第七話 隠された皇子
(一)令和7年11月7日 午後4時02分/警察庁 地下第七資料室
「これを見てください。」
神谷警部補の前に、公安の古参情報官・梶井が一枚の古びたモノクロ写真を差し出した。
写っていたのは、1960年代の北九州――空襲で荒れた空き地に腰を下ろす少年と、その傍らに立つ、顔の一部を隠した男。
「右の子ども……これが“有本司”の原型だと考えられます。」
神谷の目が細くなった。
「……ありえない。戸籍上、有本司は昭和37年、鹿児島県鹿屋市生まれ。
だが、この少年の服装と背景の様子は――終戦直後、昭和20年代のものだ。」
「はい。実際、これと一致する戸籍記録が見つかっています。
“田所順一”――昭和20年、八幡空襲で死亡しています。
有本司は、この“死者の戸籍”を金で買い、戦後の混乱に紛れて、密かに“田所順一”として生き始めた。」
神谷の背に、冷たいものが流れた。
「つまり……有本司は――北朝鮮から密入国した“なりすまし”だったというのか?」
梶井が頷く。
「正確には、戦後の脱北孤児。
日本への潜入後、かつての“在日残置諜報網”と接触し、以後長年にわたり“日本国家の中枢に入り込む計画”の先鋒を担っていたようです。
彼の目的は――」
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午後5時20分/幽宮・御影の間
尊陽親王は、神谷の報告を受けた後もしばらく口を開かなかった。
「……ならば、“C計画”の目的とは、皇統の改ざんなどではなく、
もっと深い、“民族の破壊”だったのか……」
神谷が静かに補足した。
「はい。彼は、日本の歴史や血統そのものを憎んでいます。
自らが“除外された者”であるという恨みと、それに加え、
『天皇制こそが日本という幻想を維持している病巣』と語った記録もあります。」
「……それを破壊することで、自身の生い立ちに報いようと?」
「そして、それを証明する鍵が――あの写真です。」
神谷は続ける。
「有本は、近年執拗に“ある写真”を探し回っていました。
野々村の遺品からも、そのネガフィルムが確認されています。
そこには、有本少年が“朝鮮人民軍の少年団”として活動していた姿と、
かつての秘密工作員“崔仁国”とされる人物とともに写っている。」
「……それが世に出れば、彼の正体は一発で崩れる。」
「はい。そして、彼はその写真を“北畠晴臣”が持っていたと考えていた。」
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(二)午後6時10分/都内・某古書店跡地 地下室(故・北畠の私室)
特殊班が北畠の遺した金庫を強制開錠し、その中から数枚のフィルムと手書きの書簡が発見された。
「この国を蝕む影がいる。
“天皇の血”が狙われている。
そしてその首魁は、すでに“内閣の奥”にいる。」
書簡の差出人は、野々村崇宏――
彼はすべてを知っていた。そして、尊陽親王だけに託した。
映像記録の最終ファイル、開示条件を満たしたとき、モニターに彼の声が流れる。
「尊。
もし、これを聞いているなら――有本を信じるな。
彼は、俺たちの国そのものに復讐を誓って生きてきた。
そして、お前を“血の神話”ごと焼き払う気だ。
だが、まだ終わってない。
有本には、もう一つ――“次の後継者”がいる。」
「……後継者?」
その言葉を最後に、ファイルは静かに閉じられた。