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剽窃の皇位  作者: 56号
第一章 蒼穹の月
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第五話 山科事変


令和7年10月16日 夜――京都市山科区 某旧寺院宿坊

ご成婚報道からわずか6日後。

尊陽親王は、御春内親王との今後の宗教儀礼的準備のため、京都・山科の山中にある旧寺院に一時滞在していた。

ここは南朝の末期、後亀山天皇が密かに身を隠したともされる伝承が残る土地で、親王は修験道と古神道の精神的研鑽の場として、少年期にも何度か滞在していた場所だった。

その夜――

午後10時22分、山門の外で爆竹のような破裂音が響いた。

護衛を務めていた警視庁皇族警護班(SP)の一名が、山門から飛び出した直後、背後から放たれた閃光弾により視界を失う。

直後に寺の庫裏へ4名の黒装束の男たちが侵入。

標的は明確だった――尊陽親王の居室。


《親王、難を逃れる》

だが、親王はその10分前、たまたま寺の背後にある庭の灯籠の傍で、僧侶と語り合っていた。

護衛が「危険です、庫裏へ戻ってください!」と駆け寄ると同時に、遠くで発砲音。

標的を外された襲撃者たちは、即座に引き上げ、暗闇へと消えた。

現場には、“菊花を逆さに燃やす意匠”を刻んだ短刀が1本残されていた。

それは、旧南朝原理派内部でのみ伝承されていた「御霊刃ごりょうじん」の複製とみられ、**“皇統汚染に抗う者の誓い”**を意味する。


《政府・警察・宮内庁の対応》

事件は未明に発表されたが、宮内庁は「宗教的儀式の際の小規模な騒動」として事実を矮小化。

だが、翌朝の内部通達ではこう記されていた:

《本件は、特定思想団体による“準テロ行為”の可能性が極めて高い。

尊陽親王殿下は無傷でご無事。今後の行幸行事は当面中止。

情報統制を最優先とし、報道への接触を避けること。》


《原理派内部 ― 二階栄之進の冷酷》

山科事変の翌朝、都内の“桜十字会”本部にて。

襲撃を指揮していたとされる二階の側近・伊勢信延は言った。

「あの夜、我々の手は届きませんでした。」

老いた二階は目を細め、静かに嗤った。

「良い。死なせる必要はない。

……“聖なる血”が、自ら混ざり合う愚を演じる様こそが、我らの正義を照らすのだ。

これは“清め”の儀。次は、もっと多くの目に焼き付けさせねばならぬ。」

そして、新たな計画――「計画C:崩御の幻」が立案されることになる。


《尊陽親王、幽宮への帰還》

事件後、親王は厳重な警護下で甲斐駒ヶ岳の幽宮へ戻る。

光仁天皇はその姿を見て、こう言った。

「襲われるということは、存在を“認められた”証だ。

ただし、彼らは恐れているのだ。

和合が、分断の宗教を終わらせてしまうことを。」

尊陽は、数日後、近しい者にだけこう語った。

「私は逃げません。

私の命が“統合”の象徴であるならば、

その傷さえも、この国の未来に刻まれることを恐れません。」



東京・霞が関 警視庁公安部庁舎6階

令和7年10月17日 午後9時14分

神谷警部補は、山科での襲撃事件を受け、3日目となる連日の会議を終え、疲労困憊のままデスクに戻っていた。

警備記録、鑑識報告、公安の非公開資料。

テーブルの上には事件の“闇”が何層にも積み上がっている。

「この襲撃……動きが速すぎる。警備情報が漏れてたとしか思えん。」

そう呟いた瞬間、傍らに置いたスマートフォンが振動を始めた。

神谷は咄嗟に警戒する。こんな時間に直通にかけてくるのは、内部か、あるいは――。

「神谷だ。」

「……久しぶりだな、神谷君。京都日日新聞、井原だ。」

かすれた関西弁混じりの声。

かつて京都府警に出向していた頃に知り合った老記者、**井原紘一いはら こういち**だった。

筋金入りの現場記者。だが、今はデスクとして、時に“表に出せぬ情報”を裏から漏らす人物でもある。


《会話:新聞記者 vs 公安刑事》

神谷「……なんの用だ、井原さん。いまはお互い忙しいはずだろう?」

井原「忙しいからこそ、話すんや。……昨日の“山科”の件や。」

神谷「……!」

井原「おたく、“逆菊”の刃の意味、分かっとるやろ? あれ、“あの連中”や。今も息しとる。」

神谷「確認中だ。裏はまだ取れていない。」

井原「せやけどな、ワシのところに……とんでもない写真が届いた。

しかも添付文書には“計画Cは進行中”って書いてあったんや。」

神谷「計画C……?」

井原「二階栄之進の直系の資金団体と繋がってる、旧右派系のNPO団体から流れたらしい。

名前は“神皇会”……聞いたことあるやろ。」

神谷は即座に、手元のメモを手繰った。

確かに、昨年から公安監視対象となっていた宗教色の強い団体名である。

井原「“尊陽親王は影の偽皇統。混血を正統とすれば、血は呪われる”――そんな文面や。」

沈黙。

電話機の向こう、息を飲む音が続く。

神谷「……親王の暗殺は“序章”ってことか。

連中、今度は“見せしめ”を仕掛けるつもりか。」

井原「恐らく“死んだように見せる”んや。

そやから、次は“親王の死亡報道”を捏造する準備が進んどる。」

神谷「……偽の遺体か。報道誘導か。まさか遺族に成り済ますか……!」

井原「おたくら、上は動いてるか?」

神谷「上層は“皇室案件”に腰が引けてる。宮内庁とも情報共有が進まん。」

井原「なら、もう一人、藤代議員に伝えたほうがええ。あの人は、引かんやろ。」


井原「神谷君。歴史はな、黙ってたら簡単に塗り替えられるんや。

あんたは正しいと思う方に、立たなあかんで。」

神谷「……分かってる。恩に着る。」


電話機を置いた神谷は、ただちに内部回線で「対極機密対応室」へ連絡を入れた。

机の上、事件資料の一角に赤マジックで記した三文字が浮かぶ。

【C計画】

それは、戦後の影が令和を呑み込もうとする、第二の“血の分断”の号砲だった。

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