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1.

 王女として生まれた以上、結婚は国のためにするものだ。

 イリス王国の王女であるリーディもそれは理解していたし、年頃になった今、そろそろ結婚しなければならないこともわかっていた。

 それでも長年敵対していた隣国、セットリア国王に嫁ぐと決まったときは、さすがに驚いた。

 今まで争っていた敵国なのだ。

 どう考えても、友好的に受け入れられるとは思えない。

 だがイリス王国の国王である父が、両国の国境で絶えず繰り広げられていた戦いに頭を悩ませていたことは知っている。もし隣国と和解することができれば、もっと国内の発展に力を注げるだろう。

 それは、セットリア王国でも同じこと。だからこそ、向こうから婚姻を申し入れてきたのだろう。

 懸念があるとすれば、イリス王国の直系の王族は、リーディと王太子であるアンドリューズだけであり、その兄には少々問題があるということだ。

 リーディにも、数年前から縁談の話が届くようになっていた。

 だが父は、兄が無事に王太子妃を娶るまで、リーディの結婚は保留にしていた。

 それなのに、その兄よりも先に結婚が決まった。

 それだけ両国の間は緊迫したものになっており、早急に解決することが必要だった。

(お母様が亡くなって、まだ間もないのに……)

 リーディの母であるイリス王国の王妃は、少し前に病没している。

 結婚式は、イリス王国が王妃の喪に服していることもあり、両国の話し合いで一年後に決まった。だがリーディは結婚に向けて、嫁ぎ先であるセットリア王国に移り住み、王城の隣に建てられている美しい造りの離れで、この国の風習や言葉、政治などを学ぶことになっている。

 結婚が一年後であり、それまで休戦状態を守るために必要なことだった。

 同じようにセットリア国王の伯母が、静養という形でイリス王国に滞在することに決まっている。

 セットリア国王の婚約者ではあるが、今のリーディはまだイリス王国の王女。

 一年後の結婚式まで、両国が戦争を起こさないための人質になる。

 そのため、出迎える者もなくひっそりとセットリア王国に入ることになった。

 おそらく、セットリア国王の伯母も同じだ。

 余計な火種を避けるために、父とセットリア国王が話し合ってそう決めた。

 結婚式は一年後とはいえ、王女の輿入れにしてはあまりにも寂しすぎるが、無駄に襲撃されるよりはずっと良い。

 今はまだ、敵国の王女であるリーディのもとを訪れる者は誰もいない。婚約者となったセットリア国王でさえ、一度も顔を見せなかった。

 だが王族の結婚など、式の当日まで顔も知らないこともある。

 イリス王国から伴ってきた侍女達と護衛兵士に守られて、リーディは一年後の結婚に多少の不安を抱きながらも、それなりに平和な日々を過ごしていた。

 そんなある日。

 リーディはひとつの噂を知ることになる。


 最初にそれを聞いたのは、侍女のノースからだった。

 彼女は所用で王城に行った際、そこの侍女達がこっそりと話していた話を聞き、それをリーディに告げたのだ。

 二つ年上のノースは有能でとても頼りがいがあり、他国に嫁ぐリーディに付き従ってきたほど、主であるリーディを大切にしてくれている。そんな彼女だからこそ、その噂の内容は聞き捨てならないものだったのだろう。

 それは、リーディが結婚するはずのセットリア国王が、森を探索しているときにひとりの女性に会い、すっかり夢中になっているという噂だった。厳しい顔をしたノースからその話を聞き、眉をひそめる。

(たしかにこの結婚は政略だし、わたしだってそれは承知しているわ。でも……)

 それでも、結婚前から愛人を作るような男だとは思わなかった。

 リーディは眩いばかりに輝く黄金の髪を振って、深く溜息をついた。

 もちろんこの結婚は政略であり、今まで敵国の王女だったリーディを、愛せないのも理解できる。

 愛人を迎えるのも、かまわない。

 でもそれらはすべて、きちんと正妃を迎えたあとにしてほしい。

 政治的な意味を持つ正妃との婚姻を目の前にして他の女に夢中になり、それが王城中の噂になっても気にも止めないというのは、国王としての器を疑ってしまう。

(それとも婚儀を前にしてこの国に移り住んだわたしを、もう自分のものだと思い込んでいるのかしら。そうだとしたら甘すぎるわ)

 一年後の婚儀まではイリス王国の王女であり、父に話を通せば、いつだって婚約を破棄して帰国することができるのだ。

 夫となる男性が、そんなこともわからないくらい愚かだとは思いたくない。

 難しい顔をして考え込むリーディに、ノースは告げる。

「もしかしたらこれは、王城の者が故意に噂を流したのかもしれませんね」

 ノースは代々イリスの将軍を務めてきた家柄の娘で、侍女であると同時にリーディの護衛でもある。だからこそ、あらゆる危険の可能性を考えているようだ。

 すらりとした細身の彼女はとても凛々しく、友人としてだけではなく護衛としても、頼りにしていた。

「わざと、わたしまで伝わるように?」

「はい。イリス王国と休戦を結んだとはいえ、まだ敵国という意識は残っていることでしょう。その可能性は高いと思います」

「そうね……」

 リーディは考え込む。

 両国の仲が険悪なのは今に始まったことではない。

 ほんの少し前まで、国境で小競り合いを繰り広げていたくらいだ。いくら婚姻を結ぶことが決まったとはいえ、両国のわだかまり急になくなることはない。

「でも噂が故意だったとしても、セットリア国王に森で助けられた女性が、この王城で暮らしているのは事実なのでしょう? 正体不明の女性をそのまま住まわせるなんて、普通では考えられないわ」

 それがどんな女性なのか、見てみたい。

 その胸に芽生えた願望は、自分の立場を考えて抑えようとしても消せないくらい、強いものだった。


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