第一話 尊秀王
雪の舞う森に、王の亡骸は静かに横たわっていた。
後の人々は、その地を「金剛の御所」と呼び、王の墓を築いた。
そして今も、毎年二月の朝、川上村ではひとつの儀が執り行われる。
「御朝拝式」――
忘れられた皇統の灯を、絶やさぬようにと。
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長禄元年(1457年)十二月二日――
夜の帳が下り始めた川上の里に、緊張が走った。
「主上、お逃げください! 赤松の者どもが攻めよせてございます!」
山中の仮御所を守る武者が、息を切らしながら報せた。だが、尊秀王は静かに弓を手に取ると、ほの暗い蝋燭の明かりの下に立ち上がった。
「逃げおおせる場所など、この草深き山中にあるものか。……我は、もはや逃げぬ。」
かつて帝の血を引きし者として、再び朝日を戴くその日を夢見て、山林を渡り、谷を越えてきた。だが、南朝再興の灯は、今、風に揺れている。
「自天王よ……」と、侍従の老臣が涙を流した。
王は、微笑みながら言った。
「この命、たとえ尽きようとも、我が血と志は、必ずや後の世に伝わろう。天の下に、忘れられし王道あらば、それを思う者もまた現れん。」
赤松方の軍勢は、山を囲み、火を放ち始めた。
松の香が、冷えた空気の中で立ち上る。
「ここで果てるとも、我が名、我が夢、川の流れに刻まれるべし。」
尊秀王は矢をつがえ、門前に立った。たとえ一矢でも、この志の証とならんと――。
炎が夜を赤く染めるなか、弓の音がひとつ、闇を裂いた。
――それが、王の最後の矢であった。




