【1.託されたミッション】
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話を聞いてくれと頼まれて、アイリーン・ラブレー公爵令嬢とクレイトン・バルドーニ公爵令息が相談に乗りに行くと、
「私たちは相思相愛なのに、ウィリアムの母が婚約に反対して困ってるんですの」
と、エリーゼ・トゥック侯爵令嬢は聡明そうな口元を微かに歪めて言った。
エリーゼの隣には、名を挙げられたウィリアム・ホーランド伯爵令息が、やはり困り顔で立っていた。麗しい金髪に青い目のなんとも整った顔立ちの貴公子だ。
「反対の理由は何と?」
とアイリーンが聞くと、エリーゼは遠慮がちにぽつりと言った。
「よく分からないんですけど、私が気に入らないのかな~なんて思ってます」
「ホーランド伯爵夫人はあなたのどこが気に入らないとか、もう少し具体的にはありますか?」
「いいえ。というか、そもそも婚約の話をしてもはぐらかされるばっかりで、あまり話してもらえないんですよ」
エリーゼは美しい顔で小さくため息をつく。
それを受けてウィリアムが口を挟んだ。
「だから、身内で一番頼りになる従兄のスターリングに相談させてもらおうと思ったんですよ。母を説得してくれと」
それがウィリアムの希望だった。
ウィリアムの父ホーランド伯爵の妹は名門のバルドーニ公爵家に嫁いでいる。縁戚であり身分が上のバルドーニ公爵家。そのバルドーニ公爵家の者が説得に出てくれれば、ウィリアムの母ホーランド伯爵夫人も聞く耳を持たないわけにはいかないだろうということなのだった。
それでウィリアムが目を付けたのが、バルドーニ公爵家の長男、従兄にあたるスターリングだったのだ。
スターリングは若年にも関わらず公爵家長男としての風格があり、彼に何か言われれば従わないといけないような雰囲気があった。
しかし、ウィリアムはやや残念そうに続けた。
「まあ、実際話を聞きに来てくれたのはクレイトンと、スターリングの婚約者なわけですけど……」
「残念ですが、実際のところ僕もなんでこうなっているのかよく分かっていません、兄上から丸投げされたばかりで」
クレイトンは苦笑した。
クレイトンはスターリングの弟だ。だからウィリアムの従弟にあたるのだが、堂々としており自分の意見をはっきり言うスターリングと違って、クレイトンの方は一歩控えめで温厚そうな性格なので、交渉や説得には少し頼りなく見えるところがあるのだった。
それからクレイトンはアイリーンの方を申し訳なさそうに向いた。
アイリーンは視線を感じ苦笑する。
「私なんか、ほんと関係ないですよね……」
アイリーンはスターリングの婚約者でしかない。
ウィリアムと血縁がないばかりか、まだスターリングと結婚もしていないので、自分はホーランド伯爵夫人を説得できるような立場だとは思えなかった。
なぜここに、スターリングの弟のクレイトンと一緒に来ることになったのか、まだあまり納得がいっていないのだ。クレイトンと一緒というのも、組み合わせ変じゃないかな? 義理の弟なんだけど?
それには慌ててエリーゼが、
「あ、いえいえ、それは私がっ!」
と声を上げた。
「すみません、おっとりとされているクレイトン様だけじゃちょっとと思って、スターリング様の婚約者のアイリーン様を思いついたんですわ。いずれはスターリング様と結婚されて、ホーランド伯爵家と縁続きになられる方ですし。ご自身の身分は公爵家のご令嬢。十分に説得する資格があると思うんです。まあ、私がアイリーン様と親しくなれたらいいな~なんて邪な考えを持ってるというのもありますけど」
「親しくなれたらいいな」と面と向かって言われては、アイリーンも文句は言えず、「あ、そ、そう?」と少し照れ臭そうにしながら頭を掻いたが、しかし、やっぱりこの状況は腑に落ちず、アイリーンは申し訳ないけれどため息をついてしまった。
本来スターリングが自分でやることだよね……?
