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剽窃の皇位  作者: 56号
第一章 蒼穹の月
9/16

第九話 再訪の宮にて

㈠令和7年10月28日 午後3時36分

甲斐駒ヶ岳・幽宮山門前

紅葉が進む山肌を縫い、神谷警部補はふたたび山道を上がっていた。

山科での襲撃事件、尊陽親王の“偽の死”、そして映像による逆転劇。

表向き、C計画は失敗に終わったと見られていた。

だが、公安部の非公式通信傍受記録に、不可解な暗号文が引っかかった。

「計画D、鎮魂フェイズへ移行可。

通達は“天上の声”より。K07-赤目、移動準備せよ。」

この通信は、「C計画の失敗は前提」であり、さらに奥に“次の段階”があることを示していた。


幽宮・別書院にて

応接間に通された神谷の前には、尊陽親王ではなく、白銀の髪に眼光鋭い老人が一人、静かに座していた。

「お待ちしておりました。神谷警部補。」

その男は、丁寧な口調の奥に、明らかに“国家の中心”の匂いを纏っていた。

神谷の直感が警告を発した。

この男はただ者ではない。

「私は**国府こくふ いさお**と申します。

かつて、内閣官房副長官補としてこの国の“記憶の整理”を担っておりました。」

神谷は名を聞いた瞬間、脳内の情報フォルダが熱を帯びた。

国府勲――昭和末期から平成初期にかけて、天皇制に関する極秘政策群を策定した“影の官房”の首謀者。

すでに政界を去ったはずの人物。だが、なぜ今ここに?


《国府勲の言葉:C計画の“裏”》

「神谷君。君はC計画を“暗殺未遂”と見た。

……それは正しい。だが**“本命”ではない。**

C計画とは、“統合そのものを民衆の手で否定させる装置”だ。

親王の死は、単なる契機にすぎん。」

神谷「……民衆の手で、否定……?」

国府は静かに語る。

「君は“親王が生きていること”で事態が収束したと思っている。

だが、真の目的は“祈りの主体を曖昧にする”ことにある。

尊陽親王が本物か偽物か。南朝が正統か否か。

真実をあえて“濁らせたまま”、人々が“疑い続ける”ことが最も有効なのだ。」

神谷「……それが、“D計画”か。」

国府は初めて口元に笑みを浮かべた。

「Dとは、“Displacement(転位)”。

祈りの主体を“象徴天皇”から切り離し、

国民の中に“虚の象徴”を生じさせる計画だ。」


《衝撃の告白:戦後国家の“設計”》

国府は、さらに驚くべき事実を語り出す。

「君が追っていた“南朝皇統”――その保護体制を敷いたのは、GHQではなく日本政府そのものだった。」

「昭和21年、入江侍従とともに、我々は**“影の皇統”の存在を記録し、必要あれば再利用できるよう管理対象に置いた。

GHQではなく、日本の中枢こそが“分断を管理”していたのだ。**」

神谷の脳裏をよぎったのは――

晴臣の死、昭和天皇の親書、そしていまだ封印され続けている“昭和の和解”。

「君が今、向き合っているのは“皇統統合”ではない。

君が守ろうとしているのは、“この国が長年、直視を避けてきた幻そのもの”なのだ。」


国府は最後にこう言い放つ。

「神谷君。

統合の象徴として、尊陽親王を残したいのであれば、

“君自身の言葉で”国民に問うてみるがいい。

この国が“祈り”を望むのか、“制度”を望むのか。

それを決めるのは、もう官僚でも、宮内庁でも、原理派でもない。

……ただの刑事である、君の“声”かもしれん。」

そして、彼は立ち上がった。

「南朝が真実か、虚構か――それを決めるのは、神ではない。“選ぶ者たち”だ。」



幽宮を辞す直前、神谷は尊陽親王と短く言葉を交わす。

神谷「……殿下、いよいよこれは“記憶の戦争”です。

真実を握る者が勝つのではない。語った者が、勝つ。」

親王は微笑んだ。

「ならば、語りましょう。

民の中にある“祈り”を、私たちが名乗りを上げる番です。」


㈡令和7年10月29日 午後7時05分

赤坂・在京キー局本社屋裏手、喫茶「葦月しげつ

店舗奥、控えめな個室に、3人の男が向き合って座っていた。


神谷諒一(警視庁公安部警部補)


井原紘一(京都日日新聞 編集委員)


鳴海浩三(在京民放キー局「TNN」報道局 編集次長)


