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【5.ウィリアムの真実】

 さて、それから数週間たった頃、アイリーンはクレイトンを伴って、マリア・ホーランド伯爵夫人を訪ねていた。


 執事に案内されテラスの方へ足を向けると、マリア夫人はお茶を(たしな)んでいる時間だった。

 マリア夫人の(かたわら)(はべ)っているメイドが、マリア夫人のカップにお茶を注ぐと、マリア夫人はカップのお茶をティースプーンですくい、ミルクポッドからすくったミルクと一緒に、近くにいた猫にやった。


 マリア夫人はひどく(おび)えた目で猫を見つめている。

 隣で控えるメイドが無表情なのが妙に印象的だった。


 ネコはぺちゃぺちゃとミルクを飲むと勢いよく走り去っていった。

 その様子を見て明らかにほっとした表情のマリア夫人。


「マリア夫人」

 アイリーンが横から呼ぶと、猫に気を取られてこちらに気づいていなかったようで、マリア夫人はぎくっとしたようにアイリーンとクレイトンの顔をまじまじと見た。

「い、いつからそこにいらしたの?」


「少し前から……」

「あ、ああ、じゃあ見ました? ね、猫に餌付けをね――」


 マリア夫人が不器用な言い訳をしようとするので、アイリーンは少し(あき)れてしまい、ため息をついた。

「違いますよね。毒見(どくみ)ですよね」


「あ」

 マリア夫人は言い当てられて真っ青になった。

 しかし、こんな物騒な話をしているのに、横にいるメイドは微動だにしなかった。


「メイドさん。マリア夫人はずっとこの調子ですか?」

とアイリーンが聞くと、

「はい」

とメイドは無表情で短く答えた。


「いつから?」


「ウィリアム様がエリーゼ様を連れてきた頃からでしょうか」

 メイドが淡々と聞かれたことに答えるので、マリア夫人はヒステリックな声を上げた。

「ちょっと! 余計なことを(しゃべ)らないでちょうだい!」


「余計なことじゃないですよ。命を狙われてるんですね、マリア夫人。でも誰に?」

とアイリーンがぴしゃりと聞くと、マリア夫人は、

「か、関係ありません。それよりあなた何しに来たの。ウィリアムの話は聞かないと言ったでしょう。帰ってください」

と怒ったような声を上げた。


 しかしアイリーンはゆっくりと首を横に振った。

「いいえ、そういうわけにはいかなくって。今日はホーランド伯爵にウィリアムとエリーゼの婚約許可の文書を作ってもらおうと思って来たんですから」


 それを聞いてマリア夫人の顔が強張(こわば)った。

「なんですって、ダメよ! 何を勝手に。私の許可もなくそんなことはさせませんよ!」


「マリア夫人がそんな風に(かたく)ななので、スターリングも自分でやるっていいながら、ここ数週間何もできなかったみたいですね。でもスターリングだってそろそろ思っているはずです。ホーランド家の当主は伯爵なのですから、伯爵が許可すればいいって。今日は私たちもそういうつもりでやって来ました」

 アイリーンは隣のクレイトンをちらりと見てからそう言った。少し強引かなと思わなくもないけど、今日はそのつもりで来たのだから、情けは無用――。


 そこへ、ホーランド伯爵とウィリアム、エリーゼが連れ立ってやって来た。


 ホーランド伯爵はマリア夫人を(なだ)めるように優しく言う。

「そうだよ、マリア、何をそんなに(かたく)なに拒否しているのだ。アンソニーやジョージ(ウィリアムの兄たち)も承諾している。ウィリアムにとってもホーランド家にとっても非常に良い話ではないか」


「だ、旦那様! 本気で(おっしゃ)っているの? ああ、後生(ごしょう)ですから、どうぞ私の意思を尊重してくださいませ!」

 マリア夫人は泣き出さんばかりだ。


「私にはマリアが拒否する理由が分からんのだ。意思を尊重しろというのなら、説明してくれないかね?」


「……」


「黙っていては分からないよ、マリア。話さないなら、こんな良い婚約を拒否する理由は私にはないからね、婚約を認めようと思う。クレイトン、アイリーン様。用意した婚約許可の書類をこちらへ」


