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敵国に嫁ぐ予定でしたが、異世界から来た女性が王妃になると聞いたので、国に帰ろうと思います。  作者: 櫻井みこと


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12.

 扉の向こう側に立っていた湊斗は、出迎えてくれたリーディを見て、案じるように顔を覗き込む。

「起きていても、大丈夫か?」

 漆黒の剣士は、その強さばかりが伝説のように仰々しく語られていた。どこにも所属しない孤高の剣士と聞いていたから、リーディもなんとなく、人嫌いの偏屈な人間だと思っていた。

 でも実際の彼は、こんなにも優しい。

 妹の侍女でしかないリィにも、こうしてわざわざ見舞いに来てくれるくらいだ。

「はい、大丈夫です。わざわざ来て頂いて、申し訳ありません」

 彼ほどの男に、入り口で立ち話させるわけにもいかない。

 リーディは湊斗を部屋の中に招いて、昨日兄が座っていた椅子をすすめ、自分もその向かい側に座った。応接間もないこの部屋には生活感のある物があちこちに置かれていて、何だか気恥ずかしさを覚えてしまう。

「あ、あの。昨日はお見舞いを頂いて、本当にありがとうございました」

 それでもお礼を言わなければと、果物の礼を述べる。

 湊斗は頷き、そしてリーディの顔を覗き込みながら、穏やかな口調で告げる。

「君の兄さんに事情は聞いたよ。理佐は幼く見えるかもしれないけどもう十八だし、他の貴族の令嬢と違って自分のことは自分でできる。この世界の習慣に困ったときだけ、手を貸してもらえたらいい。それで充分だから」

「え? 事情?」

 話の内容がよく飲み込めず、リーディは首を傾げた。

 兄がまた余計なことを言ったのだろうか。

「うん。アドリュに言われたんだ。妹は両親が亡くなってふたりきりになるまで、ほとんど屋敷から出ない暮らしをしていた。だから侍女の仕事も不慣れで、体力もないから申し訳ない、と」

 寝坊して空腹だったから倒れた。

 そう伝えられていたとばかり思っていたリーディは、実際はそう言って庇ってくれていたのだと知り、戸惑って俯く。

 兄の行動は、いつも予測不能だ。

 イリス王国の王妃になる人間は、本当に大変かもしれない。

「畏まって対応してくれる侍女よりも、友達のように接してもらえたほうが、理佐も馴染みやすいよ。だからそんなに無理しなくていいし、少しくらい寝坊しても大丈夫」

 そこは、しっかりと伝えられてしまったらしい。

「……お心遣い、ありがとうございます」

 兄に感謝したり恨んだりしながら、それでも湊斗の気遣いが嬉しくて、リーディは精一杯の感謝を込めてそう言った。

「そういえばリィっていくつ?」

「わたしですか? わたしは、十七歳です。」

「それじゃ、君のほうが理佐よりも年下じゃないか。たしかに俺達の人種は、向こうの世界でも年より幼く見られていたからな。それに、環境もかなり違う」

「環境ですか?」

「うん、そう」

 頷いて、湊斗は真正面からリーディを見つめた。

「もちろん国によって違うけど、俺の住んでいた国では、理佐やリィの年なら、まだ親に養ってもらったり、学校に通わせてもらっている年だ。でもこの世界では、十歳くらいの子どもが自分で働いて生きているし、十六、七歳くらいで結婚して、数年後にはもう親になっていたりするからね」

「そうなんですか」

 彼の生まれ育った世界に興味が沸いてきて、どんな場所なのか尋ねてみようと思った。でも湊斗の寂しげな様子に、思わず尋ねていた。

「帰る方法は、ないのですか?」

「……」

 湊斗はそれに答えず、黙って目を伏せる。

 リーディは、切なくなって俯いた。

 彼はもう二度と、戻れないのだろうか。

 子どもが大人になるまで大切に守られる、そんな平和な世界に。

「俺は、理佐を守るためなら何でもするよ。……どんなことでも」

 そう呟いた湊斗の暗い表情に、なぜか背筋がぞくりとした。

 もちろん、彼の強さは知っている。

 それでも、こんなにも妹思いの優しい人を、どうして怖いなんて思ってしまったのだろう。

 彼が帰ったあとにぼんやりとそんなことを考えていたら、いつの間にか時間が過ぎ去ってしまっていた。我に返ったときにはもう遅刻が確定していて、思わず頭を抱えて蹲る。

「いくら何でも二日続けて遅刻するなんて!」

 湊斗が見舞いにきてくれたので身支度は整えていたが、髪はまだ結っていなかった。でも今はそんな時間もなく、ただ邪魔にならないようにリボンで結ぶと、急いで部屋を飛び出す。

(さすがにもう、もう起きているよね。ああ、どうしよう)

 あの角を曲がれば、理佐の部屋だ。せめて今日の警備兵が兄ではないようにと祈りながら、急ぎ足で目的地を目指す。

「あっ」

 でもあまりにも急いでいたせいで、向こう側で待ち構えていた人影に気が付かなかった。

 わざと足を引っかけられ、バランスが取れずにそのまま床に転がってしまう。

「い、痛っ……」

 打ち据えた膝をさすりながら顔を上げると、目の前に立ち塞がる人影。

 全部で三人のようだ。

 雰囲気や服装から察するに、どうやら貴族の子女だと思われる。それがどうしてこんな場所で、自分を待ち構えるように立っていたのだろう。

 怪訝そうに見つめるリーディの前で、三人は顔を寄せ合い、内緒話のように、けれど確実に聞こえるだろう声で話をしている。

「まぁ、この女が?」

「……どうやって取り入ったのかしら」

「漆黒の剣士様はお優しいから……」

 途切れ途切れに聞こえてくるその内容に、納得する。

 これが昨日、兄が言っていた、湊斗に言い寄っている女性達のようだ。

 侍女よりも、むしろ彼女達のような貴族の娘が熱心だったらしい。

 目の前でされる内緒話から察するに、湊斗が見舞いに来てくれたのが伝わってしまったようだ。

(今朝のことなのに、どこで聞いたのかしら……)

 あの湊斗が、こんな女性達を相手にすることはないとリーディにもわかる。それに今は、彼女達に関わっている時間はなかった。

 もう既に遅刻をしているのだ。

「申し訳ありません、急いでいますので」

 そう断って彼女達の脇を通り抜けようとしたが、すれ違いざまに腕を掴まれる。


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