スピンオフ編 新時代の旗手たち
序章 田島理事長の言葉
「理事長室に呼ばれた若手官僚は、必ず何かを背負って現場に飛ばされる。」
そんな噂が、JETRO本部では半ば伝説のように囁かれていた。
新人の**日比野 一葉**も、その一人だった。
新人配属の日
「君、どこを志望した?」
理事長室で、田島は書類をめくりながら、穏やかに聞いた。
「……あの、海外投資戦略課です。
海外で活躍したくてJETROに入りました。」
田島は笑った。
「じゃあ離島に行け。
まずは人の顔を知れ。」
配属先は“限界離島”
配属先は九州のとある限界離島。
日比野は、船で三時間、バスで一時間、最後は徒歩で集落にたどり着いた。
そこにはコンビニもない。
港の売店にポツンと置かれた観光パンフレットだけが、町の夢の名残だった。
地域のおじいと
地元の漁師・池間寛おじいが、日比野を見て笑った。
「JETROの兄ちゃん?
なんでこんな島に来たのさー。」
「海外投資戦略課に……行く前に、勉強しろって……。」
おじいは腹を抱えて笑った。
「なんでも理事長のせいにしとけさー。」
ぶつかる理想と現実
人もお金も集まらない。
島の青年は都会へ出て帰らない。
観光資源もインフラも乏しい。
夢を描いて入ったJETRO――
だが現場には、机上の戦略だけでは届かない現実があった。
「都会に投資家を呼びたい?
まずこの島に人を連れてこい。
物語を見せろ。」
田島理事長が置いていった、シンプルすぎる指令が、胸に刺さった。
動き出す若手
ある日。
港の空き倉庫で、子どもたちが手作りの魚市を開いていた。
それを見て、日比野はひらめいた。
「この素朴な魚市を、都会と繋ぐんだ。
スマホ一つで、漁師のおじいと直接話せる市場にする……!」
小さな革命
都会の人がオンラインで島の魚を買い、
画面越しに漁師が獲れた魚を見せる。
田島が昔やったVRツアーを真似して、
日比野は“オンライン浜市”を始めた。
SNSで拡散され、都会の子どもたちが「魚を獲った漁師さんと話したい!」と集まる。
そして理事長室へ
数か月後――
再び理事長室。
「どうだった、離島は?」
田島が笑う。
日比野は胸を張った。
「離島の人を、都会と繋げました!
投資より、人が先だって意味がわかりました!」
田島は満足そうに頷いた。
「よし、じゃあ次は君が人を連れて海外に行け。」
「えっ……!」
新世代は走り出す
かつて嘘をつきながら日本を繋いだ男の背中を、
今度は若手たちが追いかける。
物語は続く。
そして必ず、世界に届く。
スピンオフ編2 若手官僚・日比野一葉、世界の壁へ
海の向こう側
「お前に任せる。行ってこい。」
理事長室で、田島は一枚の航空券を日比野に差し出した。
行き先は――インド・ムンバイ。
日本産の水産物を現地の高級ホテルに売り込み、
さらにはオンライン浜市の仕組みをアジアに拡げろという。
はじめての海外
ムンバイ空港の熱気に、一葉は一歩目から圧倒された。
人、人、人――
バイクのクラクション、スパイスの匂い、湿気。
スマホの翻訳アプリを握りしめて、ホテルの厨房に飛び込んだ。
通じない英語
インド人シェフは、いきなり来た若造を一蹴した。
「ジャパニーズフィッシュ? ノー。ローカルの方が安い。」
冷たく言われ、厨房を追い出される。
異国の商談は、教科書どおりにはいかない。
現地の市場へ
ホテルに振られた夜、一葉はムンバイ市街の魚市場を歩いた。
港から揚がったばかりの魚が、裸電球の下で売られている。
漁師のおじい達とスマホで浜市を繋ぐ自分の故郷を思い出す。
「同じだ……ここも、漁師がいて、誰かが食べるだけだ……。」
一葉の逆転
翌日、一葉はホテルではなく、市場の漁師に直接声をかけた。
スマホを見せ、港のライブ映像を流す。
「日本の漁師と、君たちが繋がれば、両方の魚が両国で売れる。
