第七話 神谷諒一
令和7年10月20日 午前5時41分
新宿駅・中央線
霧がかったホームに、発車間近の松本行き「あずさ3号」が音もなく待機していた。
公安部警部補・神谷諒一は、部下の園部美沙を伴い、車両8号車のデッキ前に立っていた。
神谷の手に持たれた黒いバッグには、公安機密文書の写しと、北畠晴臣が所持していた「昭和天皇の親書」のコピーが入っていた。
この一冊が、彼らを“国家の外”へ導こうとしていた。
《京都・幽宮への道》
午前9時半、甲府駅で井原紘一と合流した神谷たちは、タクシーを拾って、甲斐駒ヶ岳の山麓へ。
最後は、地元の修験者に案内されて、熊笹と苔むした山道を徒歩で上る。
「昔の朝廷は、都から遠く離れた場所に“もう一つの鏡”を置いたんや」
と井原が呟いた。
山霧を割るように、静かに現れたのは、石造りの低い御門と、白木の鳥居。
その奥、木々の間から現れたのが、“影の皇統”の中枢――**幽宮**であった。
《初対面:神谷 vs 尊陽親王》
御所奥の、漆喰の書院に通された神谷は、墨の香のする静寂の中で、目の前の人物と向き合った。
そこにいたのは、黒衣に白袴を纏った青年――尊陽親王(26)。
眼差しは柔らかく、だが、どこか深い憂いと覚悟を湛えていた。
井原が深く頭を下げた。
「殿下、この者が神谷諒一。警視庁公安部、元京都府警にて北畠晴臣とも面識があります。」
親王はゆっくりと立ち上がり、神谷に礼を返した。
「ようこそお越しくださいました、神谷殿。
晴臣のこと、深く感謝申し上げます。」
神谷は帽子を取り、直立したまま名乗った。
「警視庁公安部、神谷と申します。本来は、あなたとこうして言葉を交わす立場にはございません。
ですが……今、東京で起きていることは、ただの“治安案件”ではない。
貴殿の命が狙われ、歴史が塗り替えられようとしている。
これは、法を超えた“祈り”の領域に踏み込むかもしれません。」
《尊陽親王、静かなる応答》
尊陽は、神谷の前に一冊の文書を差し出した。
それは、かつて昭和天皇から祖父・光仁天皇へと送られた直筆の親書原本だった。
「この書は、かつての“戦後の和解”です。
我らは、これを掲げて国を変えようとは思わない。
ただ、もしも私の存在が、再び“日本という祈り”を繋ぐのであれば……
その危機の最前線にいる貴殿と、言葉を交わす価値はあると考えました。」
神谷の応答(内心含む)
「……あの日、晴臣さんが駅の階段から落ちたと聞いた時、
俺は、これが単なる“政治の事件”じゃないことを悟ったんです。
昭和天皇の親書、原理派の動き、C計画。
いま、“皇統”を守ることが、“この国の記憶”を守ることと直結している。」
「俺は警察官です。思想も血統も関係ない。
けど今は、あなたの命に国家の“過去と未来”がかかっている。
…守らせてください、尊陽殿下。これは命令じゃない。俺個人の祈りです。」
《親王の言葉》
「では、神谷殿。
貴殿は、**“祈りの護衛”**となってくださいますか?
我が身に何があろうとも、次に来る時代が“和の記憶”を失わぬように。」
神谷は、わずかに頷いた。
「……その覚悟で、ここまで来ました。」