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剽窃の皇位  作者: 56号
第二章 南北朝
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第二話 幽宮へ

午後4時 47 分――

暗いスタジオの片隅で次の一手を考えていた神谷のスマートフォンが震えた。

ディスプレイに表示された発信者名は 「警視庁外事二課 課長 稲垣」。

神谷「……神谷です」

稲垣「――諒一か。いますぐ局から離脱しろ。指揮系統の都合で、君の任務はここで終了だ」

神谷「課長、いま尊陽殿下が行方不明です。『赤目』が発動した可能性が――」

稲垣「重ねて言う。引き上げろ。お前は“統合案件”から正式に外された。これ以上の行動は越権となる。理解したか?」


沈黙。


背後で鳴海次長と井原が息をのむ気配が伝わる。

神谷「……理由をお聞かせ下さい」

稲垣「上層判断だ。親王の安全は“別線”が確保する。君は現場から離れ、ただちに本庁へ戻れ。繰り返す――」

― ぷつっ。

通信が途中で遮断された。

“圏外”ではなく、回線ごと切られた



井原「……外事二課が動くってのは、国家ぐるみの情報戦の証拠や。

連中、“赤目”で親王を封じたまま、今度は神谷をも撤収させる気やで」

神谷は拳を握りしめた。

胸ポケットには、昭和天皇の親書の写しと、尊陽親王から託された小さな勾玉。

それらがまるで、脈打つように重みを増している。

園部が小声で聞いた。「警部補――どうしますか? 本庁に戻れば、すべて没収かもしれません」

神谷はゆっくりと顔を上げ、井原、鳴海、園部を順に見た。

神谷「……命令に“従って停まる”のが警察官。

けれど、“守るべき誰かを置き去りにはできない”のも警察官だ。

俺は後者を選ぶ。―― 非公式ルートで甲斐へ向かう」

鳴海が即座に応じた。

鳴海「機材車を一台出します。報道車両なら検問も抜けやすい。回線も局の衛星リンクを使える」

井原は記者手帳を叩き、笑った。

井原「ほな、ワシは“迷い込んだ古参記者”って建てつけで同行や。

国家が口をつぐんでも、活字は黙らへん」

園部は拳銃携行を申し出たが、神谷は首を振る。

神谷「今回は“祈り”を救いに行く。

撃つより、録るんだ―― 真実を、映像で」


午後5時 25 分、TNN地下搬入口。

白い報道バンのエンジンが唸り、銀座通りの夕焼けへ滑り出す。

後部座席で神谷は短く通信端末に入力した。


To:光仁天皇側近・安藤

Subject:黒影ノ現況

Message:赤目作動。神谷、非公式に移動。至急応答。



送信ボタンを押した瞬間、画面が一瞬暗転し「送信不可」の赤文字。

首都圏の一部回線すら“誰か”に握られている。

神谷(独白)

「回線を塞がれても、道は残る。

物語が語られる限り、“記憶の削除”は完成しない」

バンは高速入口へ加速し、夜の闇へと消えていった。

目指すは、通信が遮断された甲斐駒ヶ岳のふもと――幽宮。



令和7年11月2日 午後6時37分

中央自動車道 上野原インターチェンジ通過

報道バンは法定速度ぎりぎりで走行していた。

周囲はすでに薄闇に包まれ始め、車内に張り詰めた空気が、タイヤの回転音とともに沈黙を強調していた。

運転席に井原、助手席に鳴海。

後部座席には神谷と園部。

そのとき――

鳴海が、助手席のミラーを覗き込みながら低くつぶやいた。

「……おかしい。あのクラウン、上野原入ってからずっと距離変わらねえ」

神谷が素早く身を乗り出し、バックミラー越しに確認する。

そこには、ヘッドライトをぼんやりと抑えた黒のクラウンが、等間隔を保ったままついてきていた。

神谷「……ナンバー、見えるか?」

園部「八王子ナンバー……“練馬302 す ・・48”」

井原「練馬……内調か?いや、自衛警かも」

鳴海「こんな派手に尾行してくるってことは、“バレてもいい”ってやつだ。つまり警告ってこった」

神谷はハンドルを握る井原に指示を出した。

「大月JCTで河口湖線に入れ。甲府市内経由を避けろ。

本線を警戒されてる。たぶん、甲府昭和あたりに関門がある」

井原が頷き、ナビを手動で切り替える。

神谷はすかさず園部に命じる。

「リアカメラ回せ。映像記録が残っていれば、あいつらも手を出しにくくなる」

(園部)「了解、録画開始しました」


《午後6時52分:大月JCT通過》

報道バンが富士吉田方面へ分岐したその瞬間――

バックミラーに映っていたクラウンのヘッドライトが、本線側へ直進していった。

車内に一瞬の静寂。

鳴海「……抜かせた?」

神谷「いや、尾行を入れ替えたな。あれは“表の車”だ。

これからが本番だ」

その直後、サイドミラーに映る銀のヴェルファイアが、車間距離を詰めながら右側へ張り付いてくる。

リアガラスには、警察車両にも似た“何も貼られていないステッカー”


