【9.最終話】
そのとき、
「兄上!」
という声がして、クレイトンが息を切らせて入ってきた。
「クレイトン! なぜここに」
スターリングが驚いてクレイトンを見つめると、クレイトンは怒りを湛えた目で兄を睨んだ。
「兄上、アイリーン様から離れて!」
スターリングはクレイトンの勢いに少したじたじとなったが、
「アイリーンの味方か。おまえには良い縁談なのか? よかったな。じゃあ、せいぜい幸せになれよ」
と負け惜しみのように言った。
クレイトンは大真面目に頷いた。
「なりますとも。僕は兄上とは違う。神事の結婚に同意する以上、僕はアイリーン様を裏切らない」
それを聞くと癇に障ったのか、スターリングは目を吊り上げた。
「操り人形だな。家や神殿のいいなりなのか、おまえは」
しかしクレイトンはそんな煽りには釣られなかった。
「それでいいです。アイリーン様となら僕は良い夫婦になれると思っていますから」
「こんな自分のない女のどこがいいんだ?」
「アイリーン様は美しいですよ。自分だってちゃんと持っています。今回、ウィリアムのこともエリーゼのことも兄上のことも、全部明らかにすると決めたのはアイリーン様です。見て見ぬふりもできたはずなのに」
「まさか。全部おまえが教えたのか? おまえは知っていて知らない振りをしていたのか? なぜ知っていたんだ!」
「それにはお答えしませんけども」
冷静に突っぱねたクレイトンをスターリングは睨んだ。
「おまえが主犯か」
「主犯という不名誉な言い方はやめて下さい。僕はアイリーン様を放っておけなくなっただけです」
クレイトンがそう答えるので、スターリングは鼻で笑った。
「放っておけなくなった? アイリーンを気に入ったのか。なるほどね。じゃあ二人は夫婦になればいいよ、神殿の加護のもと。お似合いさ。よかったじゃないか。おまえはいつも私の後ろで霞んでたから、たいして女にもモテたことがないだろう? アイリーンなんかで満足できるなら、添い遂げたらいいさ」
「満足できます。それより兄上、あまりアイリーン様を侮辱するような言い方はやめてもらえませんか」
クレイトンは呆れたようにため息をつき、それから無器用でまっすぐな眼差しをアイリーンに向けた。
「アイリーン様。きっかけはどうであろうと、その後二人でどう分かち合っていくのかが大事だと思っています。こんな形で急に降って湧いた縁談ですが、私はあなたにちゃんと向き合います。愛情だってきっと生まれてくるだろうと思うのです。ですから、受け入れてくださいませんか」
アイリーンは真摯なクレイトンの目を見て、拒否する理由はないように思えた。
「ええ。スターリングよりよっぽど信頼できます。あなたなら、政略結婚も政略じゃなく思えるかもしれませんわね」
それを聞くと、スターリングは不愉快そうにアイリーンから離れ、何も言わずに大股で部屋を出て行った。
これが最後の別れだと一瞬アイリーンは思ったが、不思議なことにたいした感慨は湧いてこなかった。
スターリングの後姿を見送って、アイリーンは呟く。
「これでよかったの? クレイトン」
「アイリーン様こそ。兄上と婚約破棄ということになってしまって」
クレイトンは少し申し訳なさそうに言った。
「それはいいの。むしろお礼を言わなきゃ。全部本当のことを教えてくれてありがとう」
アイリーンの目が潤んでいたので、クレイトンは胸がずきっと痛むような感じがして、躊躇いがちに答えた。
「あのときは迷いましたよ、あなたに言うべきかどうか。何も知らなければそれはそれで幸せかとも思っていたので。兄の名誉も、バルドーニ公爵家の名も守られるし……。まあ、僕の気持ちもあって全部お伝えすることにしたんですが」
「いいんです。騙されていたのは気分が良くないもの」
「そうなら僕も救われますけど」
「でもずっと知ってたんですか? スターリングとエリーゼの関係」
そうアイリーンが真っすぐに聞くので、クレイトンは隠していたことに罪悪感を感じ一瞬尻込みしたが、俯きがちに正直に答えた。
「まあ……。そうですね。家族なので、兄が何か企んでるなってことくらいは……。まさか実行するなんて思ってなくてびっくりしましたけど……」
「ホーランド伯爵家の方は?」
「兄の恋人エリーゼの結婚相手ということで、何となく胡散臭さを感じて僕が自分で調べていました。さすがにあんな事情を知ってしまったときは僕も戸惑いましたけど。でも、従兄とはいえ、兄の影でしかない僕にはウィリアムに指摘する権限はないような気がしてました。だから黙っているつもりだったのですが」
クレイトンはそう言ってから、
「あ、でも、伯父上があんなに暴力的な人だということは、昨日初めて知りました」
と付け加えた。
「でも近い親戚に悪評が立つのはやっぱり心配なのでは……?」
アイリーンがおずおずと聞くと、
「ああ、それはいいです。ほら、子どもの頃からあんまりいい関係ではありませんでしたから」
と、クレイトンは苦笑した。
