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剽窃の皇位  作者: 56号
第一章 蒼穹の月
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第一話 断ち切られた血脈

㈠2025年3月12日、午前7時28分――

通勤ラッシュ前の東京地下鉄・永田町駅。いつものように、官僚や記者たちが駅構内の売店でコーヒーを買い、足早に改札を抜けていく。

そんな中、6番出口付近の階段に黒い人影が倒れていたのを、清掃員が見つけたのは、その時間のちょうど5分前だった。

倒れていたのは一人の中年男性。グレーのウールのコートの襟元は裂け、コンクリートの階段中腹からアスファルトへと滑落した痕跡が、血の筋とともに残されていた。

彼の右手には、革張りの古びた手帳が固く握られており、胸元には金色の菊花章に酷似した紋章が――だが、よく見ると中央の花弁が一枚だけ欠けていた。


「身元、判明しました。北畠晴臣きたばたけ はるおみ、56歳。山梨在住、無職。だが――」

現場に急行した警視庁公安部の神谷警部補が部下の報告に眉をひそめる。

「――この男、2週間前に永田町の某議員の部屋に、3度入ってます。いずれもノーアポ。しかも議員本人が“旧知の者だ”と通している。」

「議員名は?」

「……藤代重憲議員です。」

神谷は小さく息を吐いた。あの藤代。国会で表向きは穏健派だが、裏では保守派内の“異端児”として一部界隈では知らぬ者はいない。彼が動けば、何かある――そう公安では専らの噂だった。

だがこの男――北畠晴臣。表向きは“無職”とされている。だが公安には彼が“南朝皇統の侍従”とされる密儀の使者であるという、非公開のレポートが存在していた。


「これ、現場で見つかった手帳の一部です。」

そう言って、鑑識が手渡したコピーにはこう記されていた。

《尊陽殿の縁談、動く。御春女御の件、成れば皇統和す。古よりの誓、今、結ばれん。》

《ただし、“彼ら”が動いた。青山の影、気配あり。用心せよ。》

「尊陽……? 女御? 皇統……?」神谷が顔を上げた。

「これは……政略婚の話か?」

だが、いったい誰と誰が結ばれようとしていたのか。そして、彼が“誰に”殺されたのか――それとも、これは“自殺”なのか?

今の時点では、すべてが霧の中だった。


その日の昼、永田町周辺はざわめきに包まれた。だが事件は「単なる転落死」としてわずかに報道されただけ。藤代議員の名も、北畠の経歴も、公には一切出なかった。

しかし、事件の報を受けた男が、甲斐駒ヶ岳・幽宮の奥でそっと目を閉じていた。

尊陽親王――南朝第99代、光仁天皇の第一皇子である。

「……晴臣。早すぎたな」

静かに呟いたその声は、深い哀しみと、ある種の覚悟に満ちていた。


この転落死は偶然か、それとも口封じか――

いずれにせよ、水面下で進んでいた“皇統の統一”は、もう後戻りできないところまで来ていた。

そしてその夜、藤代重憲は首相官邸裏の、ある“地下室”に姿を現した。

そこで彼を待っていたのは、元宮内庁長官・古賀巌――もう一人のキープレイヤーであった。

「晴臣が落ちたか……時間がないな、藤代先生。皇統の交差点が、もうすぐ来る。」


㈡昭和21年(1946年) 春――東京・赤坂のとある私邸にて

敗戦から半年、東京は焦土のような静けさに包まれていた。

マッカーサー元帥の指導の下、GHQによる占領政策が本格化する中、極秘裏に一つの動きが進んでいた。

それは、昭和天皇・裕仁の“象徴化”を超えた、事実上の廃位と新天皇擁立計画である。

仕掛けたのは、GHQ民政局(G-2)の一部、マッカーサーに忠誠を誓う特務チーム「マグナカルタ・セクション」。

彼らは天皇制の持つ精神的支配力に深い関心を寄せており、それを**米国主導の価値観に適合させた「新たな天皇像」**として作り替えようとしていた。

だが、そのためには一つの難問があった――

「北朝系の現皇統は、戦争の正統性と一体であった。その象徴たる昭和天皇が存在する限り、日本人は“敗北”を真正面から受け入れない」

「ならば、新たな皇統を打ち立てるしかない。“血”と“信仰”の両方を持つ、別の血脈を――」

そうして白羽の矢が立ったのが、密かに続いていた**南朝系の「影の皇統」**であった。


接触された男:楠木荘司くすのき しょうじ

和歌山の熊野修験道の長老にして、南朝第96代・弘仁天皇の侍従長であった楠木荘司は、後醍醐天皇の忠臣・楠木正成の血筋を引くとされる人物。

公には歴史民俗学者、裏では**「後南朝の遺臣たちの精神的統率者」**として、山間部の社を巡り皇統を守っていた。

彼のもとを訪れたのは、GHQの特殊顧問であるチャールズ・ワーナー中佐。通訳とともに極秘に面会し、荘司にこう提案した。

「日本に真の“平和象徴”を据えるには、天皇の交替が必要だ。貴殿らの“皇太子”を擁立することで、正義の体制を築ける。米国は支援を惜しまない。」

荘司は数秒黙し、やがてこう言った。

「――貴殿らにとって、“象徴”とは何だ?」

ワーナーは答えられなかった。

荘司は言う。

「我らが守る皇統は、信仰と魂の連なりだ。力や制度ではなく、“連なる血”に、祈りと意味が宿る。それを利用しようとするならば、そなたらの企みは、終ぞ成就せぬ。」


この“天皇交替計画”は、3ヶ月後、GHQ内部の意見対立と、マッカーサーが天皇制維持に傾いたことにより、闇に葬られた。

しかし、その直前――南朝系の「皇太子」(当時19歳)が、熊野本宮から姿を消した。

「影の天皇の継承は、見えぬ場所で行われねばならぬ」

楠木荘司は、そう遺言のように語ったとされる。



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