フレッシュなまま! 直接取引だ!」
拙い英語だった。
でも、漁師は目を輝かせて笑った。
魚が繋ぐ国境
数週間後――
ムンバイの高級ホテルのビュッフェに、日本の鮮魚と現地の魚が並んだ。
タグには“Fisher to Fisher”。
日本とインドの漁師の顔写真が添えられている。
お客はそのストーリーを読み、食べ、SNSで拡散した。
帰国報告
帰国後、理事長室。
田島は、黙って一葉の報告を聞いたあと、小さく笑った。
「机の上で世界を変えようなんて無理だ。
人を動かすのは、机じゃなくて、足だ。」
一葉は深く頷いた。
「これからも……俺、走ります!」
若手官僚、世界を駆ける
理事長が作った“嘘のない物語”を、次の時代に繋ぐのは一葉の役目だ。
そしていつか――
彼もまた、新しい物語を背負って誰かに航空券を手渡すだろう。
スピンオフ編3 若手官僚・日比野一葉、アジアを越えて
序章 理事長の一言
「お前に次の“嘘のない国際プロジェクト”をやれ。」
田島理事長の一言で、日比野一葉は再び海外へ放り出された。
行き先は――アフリカ・ケニア。
ミッション:漁村から未来を
今回のプロジェクトは日本の漁村とケニアの漁村をオンラインで繋ぎ、
双方の若者が漁業を誇りある仕事に変えるというもの。
ただ魚を売るだけではない。
教育、雇用、持続可能性――
“田島イズム”の真髄を実現する壮大な挑戦だ。
ケニアの海で
ナイロビから小型機で海辺の村へ。
一葉は現地の青年アレックスと出会った。
「ここでは若い漁師は少ない。
みんな街へ出稼ぎさ。」
「日本も同じです。
だから俺たちは、海を捨てない未来を作ります。」
二人の握手が、物語のはじまりだった。
村の教室で
一葉は漁師の子どもたちにタブレットを配り、
日本の漁師たちと繋ぐ“オンライン漁業教室”を始めた。
村の小さな教室で、日本の漁師おじいとケニアの子どもたちが英語で笑い合う。
漁を学び、海を学び、言葉を超えて繋がっていく。
世界のどこでも“浜市”
数か月後――
ケニアの村と日本の漁村のオンライン浜市がオープンした。
取れた魚は相互に輸出され、
漁師は直接、世界中の消費者と繋がった。
アレックスが一葉に言った。
「君は魚を売りに来たんじゃない。
未来をくれた。」
成功の裏で
だが現実は甘くない。
物流、検疫、政府規制――
国境を越える度に無数の壁が立ちはだかる。
一葉は何度も挫折しかけた。
理事長からのメール
眠れない夜、スマホに一通のメール。
【壁を超えるのが、物語だ。
嘘をつくな。走り続けろ。
田島】
それは、かつて離島に放り込まれた頃から変わらない、田島のやり方だった。
未来へ走れ
国際会議で、一葉は壇上に立った。
「私たちは“嘘のない魚”を届けます。
海を捨てない未来を、国境を超えて作ります。」
拍手の中、スクリーンにはケニアと日本の子どもたちが笑う映像が映っていた。
バトンは次へ
数年後――
一葉は後輩の若手官僚を理事長室へ案内した。
椅子には、少しだけ老けた田島理事長が座っている。
「お前の番だ。
世界を変えてこい。」
田島の声に、一葉も思わず笑った。
「嘘つき同盟、世界版だな。」
物語は終わらない
JETROが繋ぐ物語は、離島から世界へ。
魚から、子どもたちへ。
物語は、誰かが嘘をつかない限り、ずっと続いていく。
スピンオフ編4 日比野一葉、帰国後の改革
序章 凱旋の空港
ケニアでのプロジェクトを成功させた日比野一葉は、
成田空港に降り立った瞬間、
心に決めていた。
「ここからが本番だ。」
アフリカの漁村と日本を繋いだ実績は、
JETRO本部でも一目置かれる存在となっていた。
だが、一葉は知っている。
現場がどれほど汗を流しても、
組織が古いままでは、やがて物語は腐ってしまうと。
理事長室での会話
帰国翌日、田島理事長に呼ばれた。
「お帰り、一葉。
で、どうする?