公安の中でも、**“存在しない部隊”とされる監視専従班(通称:灰帯)**の印。


神谷が、胸ポケットからICチップを取り出し、鳴海に手渡した。

「これ、尊陽親王の位置追跡タグ。もしものときはこれを北杜市役所の通信室に持っていってくれ。

俺が潰れても、位置情報だけは渡さないといけない」

鳴海が無言で頷く。


《午後7時13分:河口湖IC出口付近》

銀のヴェルファイアは車間を詰め、明らかに合図を送ってきた。

左のウィンカー。ハイビームの一閃。

それは、「ここで止まれ」という、沈黙の命令。

園部(息を呑みながら)「……どうします?」

神谷「従う理由はない。だが、ここで無理をすれば“実力行使”が来る」

車内に緊張が走る中、井原が意外なことを言った。

井原「……よっしゃ。逃げるのは一回だけの特権や。俺が一芝居打つ。

お前ら、次の交差点で降りて別ルートへ回れ」

神谷「井原さん、それは――」

井原「ワシは老記者や。囮の一つくらいにはなる」

鳴海が、急いでカメラ2台と録音機材を持って助手席から降りる。



神谷がマイクに向けて記録を残す。

「令和七年十一月二日午後七時二十八分、神谷諒一。


現在、幽宮への非公式接近を実施中。

本行動は、尊陽親王の所在確認および、計画“赤目”の実態把握を目的とする」

園部「録音保存、オンライン転送設定完了」

鳴海「この映像が局に届くかはわからねぇ。でも……やるだけやるさ」

神谷は、甲斐駒ヶ岳のシルエットを見上げながら、ひとこと呟いた。


「もう一度、あの宮にたどり着いてみせる。真実を削除させないために」


令和7年11月2日 午後7時32分

山梨県・富士河口湖町 国道139号線沿い某交差点

中央道を降りた報道バンが交差点の赤信号で停車した瞬間、

神谷・園部・鳴海の3人は、一斉に車を降りた。

彼らの姿が夜の農道へと消えるのを確認してから、

運転席の井原は、大きく息を吸い込んだ。

「さて……昭和の残り香、最後の見せ場やな」

彼はハザードを焚き、車をゆっくりと路肩に寄せて停車。

クラウンに続いて現れた銀のヴェルファイアがその数十メートル後方に停車し、

2人の男が降りてくる。

黒いスーツに地味な黒縁眼鏡。

一見、民間人にも見えるが、その目つきと歩調は“職業的沈黙”をまとっていた。

井原は窓を開け、わざとらしく手を振る。

「おーい、兄ちゃんら! 迷ったか? カーナビ古いで、この辺!」

スーツの一人が静かに近寄り、バンの助手席の窓をコンコンと叩く。

「車両点検に協力いただけますか? 報道関係者と聞いています」

(敬語だが、命令に等しい口調)

井原は笑いながら運転席から降り、記者証をぶら下げて応じた。

「TNNの外部契約、京都日日新聞の井原や。なんぞ用か?

まさかこの老いぼれを取り調べるんちゃうやろな?」

黒スーツは記者証を撮影し、しばし無言。

もう一人の男は後方からバンの中を覗き込む。

「同乗者は? 記録では4人とありますが……」

井原は口元を歪め、まるで舞台役者のような抑揚で答えた。

「ふふん。あいつら? さっき富士山見たい言うて、先に降ろしたったわ。

若いもんは映えが好きやねん。

ワシはもう膝が冷えるで、ここでお茶でも買うとこや」


駆け引きの瞬間

黒スーツの目が鋭くなる。

だが、井原は記者らしく喋り続け、相手に“手を出す隙”を与えない。

「なぁ兄ちゃん、君らどこの所属や?

国交省か? それとも都内の公安か?

名乗ってくれんと、ワシら記者もやりにくいんや。

……まさか“名前のない組織”ってやつか?」

男たちは無言のまま。

井原は、カバンから小型のICレコーダーをわざと見せつけるように取り出す。

「さっきから全部録音しとるで。

ワシらTNNは、行政の越権も取材対象やさかいな。

名乗れん組織が報道の自由を妨げるなら、明朝の見出しが“面白うなる”わ」

もう一人の灰帯構成員が、通信端末に向かってなにか打ち込む。

井原が一瞬だけ、その液晶に映る文字を見逃さなかった――

《K07補:分派逃脱中/疑似装→偽車両/本線再展開要》

“偽車両”――つまり自分が囮として認識された。

「……気づいたんか」

彼は一歩バンの前に出て、男たちに語りかけた。

「諸君。君らは“誰のために記憶を消してる”んや?

国のため? 王のため?

ちゃう。君らが守っとるのは“語らせたくない何者か”の幻影やろ」

「ええか、ここから先の時代は、“知っている者”やない。

“語れる者”が世界を変えるんやで」

男たちは返答せず、車に乗り込む。

ヴェルファイアは、スーッとUターンし、違う道へと消えていった。



井原は、バンに戻り、運転席に座りながら録音停止ボタンを押した。

胸ポケットにしまったICレコーダーが微かに震えている。

「神谷……今のうちに、“真実を運べ”や。

ワシの芝居が効いてるうちに――お前は、“物語を完結させる者”になれ」

そして彼は静かに、記録音声を自動クラウドアップロードへ切り替えた。

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