 ホーランド伯爵が困り顔ながらも、書類を受け取ろうとアイリーンの方へ手を差し伸べたので、マリア夫人は「ひいっ」と小さく(うめ)いた。

「わ、私が嫌がっていることは理由になりませんか!? 旦那さま!」


「だからその嫌がる理由を聞いている。思っていることを言いなさい」


「……」


「言えないのか。ふう。じゃあよい。アイリーン様。書類を」

 伯爵が(あきら)めたように書類を催促したので、アイリーンは丁寧にお辞儀をして、伯爵に書類を手渡した。

「はい伯爵。こちらの封筒に」


 伯爵は、封筒を開けて中の書類を一読した。途端(とたん)に不快そうに眉を(ひそ)める。

「アイリーン様。何だね、これは?」


「あら、何が入っていましたでしょうか?」

 取り澄ました声でアイリーンが聞き返すと、伯爵はもごもごと口籠(くちごも)った。

「いや……、これは、その……。ウィリアム!」


 伯爵はウィリアムにその書類を恥ずかしそうに手渡した。


 怪訝(けげん)そうに受け取ったウィリアムは、書類に目を落してぎょっとした。大汗をかいて、すぐに折り畳んで隠そうとする。


 その様子を不審(ふしん)に思ったエリーゼが、「何ですの?」と覗き込もうとすると、ウィリアムはバツが悪かったのか思わずさっと()けた。


 エリーゼは余計に不審に思った。それで、これは変だぞ、といった様子で、じとっとウィリアムを見つめながら手を差し出した。観念して見せなさいという意味だ。


 しかしウィリアムは首を横に振った。

「い、いや、だめだ!」

 ウィリアムは苦しそうに書類を渡さずにエリーゼを見つめる。


 そのときアイリーンが横からさっと書類を(かす)め取るとエリーゼに渡した。中を見たエリーゼの目が()り上がる。

「何ですか、コレ!?」


「クレイトン。全部こちらへ」

 アイリーンがクレイトンから紙の束を受け取り、それを丸ごとエリーゼに渡そうとしたので、何やら心当たりのあるウィリアムが顔面蒼白(がんめんそうはく)になり、飛び上がって紙をひったくろうとした。


 その勢いで、ばさばさばさっと紙が全部下に散らばった。


 足もとに落ちた書類を拾って、ホーランド伯爵はまた情けなさそうに眉を(ひそ)めた。

『サラ・ロバートソン様、あなたをお(した)いしております、結婚してください。ウィリアム・ホーランド』


「さっきの女性と名前が違うではないか。さっきはメル・マクキノンと!」

 ホーランド伯爵は思わず(うめ)いた。


「なぜ、こんなたくさんの女性に恋文を……!」

 エリーゼは顔を真っ赤にして怒っている。

 手紙をぱらぱらとめくる手は怒りで震えていた。全部、別々の女性の名が書かれていたらしい。


「かたっぱしから貴族令嬢に手紙を書いたようね。貴族と結婚できるなら誰でもよかった? そんなに貴族と結婚したかった?」

 エリーゼが低い声で詰問(きつもん)すると、ウィリアムは吹っ切れたように開き直った。


「うるさい! そもそも母上が悪いのだ! 俺をどこぞの商家にやってしまうつもりで。商家の娘ばかりと見合いさせようとするのだから!」


「商家の娘のどこが悪いのです!」

 マリア夫人が叫ぶと、ウィリアムは威圧するようにマリア夫人を睨んだ。


「俺だって父上の息子だ! 兄上は堂々と貴族らしく暮らしているのに、いつも俺ばかり一歩下がって貴族らしい振舞(ふるまい)を許されなかった。なぜです。父上は、母上が後妻だとしても、ちゃんと大事にしている。誰に遠慮する必要があるのか。なぜ兄上と差をつけるのだ! 母上は間違っている!」


 あまりの剣幕(けんまく)(ののし)るので、ホーランド伯爵が慌てて二人の間に割って入った。

「あまりマリアを責めるでない、ウィリアム。マリアはただ前妻に気を(つか)っているだけで……」


 しかし、ウィリアムは最後まで聞かなかった。

「誰でもいいんだ! 貴族と結婚できるなら。俺を貴族としてちゃんと扱ってくれる家の娘なら! 俺は貴族なんだ! 貴族らしくありたいのだ!」


 それを聞いてエリーゼが叫んだ。

「私を愛していたわけじゃないのね!? 誰でもよかったわけ」


「ああ! 実際のところ、伯爵家の三男、しかも後妻の子ということで、あまり良い家柄の令嬢からは返事が来なかった。でもまあ、俺が美男だから、身分が低い令嬢からはけっこう返事が来ていたけどね。だが、こうして侯爵家のおまえが釣れた! 舞い上がったね。兄上より良い結婚相手だ。ざまあみろ! 俺はこの結婚を必ず成功させると決めたんだ!」

 ウィリアムはやけくそになって言い返した。



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