確かに面倒くさいと思う部分はあるかもしれないけど、親族の、特に従弟の婚約の話なのだから、口くらい利いてあげればいいんじゃないかな?
それを弟に丸投げして、そこからなぜか婚約者の私まで巻き込まれて。
ただの婚約者の私を身内のゴタゴタに巻き込むのはスターリング的にどうなのだろう? 婚約者が巻き込まれている状況を知ったら、「さすがに変だな、自分でやろうか」ってなるかな?
これ幸いとばかりに押し付けるかしら?
アイリーンはついつい愚痴っぽく考えてしまう自分に「あーあ」と思いつつ、嫌な思いを振り切るように頭を振った。
こうしてクレイトンと一緒に呼ばれ話を聞いている以上、「私は関係ないので」とそっぽを向くつもりもなく、困っているウィリアムとエリーゼの話を聞いたら、できることならしてあげたいと思う。
アイリーンは聞いた。
「ホーランド伯爵は何と? 伯爵が賛成しているのなら、伯爵夫人だって賛成しないわけにはいかないんじゃないかしら?」
「父は賛成なのです。実際いい話ですしね。しかし母はこればかりは父の言うことを聞きそうにない。理由もちゃんと言わないし、ただ頑なに拒絶するだけなので、父も匙を投げている感じで。ついには俺に諦めたらという始末なんです」
そしてウィリアムは続けた。
「嫁姑が仲悪いのは、家にとって問題になるから、やめた方が無難だと。ゆっくり過ごすべき家が悪口まみれになるのは嫌だし、いらんゴシップをまき散らす羽目になるのもご免だ、と」
「でも私はホーランド伯爵夫人と対立するつもりなんてないんです! 仲良くしたいんです! 姑と仲が悪くなりたい嫁なんていませんわ!」
エリーゼは金切り声を上げた。
「じゃあ伯爵夫人があなたを一方的に嫌っているってこと? 何かしたんですか?」
とアイリーンが聞くと、エリーゼは憮然とした態度で首を大きく横に振った。
「身に覚えはありません」
「挨拶などは?」
「ウィリアムのお母さまですもの。もちろん丁寧に。挨拶だけではなく、こちらからできるだけ話しかけるようにしていますし」
アイリーンがそう言うと、ウィリアムも横から口を挟む。
「それは本当です。エリーゼは本当にうちの母に好意的に接してくれているんです」
アイリーンは、ホーランド伯爵夫人を説得するのにどういう方向で話を持って行ったらよいか全く見当がつかないままなので、困ってクレイトンの方に視線を向けた。
「では、どうして伯爵夫人はエリーゼのことを嫌うのかしらね。何か思いついたりする? クレイトン」
しかし、クレイトンは真面目に話を聞く気があるのか、ぼんやりとした調子でゆっくりと首を横に振るのだった。
「息子をとられた嫉妬とかでしょうか」
ぼそっとエリーゼが呟くと、ウィリアムは怪訝そうに目を上げた。
(アイリーンは一瞬バルドーニ公爵夫人の顔を頭を過り、内心ぎくりとする。)
アイリーンは気を落ち着かせて、冷静にウィリアムに聞いた。
「ホーランド伯爵夫人はあなたのこと、すごく愛していらっしゃる感じなの?」
ウィリアムは首を傾げる。
「愛されているかな? 自分じゃ分かりません。もちろん母上に嫌われているということはないですけどね」
そこへエリーゼが声を上げた。
「少し過保護なところがあるとは思いますわ」
ウィリアムは意外そうな顔をした。
「そう?」
「ええ。あなたのことを庇うような仕草がよく見られますもの」
「俺を庇うって何から?」
「お父様から。伯爵夫人は伯爵にはとりわけ気を遣っていらっしゃるでしょ? いつも下手に出ているし。あなたが伯爵に何か不用意なことを言うのを心配してらっしゃるような気配があるわ」
エリーゼの言葉にウィリアムはすぐ反論した。
「父上はそんな厳しい人ではないよ!」
「厳しいわよ、私のお父様に比べたら」
エリーゼがそう言うとウィリアムは「ああ」といった顔になった。
「そうだね。確かにエリーゼのお父上は甘々だ。くれぐれも娘を頼むって俺の手を握って泣いちゃうんだもんな」
するとエリーゼが軽くウィリアムを睨んだ。
「あら、あなただって乗り気だったじゃない。『はい、命に代えても!』って」
「そりゃ、うるうるするよ。結婚の承諾をもらいに行って、娘を頼むって泣かれてごらんよ。責任感が湧き上がるってもんだよ」
「まあ! 責任を? 嬉しい! そんなあなたが大好き!」
「俺も!」
エリーゼとウィリアムの二人は、アイリーンとクレイトンの存在を無視して、感極まったように抱き合った。
アイリーンは、何を見せられているのかと呆れぽかんとしてしまった。
えーと?
