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6.

「もっと暖かい服装をしたほうがいいかもしれません」

 着替えを探そうと衣装棚を開けると、そこにはまるで王族ものかと思うような豪奢なドレスが並んでいる。

 思わず溜息が漏れた。

(こんなにたくさん。セットリア国王は、どういうつもりなの?)

 理佐の話から察すると、ふたりは面識がないはずだ。それとも、気を失っていた理佐を見てひとめぼれでもしたのだろうか。

 その美しいドレスを見ていると、複雑な気持ちになる。

(わたしには、贈り物ひとつなかったのにね)

 くらべても仕方がないとわかっている。

 それでも、王妃になるリーディには何の心遣いもみせない国王が、短期間でこんなにたくさんのドレスを理佐のために用意したのかと思うと、少しだけ複雑だった。

 ぎこちない手つきで着替えを手伝い、理佐が着ていた、見たこともない服を丁寧にたたんでいると、部屋の扉が早急に叩かれた。

 その乱暴な音に、リーディは顔をしかめる。

 理佐はまだ着替えたばかりで、身支度を整えていない。それを告げようとして、リーディは扉に近づく。

「申し訳ございません。まだ理佐様は……」

「理佐っ!」

 近寄って声をかけた途端、扉が乱暴に開かれた。

「きゃっ」

 飛び込んできた人物にいきなり抱き締められ、リーディは悲鳴を上げる。

「あれ、理佐じゃない? 理佐は?」

 頭の上から聞こえてきた声は、若い男性のものだった。抱き締められたまま上を向くと、理佐と同じ黒い髪が見えた。

「え? まさかその声、もしかしてお兄ちゃん?」

「理佐!」

 黒髪の若い男性は、リーディを腕に抱いたまま、部屋の中央に視線を向ける。

「ほ、本当にお兄ちゃん? どうしてここに……」

 理佐の呆然とした声が耳に入り、我に返る。

「あ、あの……」

 リーディの躊躇いの声も、ふたりには届かないようだ。

「まさかお前までこの世界に来てしまうなんて。……でも、会えてよかった」

「お兄ちゃん。会いたかったの。ずっと探していたんだから」

 会話を聞く限り、どうやら先ほど行方不明だと理佐が言っていた兄のようだ。

(兄妹なの?)

 身動きが取れないまま、リーディは静かに彼を観察する。

 大柄ではないのに、その細い身体はかなり鍛えられているのがわかる。

 腰には長剣。どうやら剣士のようだ。若いようにみえるが、十八歳だという理佐の兄ということは、リーディの兄と同じくらいの年齢だろうか。

 髪も服装も、長剣の鞘もすべて黒い。そして鎧は身につけていなかった。頑丈そうなブーツもまた、黒だ。

(この国の人間ではなさそうね)

 理佐と同じような黒髪、濃い茶色の目。

「……あの」

 再会を喜んで抱き合う兄妹に、リーディは静かに語りかける。

「離していただいても、よろしいでしょうか?」

「あっ……、ご、ごめん!」

 理佐の兄は慌ててリーディを離し、勢いよく頭を下げた。

「連絡を受けて慌てて、確かめもせずにいきなり、その、ごめん」

「いえ、あの、そんなに謝っていただくと、かえって申し訳ないのですが……」

 リーディは、必死に謝り続けているその男性を見つめた。

 男性に抱き締められるなんて初めての経験だったが、彼があまりにも恐縮して謝り続けるので、驚きや羞恥よりも困ったような笑みが浮かぶ。

(兄様よりは年下に見えるわ。気さくそうな方だし)

 何度も謝る彼に、リーディは微笑み、尋ねる。

「理佐様の、お兄様なのでしょうか?」

 彼は、その問いにようやく顔を上げてリーディを見た。

「うん、そう。俺は湊斗(はると)。理佐の兄だ。妹よりも二年くらい前に、この世界に来たんだ。それからは剣士をしながら各国を放浪している。……まぁ、その、漆黒の剣士、なんて恥ずかしい名前で呼ばれることもあるけど」

「え……」

 漆黒の剣士。

 その名はあまりにも有名で、リーディも当然、知っている。

 呆然として、目の前に立つ湊斗を見つめる。

 そして、どこかで聞いたような気がした言葉の意味も、思い出していた。

(日本という言葉。たしか、漆黒の剣士の出身地だという話を聞いたことがあった。まさか彼が、あの漆黒の剣士だなんて!)

 剣に優れた者は大抵、どこかの国の騎士団に属している。けれど中には、どの国にも所属せず、流れ者となっている剣士もいる。

 わずか二年で大陸中にその名を轟かせた漆黒の剣士もまた、流れ者だった。

 その剣は力強く、斬れないものなどないと聞く。ある国に魔物が出たときは、その国の騎士団が何日もかけて戦い、結局失敗した魔物の討伐をたったひとりで成し遂げたそうだ。そしてどんな怪我を負っても、女神の加護によりたちまち癒えてしまうのだと噂で聞いたことがある。

 仲間も連れず、ただひとりきりで放浪を続ける孤高の剣士。

 兄のアンドリューズが一度手合わせをしてみたいものだと、目を輝かせて語っていた名前。

 それが漆黒の剣士だった。

「……あなたが、あの」

 目の前に立つ男が、急に恐ろしく思えて、リーディは表情を強張らせた。

 イリス国には兄がいたから、魔物や盗賊の討伐で彼の手を借りたことはない。だから彼に会うのは初めてだった。

 震える声でそれだけを呟いたリーディに、湊斗は笑みを向ける。

「セットリア国王から連絡をもらって、急いで駆けつけたんだ。この目で見るまでは半信半疑だった。でも、間違いなく理佐だ。……もう会えないと思っていたのに」

 愛しげに、妹の髪を撫でる優しい兄の姿。

 感動的な、兄妹の再会。

 だが彼女はこの、漆黒の剣士の妹なのだ。

(……まさか)

 衝撃の事実を前にして、リーディは両手を固く組み合わせる。

 どこの国にも属さない、最強の剣士。

 でもその妹が、セットリア王国の王妃になったとしたら。

 リーディは、再会を喜び合うふたりの姿を見つめる。


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