鳴海は、安っぽいグラスに口をつけながら神谷をじっと見た。

「刑事さん、わざわざこんな裏口みたいな段取りで会いに来るなんて……

よほど“表に出したくないネタ”ってことですか?」

井原が低い声で割って入る。

「鳴海、これは“制度”の話やない。

日本という“物語”の正体が問われてるんや。」


神谷、腹を括る

神谷は、肩書きを明かした上で、自分がこれまで関わってきた一連の事件を時系列で語り出した。


北畠晴臣の不審死と「昭和天皇の親書」


山科における尊陽親王襲撃事件


二階派による「C計画」と「D計画」


原理派と“国家記憶の管理者”たちによる歴史改竄の構造


そして幽宮での、国府勲との邂逅


語り終えたとき、鳴海の顔から笑みは消えていた。

「……もしこの話が事実なら、俺ら報道局の存在意義そのものが問われる話だ。」

神谷は懐から、封筒を出す。

その中には、昭和天皇親書の複写、尊陽親王の**血統証明資料(公文書)、北畠晴臣が残した手帳のコピー、さらに“原理派資金ルートの報告書”**が入っていた。

「これが証拠です。

……私は、警察官として動いてきた。

でも今は、市民のひとりとして、“語られない真実”を国民に届けたいと思っている。」

鳴海はしばし沈黙したのち、背もたれに深く身を預けた。

「……分かったよ、神谷さん。

TNNで特別枠をつくる。夜10時のドキュメント枠だ。

ただし、報じるには条件がある。」

神谷「条件?」

鳴海は眼を細めた。

「尊陽親王ご本人が“生きている”ことを、カメラの前で一言語ってくれるなら、

あとはこっちで命懸けで押す。」

井原が即座に補足する。

「幽宮側とは俺が段取りつける。

あいつ(尊陽)は、黙ってても動くやつやない。

でも、“民の目”がそこにあると分かれば、話は違う。」


神谷は静かに立ち上がり、封筒を鳴海に差し出した。

「これは“情報”じゃない。“祈り”の記録だと思って扱ってください。

我々が向き合っているのは、法の網でも制度の継ぎ目でもない。

“忘れられようとしている物語”そのものです。」

鳴海は、頷いた。

「了解。“次の歴史”は、まずカメラの前から始まる。」



㈢令和7年11月2日 午後2時12分

東京都千代田区麴町・新日本テレビ(TNN)第3スタジオ 控室

秋の午後の光が窓に差し込み、控室の空気は張り詰めていた。

神谷警部補は、黒いスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めたまま、番組収録台本の最終校正に目を走らせていた。

机の上には:

番組タイトル:「特別報道:祈りの系譜 ― 見えざる皇統と“統合”の真実」


台本の構成:冒頭で神谷の証言 → 尊陽親王の声明 → 映像資料・昭和天皇の親書朗読 → スタジオ討論


映像ディレクター、照明、サブキャスター、報道局次長・鳴海の名前


神谷は時折、無意識に腕時計を見る。

「……13時45分着のはずだった。いま、もう30分遅れか。」



㈣「尊陽殿は、明朝9時に甲斐を出立、午後1時半過ぎには局に到着される予定です。

夕刻からの撮影に向け、昼過ぎにはリハーサルも可能とのこと。

……なお、当夜のご会食についても、親王殿下は“楽しみにされている”と。」

神谷は、赤坂の老舗料亭「三田川」に個室を押さえていた。

「ようやく、これまでのすべてを終えた後の“安堵の杯”が交わせる――

そう思っていたのに……」


午後3時17分

● 連絡なし

●甲府側の連絡もつかない

●幽宮側近・安藤侍従(携帯)に発信 → 留守電へ

●園部美沙(神谷の部下)もTNN内で応答を待機していたが、不安の色が濃くなる

園部「……おかしいですね。列車事故、渋滞、空路の乱れも報道には出ていません」

神谷「確認されてるはずのルートが、まるごと“見えない”のは初めてだ。……これはただの遅延じゃない」


午後3時58分

● TNN編集次長・鳴海が控室に飛び込む。

鳴海「神谷さん、変な情報が飛び交ってる。

“甲斐駒ヶ岳周辺で山崩れ、避難勧告”って速報が今、地域局で出た。

ただの地滑りみたいに報じられてるけど、これ――絶対おかしい」

神谷の顔色が変わる。

「偶然……じゃない。親王の移動予定ルートそのものじゃないか、それ」


午後4時26分

● 新たな速報:

「山梨県北杜市、大規模通信障害発生中。携帯、インターネット共に不通」

(→親王一行の位置情報すべて遮断)

神谷、すぐさま内閣情報調査室へ連絡。

神谷「内調、神谷だ。“K07-赤目”という暗号に何か心当たりはあるか?」

沈黙のあと、内調の担当官は重い声で答えた。

「……その名は、本来“封印指定”です。

“K07-赤目”は、かつて国府勲が用いた国家非常時対処の“影の管制コード”。

指令対象:儀礼高位関係者の一時的“消去”。

移動、記録、存在そのものの公的遮断――それが“赤目”です。」

神谷、凍りつく。

「まさか……親王が、“いまこの国から削除されようとしている”……?」


夕刻、TNN報道センター

照明が落とされたままの第3スタジオ。

そこに座った神谷の横で、誰かがそっと語った。

それは井原紘一だった。

「神谷……また“背後”が動いたな。

やっぱり、“語らせたくない何か”が、まだ生きとる」

神谷は静かに立ち上がった。

「……もう、“語らせる”のじゃ足りない。

今度は、“連れてくる”しかないな。」


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