だから、ウィリアムの肩に顔を埋めながら、こっそり口の端をニヤリと歪めるエリーゼを見たとき、妙に納得してしまった。
なんかもしかして変わった人たちなのかしら? よく分からないけど。
一方で、ウィリアムの方もエリーゼの髪を頬に当てながら、微かにニヤッと笑った。
アイリーンは、居心地が悪そうにコホンっと咳払いをした。
「現実に帰ってきてください。話がズレてます。ホーランド伯爵夫人が過保護っていう話なんですけど?」
困惑ぎみのアイリーンの言葉を聞いて、ウィリアムとエリーゼはようやく体を離し、そっとアイリーンとクレイトンの方を向いた。
「ああ。でも過保護っていうのは、俺には分からないんですよ。そんなに母上は俺のことを父上から庇っているかなあ?と。父上は厳しくないし、母上のことをとても愛しているし」
エリーゼはそれには同意するように頷いた。
「伯爵が夫人を愛してらっしゃるのは私も感じますわ。本当によく伯爵夫人のところに顔を出していますものね。でもお母さまの方はどこか一線を引いていると申しますか、礼節最優先のように見えます。そういう冷静なところは、感情的なお姑さんと違って接しやすく安心だ思っているのですけど。でも、あなたのことになると、その冷静なところがちょっと冷静じゃなくなる感じがするというか……」
「冷静じゃなくなる感じ?」
ウィリアムが聞き返すと、エリーゼはもう一度頷いた。
「どことなくね。なんか冷静じゃなくなるときがあるのよ」
そのときクレイトンがアイリーンに目配せしたので、アイリーンは何かよく分からないけれどもとりあえず頷いて、話しを切り上げることにした。
「お話は分かりました、エリーゼ。聞かせてくれた話を参考に、ホーランド伯爵夫人と話してみますね」
それを聞いてエリーゼはほっとしたように美しい顔に喜びの色を浮かべた。
「ええ、そうしていただけると助かります! ぜひ説得してくださいね」
「ええと、説得できるかは自信がないけど。でもまあ、あなた方が想い合ってるってことはきちんとお話させてもらいますね。あなた方の婚約を認めてもいいんじゃないかなと。あなたに落ち度があるわけじゃなさそうだし――」
と言いかけてアイリーンはふっと何かを思いついたように顔を上げた。
そして確認するようにエリーゼの目を見た。
「落ち度って言い方は変なんですけど、あなたのこれまでの男性遍歴とか、何かそういう方は大丈夫なんですよね?」
エリーゼは一瞬ギクッとした。
しかし表面上は何もないように取り繕って、
「何もありませんわ!」
と笑顔で答えた。
「そっか。何もないならいいです。ではできるだけやってみますね!」
アイリーンはにっこりして請け負うと、クレイトンとその場を後にしたのだった。
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