第八話 C計画
時刻:令和7年10月25日 午前6時22分
場所:新宿区・早朝の報道各社編集部
「速報」――その一報が、全社の速報チャンネルに一斉に流れた。
《尊陽親王殿下、山梨県内にて自動車事故死か/関係筋》
宮内庁関係筋によれば、御春内親王とのご婚約が報じられた尊陽親王が、24日深夜、山梨県内で事故死したとの未確認情報。
現地に警察車両が多数展開中。
詳細は確認中。
[出所:共通通信社、神皇会系オンライン媒体「國華時報」]
SNSは即座に騒然となった。
「え、事故!?ウソだろ」
「これ絶対おかしい、結婚発表されたばっかだぞ」
「何かが仕組まれてる……!」
政府広報室は午前7時半、「報道内容に誤認の可能性あり」との“弱い否定”を発表。
だが、肝心の宮内庁は一切の公式声明を出さなかった。
《二階派による“C計画”の全貌》
原理派による計画は、二段構えで実行されていた。
◆ 第一段階:尊陽親王の“死”を作り出す
山梨県内の私道で、ナンバープレートを偽装した車両を横転させ、車内には「身元不詳の若い男性遺体」を意図的に焼死体で残す
同時に、宮内庁内の協力者から“尊陽親王殿下事故死”の虚偽情報を複数の報道機関へ流す
ネット世論の混乱を利用し、「皇統の混乱」を世論疲労させる
◆ 第二段階:“南朝皇統そのものがGHQのでっち上げ”との情報リーク
某保守論壇誌に、GHQ民政局の架空資料を「発掘」したとする匿名論文を掲載
内容は「楠木荘司はGHQの協力者であり、南朝皇統の再建は“アメリカの情報工作だった”」という、荒唐無稽ながら印象操作に長けたもの
「“南朝”自体が戦後に作られた幻ならば、親王の血統も正統たり得ない。
そう思わせれば、世論は統合を拒む」――
二階栄之進の読みは、巧妙だった。
《神谷警部補、動く》
山梨・幽宮にて、「死亡報道」が駆け巡る数時間前――
神谷警部補は、尊陽親王とともに寺院奥の会議室にいた。
神谷「……来ました。“計画C”。想定どおり、遺体をでっち上げて“あなたの死”を報じてきました。」
尊陽親王は、驚く様子もなく静かに応じた。
尊陽「見えぬところで死を語られる。それは、我らの祖たちが辿った道でもあります。」
神谷は頷いた。
「ここからが勝負です。
奴らは、“あなたの存在を疑わせる”ことが目的です。
ならば、生きているあなたが、“言葉で”返す必要があります。」
《緊急映像収録 ― “尊陽親王・生存声明”》
神谷の提案で、寺院の一室にて、尊陽親王は10分間の映像メッセージを収録した。
機材は公安監視班から回収した高解像度カメラ。
編集は一切せず、冒頭で神谷が氏名と肩書を名乗り、「公安の支援のもと、現時点での事実を記録する」と述べる。
その中で尊陽親王は、静かにこう語った。
「……報道では、私は亡き者として語られているようです。
しかし、私は生きております。
そして、語ります。
私の系譜が偽りであるという主張に対して。
それが、戦後工作であるという“捏造”に対して。
それらは、事実の中に一つも根拠を持ちません。
南北朝の分裂は、悲劇でした。
その分断を今一度繋ぎ直すことが、私と御春内親王の“祈り”であります。
天皇とは、制度ではなく“祈りの継承”であると信じております。」
《映像公開――ネットに反撃の火が走る》
神谷の部下・園部美沙は、映像をインテリジェンス・チャンネル経由で複数の独立系メディアに同時配信。
わずか30分で、再生数は200万を超え、
ハッシュタグ #尊陽親王は生きている が日本のトレンド1位に。
《報道機関の反応、二階陣営の動揺》
● NHKは報道方針を急転、「“親王死亡”報道は誤報」と訂正。
● 二階の側近、神皇会幹部の一部がSNS上で動画を“合成だ”と主張するが、即座に顔認証と音声一致で反証される。
● 政府内でも宮内庁と内閣府の間で激しい非公式協議が始まり、**“婚約はもはや国家的意思決定事項に等しい”**との声が上がり始める。
事件を収束させた夜、神谷は自分のメモに一行だけ書き足した。
【記録:C計画、未遂に終わる】
……ただし、戦いはまだ終わらず。
記憶と真実を繋ぐ者として、俺は“影の捜査官”であり続ける。