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【7.エリーゼの真実】

 そして、アイリーンはふっとエリーゼを振り返った。

「エリーゼ。まだウィリアムとの婚約を望まれますか?」


 エリーゼは首をぶんぶんと横に振った。

「いいえ、いいえ、まさか! とんでもないわ。お話は何も無かったことにさせていただきます!」


 そして、クレイトンに支えられながら項垂(うなだ)れているマリア夫人や、放心したように(そら)を見上げているウィリアム、今後のことに頭を悩ませているホーランド伯爵を全て無視して、そそくさと一人帰ろうとした。


 そんなエリーゼに、アイリーンは柔らかく声をかけた。

「あ、では、ウィリアムから受け取った指輪をどうぞこちらへお返しになって。ウィリアムが個人的に婚約指輪を贈ったんでしょう?」


「ああそうね。もう何の未練もありませんから。――はい」

 エリーゼはアイリーンの方を振り返ると、薬指から指輪を抜き、丁寧にアイリーンの(てのひら)の中へ置いた。


「ありがとうございます」

と軽くお辞儀をして受け取ったアイリーンは、指輪を一瞥(いちべつ)してから、

「おや? こちらの指輪、刻印が『スターリングより』となっておりますが?」

とエリーゼに向かって声をかけた。


「え!」

 エリーゼはぎくっとした。恐る恐るアイリーンの顔を見る。


 心ここにあらずの状態だったウィリアムが、ばっとエリーゼの方を振り返った。


 アイリーンは無邪気(むじゃき)な顔で指輪を()まみ上げて、中の刻印を読み上げた。

「ええと、『永遠の愛。スターリングより』ですか。あら、日付もありますわね。この日付は……」


 読み上げられたくなかったのだろう、エリーゼはアイリーンの手からぱっと指輪を奪おうとした。

 しかし、アイリーンがすらりと身を(かわ)したので、エリーゼは指輪を奪うことができなかった。


 エリーゼは悔しそうにアイリーンを睨む。

「ふ、ふん、そんなの何かの間違いですわ」


 アイリーンは苦笑した。

「私を睨まないでくださいよ。間違った指輪を持ってきたのはあなたでしょう? わざわざウィリアムにもらった指輪と全く同じデザインで作らせて、スターリングからもらうなんて。あなた策士(さくし)なんですね。確かに同じデザインなら、スターリングからもらった指輪だとしても、ウィリアムに簡単にはばれませんものね。考えましたね」


「何のこと? 私は何も知らないわ」


 エリーゼが聡明な顔をつんと澄ませてすっとぼけたので、アイリーンは困った顔をした。

「でもこれ、あなたのでしょう? 実はね、スターリングがこの指輪を作らせた注文書もね、私は持ってるんですよ。ここにはこれだけ証人がいるし……、とぼけたって無駄だと思うんですけど」


「!」

 エリーゼの眉がぴくっと動いた。


 はあっとアイリーンはため息をついた。

「あなたとスターリングは付き合っているのね、今も。でも、スターリングは家のために私と結婚しなきゃならない。それで、あなたたちが考えた方法がこれ? 隠れて愛を(つらぬ)こう、みたいな? あなたの隠れ(みの)はウィリアム。スターリングと身内になればいろいろ逢う口実も作れますものね」


「エリーゼ……?」

 ウィリアムがかすれた声を絞り出した。


「今回のウィリアムの婚約の件で、私の名を挙げたのもエリーゼでしたね。私と親しくなりたかったんでしたっけ。私と仲良くなっておけば、私を訪ねるふりをしてスターリングとこっそり会えるかなとか、そういうことでも考えました? そんな風に利用されるのはあんまり気分がいいものではありません。あ、いや、それを言い出したら、夫の恋人とか、そもそも全然いい気がしませんけど」