次はどこの国に行きたい?」
一葉は首を振った。
「海外じゃなくて――
俺、本部を変えたいです。」
田島の目が細くなる。
「組織を変えるのは、世界を変えるより面倒だぞ。」
「知ってます。
でもやらなきゃ、誰がやるんですか!」
田島は笑い、書類を差し出した。
「人事異動届けだ。
自分で書け。」
改革チーム、結成
数週間後――
一葉は若手職員ばかりを集めた**「現場直結チーム」**を立ち上げた。
名目は「プロジェクト直行支援班」。
だが実態は、全国の現場の声を“組織の意思決定”に直接叩き込む小さな革命部隊だった。
抵抗勢力
当然、古株の部長たちの反発は凄まじかった。
「若造が、机の上をすっ飛ばして勝手なことを――!」
会議では一葉に怒号が飛んだ。
だが一葉は負けなかった。
「俺は机の上を変えるために現場を走ったんです!
今度は、ここを変えさせてください!」
若手たちの夜
若手たちは、深夜まで残業し、全国の漁村や離島とオンラインで会議を繰り返した。
大手企業より遅い帰り道。
コンビニおにぎりを頬張りながら一葉は仲間に言う。
「世界を変えたあと、組織を変えた官僚って、
ちょっとカッコよくない?」
誰かが笑って、誰かが泣きながら頷いた。
理事長の言葉
ある晩、理事長室のドアを叩くと、田島が一人で酒を飲んでいた。
「理事長……相談が……。」
「相談するな。一葉。
俺の時代の嘘を、お前が全部ひっくり返せ。
そのために若いお前を育てたんだから。」
一葉は深く頭を下げた。
小さな勝利
半年後――
若手チームの取り組みで、地方の声を汲んだ政策案が本部の会議で正式に採択された。
「現場からの直通ルート」
それはJETRO史上、誰もなし得なかった改革だった。
拍手の中、一葉は遠くの理事長席を見た。
田島が、小さく親指を立てていた。
未来へ繋ぐ
田島新が切り拓いた“嘘のない物語”は、
次の世代の若手が“嘘のない組織”に塗り替えた。
日比野一葉。
かつて離島に飛ばされた若造は、
今や次の時代を背負う改革者となった。
【スピンオフ編4 完】
最終章 日比野一葉、次期理事長へ
序章 春の最上階
東京・丸の内。
桜吹雪がガラスに映るJETRO本部ビルの最上階――理事長室。
白髪が混じり始めた田島新は、
一葉を呼びつけていた。
田島の引退
「俺はそろそろ潮時だ。」
突然すぎる田島の言葉に、一葉は椅子を蹴る勢いで立ち上がった。
「何言ってるんですか!
まだ田島理事長がいないと――」
田島は手を挙げて制した。
「組織は人を超えて続くんだ。一葉、お前が作った“現場直結チーム”を見て決めた。
もう、俺がいるより、お前の時代の方が面白い。」
次期理事長候補
理事長室を出た後、職員たちの間に噂が駆け巡った。
「次期理事長は日比野一葉だ。」
若い、無謀、でも現場を知ってる。
古株には不満もあったが、現場の漁師たちは口を揃えて言った。
「あいつが一番、俺たちの話を聞いてくれる。」
引退会見
田島の引退会見の日。
全国のメディアが詰めかけた会場で、田島は最後に一葉を壇上に呼んだ。
「俺がついた嘘を、こいつが全部ひっくり返しました。
俺が作った物語を、こいつが国にした。
次はこいつが、もっと遠くに連れていってくれます。」
一葉は背筋を伸ばして一礼した。
すべての現場から
理事長就任式の日。
離島の漁師、沖縄の観光ガイド、北海道の酪農家、愛媛のみかん農家――
あの日のオンライン浜市に繋がった全ての人々が、画面越しに一葉を祝った。
そして、理事長室
就任の翌朝。
まだ慣れない理事長室に、一葉は一人で座った。
机の隅には、田島が残した古いボールペンが転がっていた。
「机じゃなくて、足で考える。
田島理事長、ちゃんと受け継ぎますよ。」
窓の外には、次の季節の桜が咲き始めていた。
新しい物語
若手官僚・日比野一葉。
かつて離島で港に立ち尽くした若造は、
今や日本を越えて世界を繋ぐ“嘘のない組織”のトップとなった。
物語は終わらない。
海を越え、人を越え、
また次の誰かが、物語を繋いでいく。
【最終章 完】