会話が途切れ、二人はしばらく黙ってお互いを見つめていたが、やがてアイリーンが何か覚悟したらしく聞きにくいことを口にした。
「あの……。えっと、さっき言ったことは本当? あの、スターリングの代わりに次期当主になるのはいいと思うんだけど、その……私との婚約のこと……。スターリングの代わりとして私を押し付けられて、内心辟易してるとか、ない?」
すると、クレイトンはハッと真面目な目をして、
「そんなことはありません! 僕と婚約してもらえるなら、僕は一生あなたを大事にします! ……僕はずっと兄上のスペアでした。立場が弱く自分に自信が持てませんでした。でも……。あなたが僕でいいと言ってくれるなら、僕はあなたに相応しい人になります! ……兄上へのあなたの誠実な態度は見てきたつもりです。あなたのことは信頼できます……! 僕たちはこれからだけど、うまくやっていけると思っています」
とゆっくりと、途切れ途切れになりながら、それでもアイリーンに気持ちを伝えようと一生懸命言った。
アイリーンは心からほっとした。ふにゃふにゃと体の緊張が解ける気がした。
「そう、ならよかったです。でも、もう裏切られるとか嫌なので……」
「こんな騒ぎのあと、さらに僕まで問題起こそうなんて思いませんよ!」
クレイトンはおどけるように、しかし力強く言った。
そしてアイリーンに、遠慮がちに手を差し伸べた。
「あの、指のサイズとか……聞いてもいいですか」
「え?」
「指輪、プレゼントしたいので」
「え! いいんですか? それは嬉しいかも……」
照れたように手を差しだすアイリーン。
クレイトンはアイリーンの指に触れた後、そっとアイリーンを引き寄せて肩を抱こうとした。
ぎこちなくて女慣れしていない様子が感じられたが、今のアイリーンにはその方がよっぽど安心できた。
アイリーンはほっとした表情でクレイトンの肩に頭を預け、これからの未来に期待するようにそっと目を閉じた。
※※※
そのアイリーンの髪を撫でながら、クレイトンはバレないようにニヤリと笑った。
全てうまくいった、兄が手にするはずだったものは今は自分のものだ。
兄の企みにピンときたとき、これは使えると思った。
しかるべきところで暴露してやる、そうすれば兄は終わりだ。
兄が失脚すれば、兄が手に入れる予定だったものは、きっとスペアの自分のところに転がり込んでくるはずだ。
だからクレイトンはとにかく情報を収集した。そうしたら、兄とエリーゼもめちゃめちゃだったが、ウィリアムやホーランド伯爵夫婦の背景までグダグダなことを知った。
クレイトンは面白いと思った。自分を軽んじたホーランド伯爵家もついでに失墜できる。
しばらく何も気づかないフリをしていたクレイトンだったが、兄にウィリアムとエリーゼの縁談の件を頼まれたとき、しめしめと思った。
そして同行者はアイリーンとなったとき、内心ほくそ笑んだ。兄の悪行を暴露する絶好の相手ではないか!
クレイトンは頭を捻った。どのタイミングで真実を暴露していくか――。
最初は冷静に問題に対応するように見せかける。そしてアイリーンに味方するように見せかけて、絶妙なところでアイリーンにこっそり教えるのだ。自分が暴露したがっていたことを決して悟られないように!
そうしたら、あとはアイリーンが正義の鉄槌を下すだろう。自分は見ているだけでいい。兄は失脚し、自分は兄の立場が手に入る。――そういう筋書き。
兄は知るまい。
生まれたときから全てを約束されていた兄だ。何も持たざる弟がどんなに惨めか。発言すらままならない弟がどんな気持ちで同じ屋敷で暮らしていたか。
次期当主。世間に神殿に認められた結婚。それに愛人まで確保する気だった?
それを弟がどんな気持ちで見ていたと思う?
何もない自分は全てに憧れていた。
そして手に入れた。これは心から欲しかったもの。絶対に手放さない。
次期当主の座、そしてそれに付随する婚約者。
愛だって? 愛すに決まってる!
女性たちは兄と僕を比べて僕を見下していた。だけどアイリーン様は僕を信頼すると言ってくれた! 兄の影だった僕を、今までそんな風に真っすぐに見てくれた女性はいなかった!
信頼、それ以上の喜びがあるか?
もう僕にはアイリーン様がいてくれればいい!
クレイトンはアイリーンの髪に拙い仕草でそっと唇を寄せた。
この婚約者は僕のものだ!
そして、必ず二人で幸せになると心の中で誓ったのだった。
(終わり)
お読みくださいましてどうもありがとうございます!
クズ美男を辺境騎士団様に捧げるとユミヨシ様にお約束させてもらいましたので、クズ美男の話を書こうと。
複数人おりますが、まとめてお納めくださいますと幸いでございます(#^^#)
主人公以外全員悪人!
あと、一人ヤンデレ化したかもですね。
こちらの作品ですが、もし少しでも面白いと思ってくださったら、
ご感想やご評価★★★★★いただけましたら、次回への励みになります。
すみませんが、よろしくお願いいたします!