 アイリーンは鋭い目をエリーゼに向けた。


 するとエリーゼが開き直って叫んだ。

「仕方ないじゃない! あなたがいて、私はスターリング様と結婚できない! 私たちに残された道はこれしか!」


「不倫?」


「そんな俗的な言い方しないでちょうだい! 私たちの愛は特別なの! 純愛なの!」

 エリーゼは崇高な愛を信じているように、アイリーンを見下ろした。


 アイリーンは(あき)れたように首を振った。

「はたから見たらただの不倫ですよ。まあ何でもいいです。この指輪の日付。しっかり私が婚約している期間の日付なので、不貞(ふてい)の証拠になってくれてます。しかるべきところに出しますね」


「出せばいいじゃない、勝手にしなさいよ!」

 完全に開き直ってやけくそになっているエリーゼは、そっぽを向きながら腕を組んだ。


 アイリーンは続ける。

「私はスターリングとは婚約を破棄させてもらいますね。こんなのが分かっては、とてもじゃないけど夫婦なんてやれませんから」


 それを聞いてクレイトンがハッとしたように顔を上げた。

 目を見開き、深刻そうな顔でアイリーンを見つめた。

 彼はバルドーニ公爵家の行方(ゆくえ)を心配しているようだった。アイリーンとスターリングの婚約が破棄されるということは、両家はどうなる――?


 しかし、エリーゼの方は、安直(あんちょく)に喜びの表情を浮かべた。

「あら、スターリング様を私に下さるの? ありがとう! なんなら慰謝料だってたっぷりお支払するわ!」


 アイリーンは表情を険しくした。

「でもね、スターリングには廃嫡されてもらおうと思います。うちとバルドーニ公爵家との政略結婚には、別の方を立ててもらわないといけませんけど。ね、クレイトン?」


 さっきから一言も聞き漏らすまいとじっとアイリーンの方を見つめていたクレイトンは、自分の名前が出てきて「なっ」と思わず声を上げた。

 複雑な心境が顔にあらわれていた。

 スターリングの廃嫡で済ませバルドーニ公爵家の面目(めんぼく)を立ててくれそうだということは分かった。しかしここで、スペアの自分の名が出るということは……。


 しかし、クレイトンの胸中はいざ知らず、エリーゼは「ふふん」と気にしない素振(そぶ)りを見せた。

「スターリング様の廃嫡、全然かまいませんわ。トゥック侯爵家に婿に来てもらうだけですもの。私たちは愛し合っているの。バルドーニ家を廃嫡されたからって、全然(こた)えませんわ! むしろ、最初からこうすればよかった! スターリング様が家を捨ててうちに婿に来れば何の問題もなかったんだわ!」


 兄の廃嫡の話で半分茫然(ぼうぜん)としていたクレイトンだったが、エリーゼの言葉を聞いて、現実に引き戻されるように気の毒なエリーゼの顔を見た。


 エリーゼの言うことは間違っているから。

 兄がバルドーニ公爵家を捨ててトゥック侯爵家へ婿に? 断言できる。その選択肢は、兄の中には全くなかっただろう。


 廃嫡された後は分からないが、少なくとも嫡男としてバルドーニ公爵家で丁重に扱われているときに、家を出る発想なんかなかったはずだ。兄は生まれたときから特別で、周りに期待されてきたのだから、全てを手に入れる人生を疑ったことはなかったはずだ!


 だからバルドーニ公爵家の決まりとしてラブレー公爵家の令嬢と結婚しろと言われたとき、何の文句も言わずに受け入れたはずだ。この結婚で世間の注目を浴びることもまんざらではなかったし、両家の結びつきの中心人物として全部が自分の思い通りになると間違いなく思ったはずだ


 その上で、この件に関しては、欲深く多くを望む兄が、ただ単に、ホーランド伯爵家を使って恋人(の一人)のエリーゼを繋ぎとめる工夫をしたに過ぎない。


 断言できる。

 確かに兄は、エリーゼをウィリアムに(めと)らせて自分は間男(まおとこ)になるつもりだったのだろうが、もしこの(たくら)みが上手くいかなかったとしても、エリーゼを何としても手に入れるために別の手段を講じるほど、エリーゼには執着していない!

