13.
「……っ」
容赦のない力だった。
「待ちなさい。侍女のくせに、わたし達の目の前を通ろうとするなんて」
「本当に、図々しい。どうせ田舎者なのでしょう?」
口々にリーディを罵り、目を合わせて頷き合っている。
(……いえ、隣国の王女です。何もなかったら、一年後にはこの国の王妃になる予定でした)
そう言いたいけれど、言えるはずもない。
困ったように俯いていると、向こうはますます調子に乗っていく。
「それにこの髪」
「こんな姿で湊斗様に会おうとするなんて」
遅刻しそうになったせいで、ただ結んでいただけの髪を引っ張られた。リボンが解けて、金色の髪がふわりと広がる。
「ふふ、邪魔にならないようにして上げるわ」
向こうが複数で、しかもリーディが大人しく黙っているから増長したのだろう。ひそひそと話し合っていた三人の中のひとりが、どこに隠し持っていたのか、小さなナイフを取り出す。
きらりと光る刃の、不吉な光。
「や、やめて下さい!」
さすがに髪を切られたら、洒落にならない。
何とかその場から逃げようとしたけれど、残りのふたりに取り抑えられる。貴族とは思えないくらい容赦のない力で髪を引っ張られ、痛みに涙が滲んだ。
いまのリーディは侍女の姿をしているのだから、彼女達はイリス王国の王女リーディに対してこんなに酷い行為をしているのではない。だが相手がただの侍女ならば、この国の貴族は平気でこんなに残酷なことをするのだ。
(ひどい・・・・・・)
「何をしている!」
ふいに、突然髪を引っ張られていた痛みが消えた。
鋭い怒声と、誰かに強く抱き寄せられる感覚。
どちらも聞き覚えのある声だった。
「あっ……」
顔を上げると、ふたりの男がいた。
ひとりはリーディを抱き寄せ、もうひとりは三人の女とリーディの間に庇うように立ち塞がっている。
(兄様、と湊斗様?)
立ち塞がっている後ろ姿は湊斗だ。さきほどの声も彼だろう。そしてリーディをしっかりと抱き寄せてくれていたのは、兄のアンドリューズだった。
兄の腕の中から視線だけを動かすと、あの三人の女達は蹲り、身を寄せ合っている。心を寄せていた湊斗に見られて決まりが悪いのだろう。
そう思った。
けれど彼女達は震え、怯えていた。
「……え?」
その原因はすぐにわかった。
兄がリーディを守ることを優先させたのとは反対に、湊斗はリーディを害しようとした者達に怒りを向けていたのだ。
世界最強の剣士の容赦ない殺気に晒されて、過保護に育てられている貴族の令嬢達が震え上がらないはずがない。リーディも、守ってくれたはずの彼の姿が恐ろしくて、思わず兄の腕の中で身を震わせた。
「……湊斗、もういい」
アンドリューズは、リーディを守るように抱えたまま、静かな声でそう言う。
兄の言葉に湊斗は深いため息をつくと、目の前で震え上がっている彼女達に冷たい声で告げた。
「……行け」
そのひと言で、彼女達は呪縛が解けたかのように逃げ出す。
逃げていく後ろ姿を見送り、リーディはいまさらながら不安になる。
もし一年後まで彼女達が自分の顔を覚えていたら、大変なことになるかもしれない。
「大丈夫だ」
その不安を表情から汲み取ったのか、アンドリューズは明るい声で言う。
「あいつらの頭では、一年後まで覚えていられないだろう」
あまりにも辛辣な言葉に、思わず苦笑いするしかなかった。見た目以上に、兄は怒っていたらしい。
(兄様って、ああいう女の人嫌いだから……)
アンドリューズは王太子だ。
彼の他に王家の血を継ぐ者はリーディしかいないが、もうこの国に嫁ぐことが決まっている。
だからリーディが嫁ぐ前に、王太子妃が決められる予定だった。
でもこの兄が、父の決めた相手と大人しく結婚する姿などまったく想像できない。
父と兄の間に立つことを考えたら、問題が多いと思っていたこの国のほうがましだと思ってしまうくらいだ。
「遅いからまた寝坊でもしたのかと思っていたら、まさかあんなのに絡まれているとはな」
不安そうにこちらを伺っているもうひとりの警備兵の存在に気が付き、アンドリューズは理佐の部屋に向かって歩き出した。
湊斗と一緒に、リーディもその後に続く。
「髪も酷い有り様だ。理佐に道具を借りてちょっと直したほうがいいな」
「う、うん……」
本当は遅刻をしてしまって、髪も適当に結んでいただけだと言えるような雰囲気ではない。
リーディはただ曖昧に、頷くしかなかった。
「さて、どうするか」
心配する理佐に大丈夫だと微笑み、髪を整えてからお茶の支度をしようと応接間に戻ると、なぜか警備兵のアンドリューズが、湊斗と向かい合わせにソファーに座っている。
理佐も、どことなく嬉しそうな顔でそんなふたりを見つめている。
「噂、広まっているみたいだな」
アンドリューズがそう言うと、湊斗はなぜか肩を落とす。
「俺のせいだ」
「まぁ、それだけではないだろうよ」
何の話をしているのか、リーディにはさっぱりわからない。首を傾げると、アンドリューズはリーディに視線を移した。
「リィ、しばらくは夜もこの部屋にいろ」
「え? 理佐様の部屋に?」
突然の提案に驚いて尋ねると、兄は頷く。
「数日は危険かもしれないから、いくら部屋が近くても、ここでまとめて警備したほうがいい」
アンドリューズがそう言うと、湊斗もまた頷いた。
「そうだな。そうするべきだ」
「と、言うことだ。リィ」
「え。兄様、何を言って……」
話の内容が見えず、困惑してしまう。
「それがいいわ」
それなのに理佐まで、嬉しそうに頷いた。
「昼はお兄ちゃん達がいてくれるからいいけど、夜になってひとりだと心細いの。お願い、一緒にいて」
困ったように湊斗を見ると、彼もまた頷いている。
「それならふたり一緒に守れる」
「昼は湊斗がいるからいいとして、俺は夜の警備に回ろう。そうすればいつでも安全だ」
「ああ、アドリュがいるなら安心できる」
「ねえねえ、ベッドは窓側と入り口側、どっちがいい?」




