼鏡を外して涙を拭くユキと、なんとか宥めようとしているカイラの目が合ってしまった。
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『ごめんねユキちゃん。ユキちゃんを泣かせるような奴には、俺が復讐しておくから…………』
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「すみませんでした。無様に泣いてしまったばかりか、誘惑魔法までかけてしまって……。カイラ様はただ、音の正体を突き止めようとしてくれたのに……」
ユキは、ムスッとして偉そうに座っているカイラに、丁寧に謝った。
結局、また誘惑魔法にかかり、カイラはひとしきりユキに対して甘えん坊になった。
我に返ったカイラは、不貞腐れながらも、すぐにユキの寝ている部屋の記録魔法を解除してくれた。
「まあ、確かに貴様だって女だ。着替えを記録されるのは嫌だろう。多少、俺も配慮が無かった」
不貞腐れた表情で、言葉だけは反省してみせた。
「じゃあ、今夜は音の方へトリモチでも仕掛けておけ」
それだけ言うと、カイラは自分の部屋に戻っていった。
そして数秒後………
「うわぁぁぁ!!な、何だこれは!!」
「あ、そう言えば……先程カイラ様自身で……」
ユキは思い出した。先程の誘惑魔法にかかっていたカイラが、『復讐する』とかなんとか言って、カイラの部屋に何やら魔法をかけていたことに……。
「はあ?何で俺の部屋にトリモチがあるんだ!くそ、魔法でも取れねえ!魔法を弾くような罠にしてある……誰だこんな優秀な罠を仕掛けたやつは!」
結局、カイラがユキの手助けを受けながらトリモチ地獄から脱出できたのは、夜中になってからだった。
「本当に、貴様の誘惑魔法は碌なことがないな!!」
さすがに今回はひどい迷惑をかけたと、ユキはシュンとした。
「すみません……いつもいつも……もう私、出ていったほうがいいですね……」
「馬鹿か貴様は!そんな危険な呪いを放置しておくほうが末恐ろしい。出ていくとか絶対に言うな!」
カイラはプリプリとそう言い放った。
「いいか、勝手に出ていったりしたら許さないからな!」
ちなみに、ユキの部屋の物音の正体は、ただの古い雨戸の故障が原因だったようだ。