 別の恋人を見つけるだけだ。


 エリーゼにはそれが分かっていない。


 クレイトンは気の毒なエリーゼから視線を外した。この人は救われない。


 しかし、アイリーンがもっと救われないことを言い出した。

「まあ、スターリングと家庭を築くならそれは好きにしたらいいと思うの。でも、たぶん、あなた方は二人そろって重大な神殿裁判にかけられるはずですから、二人で幸せに暮らすなら、全ての罪を償った後になりますね」


 エリーゼがぎょっとした。

「神殿裁判? 罪?」


「まあ、あまり知らないですよね。私とスターリングの政略結婚は、一応この国の神事(しんじ)の一つってことになってるんですよ、実は。もちろん今の時代、大々的(だいだいてき)にそんなこと言いませんけど。知ってる人は知っています」


 エリーゼは『神事』という単語を聞いて、少し事の重大さを認識し始めたらしい。

 青ざめ、「あ」と両手で口元を覆った。


 アイリーンは小さくため息をついた。

「うちのラブレー公爵家とスターリングのバルドーニ公爵家はそれぞれ東と西を守る武神を祖とする――って話。まあ、もちろんただの神話ですけど。その神話の中に、どんな理由か忘れましたけど、国の(いしずえ)を強固にするために、定期的に東と西の武神の血筋をまぜるべき――みたいな話があるんですよ。まあうちだけじゃなくて、北とか南とかも何かあるんですけど。――あ、繰り返しますけど、それはただの神話ですよ! でも、一般の方には大々的に言わないところで、この話、実は神事として地味に今でも続いているんです。だから、スターリングと私の婚約って、()()()()()()だったんですよね。お互い、ただの政略結婚っぽい感じでやってましたけど」


 エリーゼは、やばいことになったと冷や汗をかいていた。

「神事……。ってことはつまり……」


「はい。申し訳ないんですけど、この結婚、神殿案件だったんですよね」

 アイリーンは言った。


『神殿案件』と聞いたエリーゼは衝撃を受けた。


 神事。神殿案件。その結婚がなしになった! 自分のせいで! それはもう、神殿からの批難(ひなん)(まぬが)れない!


 エリーゼは必死に頭の中で言い逃れを探した。


 知らなかったで済ませられないかしら。

 神事をぶち壊す気はなかったと言い張ればなんとかなるかしら。

 そりゃ不倫はいけないことだけど、でもこれが神事じゃなくてただの不倫だったら、慰謝料とかで済む民事的な話よね?

 そう考えたら、自分のやったことはちょっとしたことじゃないの!


 納得のいかないエリーゼは苦し紛れの言い訳を思いついた。

「あ、あなたの婚約破棄に私は関係ないわ。私の存在があろうと、そんなに大事な結婚なら形だけでもすればいいじゃない。でも、大事な結婚をしないと決めたのはあなた自身よ。神事を優先して婚約破棄しないという選択肢だってとり得るのに……」


 アイリーンはさすがに(あき)れてしまった。

「その言い草はちょっとひどすぎませんか。不倫を(たくら)んでいたくせに、それで私が傷ついて婚約破棄しても、それは私のせいだって言うんですか?」


「ええ!」


「それはあまりにも厚かましすぎます! あなたとスターリングは、神殿からも執行妨害の損害金をたんまり請求されればいいです。でも、実際はそれでは済まないでしょうね。下手したら魔女の烙印を押されるかもしれません。少しご自分のなさったことを反省したらいいわ」

 アイリーンはちっとも自分が悪いことを認めようとしないエリーゼにピシッと言った。


 さすがのエリーゼも、『魔女の烙印』というあまりの残酷な言葉を聞くと、膝から崩れ落ちすすり泣きを始めたのだった。

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