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剽窃の皇位  作者: 56号
第二章 南北朝
13/16

第四話 仕掛けられた盾


㈠令和7年11月5日 午前1時35分

警視庁外事二課・非公開作戦資料室

(※庁舎地下・部外秘記録保管区画)

ひとけのない深夜の庁舎。

稲垣正勝は、防犯カメラの死角を選び、非公式データ保管室に一人でいた。

端末を操作し、モニタに浮かび上がったファイル群。

ファイル名:


【K07_備考:井原・冤死対応予測】


【TNN特番封殺予定リスト(×取消)】


【神谷ルート:非合法保護指令No.6】


【灰帯行動経路記録(複写済)】


稲垣は、うっすらと目を閉じ、低く呟いた。

「……これ以上、お前に死なれてたまるか、神谷。

あの亡霊どもには、もう一人も奪わせん」


過去の独白:稲垣の記憶

かつての若き日――平成中期。

稲垣は、京都府警から警察庁に出向していた公安若手官僚だった。

当時の記者クラブ担当で親しかったのが――井原紘一である。

「お前、国家ってやつに魂を喰われんなよ、稲垣」

「“真実を知って、それでも黙る奴”の目は濁る。

お前は、まだ透明や。なら、踏み込め。人の領分を」

井原の言葉は、今も稲垣の心に重く残っている。

だからこそ、彼は“二重の命令”を用意していた。


ひとつは、神谷を「公安組織の公式任務」から外すことで、灰帯や内調による“合法的な排除理由”を奪う。


もうひとつは、神谷個人への実力行使を禁じる“曖昧な指示”を出し、行動の縛りをかけた。


・TNN特番の強制停止工作を敢えて行わず、実際はTNNの報道を黙認。


・井原のデータ複製を極秘裏に入手し、別回線で検察庁にリーク。




㈡幽宮へ向かう途中、神谷は園部から一通の封書を受け取る。

それはTNNの鳴海経由で渡された、井原の死の2日前、稲垣からの私信だった。


神谷へ

「君に命令を出したのは、君を“国家の外”に逃がすためだ。

国家の中にいる限り、国家の命令を拒否する自由はない。

だが、“公安官を外れた者”ならば、物語を終わらせられる。

君は“記録者”ではない。

君は“語る者”だ。

どうか、井原の声を継いでくれ。

国家が選ばなかったもう一つの血の系譜を、

人々の思いを救ってくれ。

稲垣正勝」


神谷は、唇を噛んだ。

「……あんたは、あんただったか……

最後の最後まで、あんたは、警察官だったんだな」


稲垣の“最後の手”

稲垣はその夜、庁舎屋上の通信塔に自ら登り、

一切の命令系統から外れたルートで――

「光仁天皇 側近 安藤宛」へ暗号通信を送信する。

文面はわずかに一行だけ:

『神谷は動く。彼に“門”を開けよ』


令和7年11月6日 午前4時12分

警視庁地下通信棟・旧通話制御室

誰にも気づかれぬまま、稲垣正勝は古びた制御室の奥で、

最後の通信を終え、ゆっくりと外套を脱いだ。

ポケットの中には、

・昭和天皇の親書の複写

・光仁天皇系統の血統診断資料

・親王の生存を示す記録ログ

それを丁寧に封筒に収め、「神谷諒一 殿」と書かれた宛名を添える。

その直後、扉の外に足音が響いた。

内閣情報調査室・第六室、通称**“内調特機班”**。

「記録を消すことを任務とする存在」たち。

銃声は響かなかった。

ただ、制御室の扉が開けられたとき、

稲垣は椅子に座ったまま、胸を突き刺された状態で息絶えていた。

抵抗の跡もない――彼は「死ぬこと」を選んだのだ。


ニュース速報

その日の午後。TNNやNHKは報道しなかったが、

小さなインディペンデント系ニュースサイト「CLN(市民放送ネット)」が一報を打った。

《警察庁幹部、不審死か》

元・警視庁外事二課長 稲垣正勝氏が、庁舎内にて死亡。

詳細不明ながら、警視庁は「内部処理中」との回答。

SNSでは即座に「#稲垣氏の死を調査せよ」が拡散。

だが、同時にもう一つの名前が急浮上した。



与党・共和連合幹事長 有本司――この男が動いたとき、何かが消える。



㈢令和7年11月6日 午後8時15分

衆議院議員会館・共和連合本部ビル 最上階 秘密会議室

有本司。齢74歳。政界では“昏き帝王”とも呼ばれる、与党共和連合の大幹部。

元・内閣調査室局長出身、公安警察と外事情報網に独自のパイプを持ち、

今や内閣官房長官以上の影響力を持つ男。

彼の前に報告書を差し出したのは、

あの“灰帯部隊”の責任者・北森参事官だった。

有本「……で、稲垣は、処理したと」

北森「自決でした。念のため情報流出は抑えております」

有本「そうか。やはり稲垣は“育ちすぎた”か。

官僚は、思考する前に服従せねばならんのだ」

有本はふと窓の外を見ながら、言った。

有本「尊陽親王? 御春内親王? そんなものは“幻想”だ。

天皇とは、我々が必要としたときだけ存在すればよい。

“正統”がこの国を救うことはない。“統制”が国を守るんだ」


伏線としての“C計画”再起動

机上には、極秘資料ファイルが開かれていた。

・ 極秘特別行動案「C計画・改訂型」

・親王消去と北朝系皇統固定化(象徴的統合儀式)

・内親王との婚姻演出による南朝系吸収

・選定済“代行者”による統合天皇擁立(2026年春儀式予定)


神谷の胸に届く最後の伝言

その夜、神谷は井原の残した録音とは別の、

もう一つの**“稲垣の肉声”**が保存された端末を開封した。

録音は震えるような声から始まった。

「……神谷。

君は“正義”の人間じゃない。ただ、“逃げない人間”だ。

それだけで十分だ。

どうか、あの子たちを、守ってくれ。

死ぬことでしか止められないものがある。

君は、生きて伝えてくれ――

……願わくば、この国が“過去”と決別するために」


稲垣正勝――死の真意

神谷の手元に届いた稲垣の手紙。

それには、神谷の知る公安官らしからぬ、“一人の人間”の声が綴られていた。

「私は、この国を守るために公安に入ったが、

守っていたのはいつも“誰かの物語を封じる仕事”だった。

君や井原が信じた“語る自由”は、

私の中で長く、死んだままだった。

だが、井原が死んだ夜――私は初めて気づいたんだ。

語ることは生きることそのものだと。

私にはその権利がない。だから、君に託した。

……私は“国家”に殺されるのではない。

“国家の中で死ぬ”という選択を、自ら選ぶ。

それが、国家に向けた最後の反抗だ」


井原殺害の黒幕とその構造

井原を“消す”ことを決定したのは、

共和連合幹事長・有本司と彼の腹心である内調幹部・鵜飼室長だった。

だがその決定には、ある「外部圧力」が影響していた。

それが、新興宗教団体【創造の翼】である。


宗教団体「創造の翼」について


戦後間もなく創設された、“古代信仰とキリスト教神秘主義の合流”を謳う新宗教。


表向きは「自己啓発・慈善活動」を掲げるが、実態は選民思想を色濃く帯びた政治的宗教団体。


信者数約180万人。


共和連合の「比例得票基盤」として、衆参で計26議席を支える。


現代表・**宰我宗慈さいが そうじ**は、有本と40年来の盟友。


統一王制(神授王権)を信奉し、「南朝系」は**教義上の“穢れ”**とされる。


教団の思惑:


「北朝系皇統の神聖性」を絶対化し、

 その存在を「神の国・日本」の象徴として護持すること


“南朝血統”の登場は「神意への反逆」とされ、これを潰すことは“教義的任務”


井原の報道によって、「神聖なる現皇統の系譜が揺らぐ」ことを恐れ、

 教団幹部から有本へ“排除要請”が出された



㈣有本の決断と稲垣の破壊工作

稲垣は井原殺害の情報を事前に掴んでいた。

だが、「公安外事部長」の立場では止められない。

そのため――

彼は、「あえて神谷を組織から外す」ことで、

神谷に“捜査も介入も許されない自由”を与えたのだ。

そして、

稲垣は「自分が死ぬことで情報リークの動機を強める」と計算し、

あの死を選んだ。

「私が生きていては、君が動けない。

だが私が死ねば、“国家が殺した”という空気が、君を守るだろう」


神谷の確信と次の行動

神谷は幽宮への道を急ぎながら、

園部から送られてきた1枚の内部文書に目を通した。

そこには、驚愕の一節が。

【内部極秘】

宗教法人・創造の翼 本部声明案草稿

「万が一、南朝系の血筋を主張する者が“象徴”の名のもとに

表舞台に現れた場合、我々はこれを“異端の祀り上げ”と認定し、

信徒および国民に対して“真なる王は一系に限る”との大祈祷を執行する」

記載者:宰我宗慈(創造の翼代表)

参照:共和連合幹事長 有本司との協議覚書(添付別紙)

神谷は低く呟いた。

「これはもはや、政治の暴走じゃない。宗教による国家乗っ取りだ」

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